臨床検査の『基準範囲』の真実〜その3
臨床検査の『基準範囲』シリーズの続きです。
今回は『基準値の意味や種類』について解説していきます。
『基準値』とは何か?
まず、下の文章を読みながらイメージしてみてくださいね。
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ある日、AさんとBさんが血液検査を受けることになりました。
AさんもBさんも、前日の夜21時から食事をせずに(ちなみに、水やお茶、ブラックコーヒー等は飲んでいただいてOKですよ!)、当日の朝に病院の採血室へとやってきました。
たくさんの採血ブースのある外来採血室だったので、AさんもBさんも同時に呼ばれ、隣同士のブースで採血を受け、同じタイミングで終了して採血室を離れていきました。
ほぼ同じタイミングで検査結果が出て、Aさんは血糖値が80、Bさんは血糖値が130でした。
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さて、病院での採血はこんな感じで流れていき、無事にAさんとBさんの血糖値の検査結果は出たのですが・・・
で???だからどうした?
ってなりませんか?
Aさん:80、Bさん:130という数値が出ただけでは、ただ単に「血液中の糖を測定して結果が出た」というだけで、その数値は臨床的に何の意味もないのです。
血糖値を例にしているので、AさんとBさんの検査結果の数値を見て、どういう状態にあるか予想のつく方もいらっしゃるかもしれませんが、その状態を判断している根拠はどこから来ていますでしょうか?
【一つの結果が出たけど、これは健康な人と比べてどうなのよ??】
「健康な人の値」というものがあって、その健康な人の値と、一人一人の結果を比較することで、初めて判断や評価ってできますよね。
臨床検査の結果は、判断するための「物差し」があって初めて臨床的に意味が出てくるのです。その「物差し」を「基準値/基準範囲」と臨床検査では呼んでいます。
基準値にも種類がある
実は、一言で基準値と言っても、広い意味での基準値と、健康な状態の時の値=基準値に分けられます。
「何について見たいか?」によって基準値の設定が変わってくるのですね。
<広い意味での基準値>とは「医師や医療従事者が、診療において判断していく時に、基準になる数値や値(物差し)」のことを意味しています。
『診療における判断』ということになるので、以下のような基準値(物差し)があります。
・疾患かどうかを判断する基準値(診断基準値)
・治療をする段階で目標にする目標値(治療目標値)
・緊急対応や処置が必要な基準値(パニック値)
・疾患でなくても数値が出る人がいるが、ここまでは許容範囲であるという基準値(カットオフ値)
などがあります。
これらは単に「基準値」と一括りにしてしまうと誤解を招くこともあるので、「カットオフ値」や「診断基準値」など、用途を明確にした言葉で表現しています。
<狭い意味での基準値>とは「健康な状態であるかどうかを判断する「物差し」」のことをさします。こちらを一般的に「基準値」「基準範囲」という言葉で表現しています。
実は個人個人で基準値/基準範囲が変わる!?
狭い意味での「基準値/基準範囲」もさらに二つに分けることができます。
・個人の「基準値」
・ある一つの集団の中での「基準値」
です。
個人の基準値というのは、ある人自身が健康な状態の時の測定値のことをさします。
以前書きましたが、生体には「揺らぎ」と「ホメオスターシス(恒常性)」があって常に変動(生理的変動)していますし、測定上の誤差や技術的変動なども含まれるため、「個人の基準値」というのは厳密にいうと「個人の基準範囲」となります。
個人の基準値は、同じ施設で何度も繰り返し測定することによって、「大体このくらいの範囲である」という基準値が決まってきます。
実は、この「同じ施設で何度も繰り返し測定する」という条件も重要なので、これについては別記事で詳細に解説していく予定です。
さて、前述のとおり「個人の基準値」というものが存在するので、病気かどうかは健康な時の「個人の基準値」を物差しとして判断するのが本来のアプローチです。
しかし、初めての検査だったり、病院が変わって繰り返し同じ項目を測定していない等、個人の基準値がわからないというケースもよくあります。
そのようなケースでも、病気になったときに診断したり、治療方針を決めたり、経過を観察するなど、測定した臨床検査の値を評価する基準が必要です。
ここで、ある一つの集団の中の「基準値/基準範囲」というものが活躍するのです。
この集団の基準値/基準範囲を決めるために、以下の流れのように統計学的手法を使い計算で求める、という作業を行います。
1、多数(少なくとも数百人規模)の健常人の中から厳密な医学的判断によって「いわゆる正常人」(健常な個体)を選び出す
2、健常な個体から決められた生理学的条件下(例えば、早朝空腹時、立位、採取時間など)と決められた方法にて、検体を採取する
3、採取された検体を、同じ測定系(測定原理、測定試薬、測定機器、キャリブレーション試料等)で測定をする
4、測定から得られた値を、統計学的手法を使って計算し、平均値±2標準偏差(Mean±2SD)や、測定値分布の中央部分95%の測定値を含む範囲を基準範囲として、上限値と下限値を設定する
これはあくまでも1つの例で、実際には対象となる集団(母集団)の選び方、統計学的手法等に様々な方法があったりします。
そして、ここで統計学的に処理されて求めた基準範囲(あなたが検査結果用紙を受け取った時に記載されている基準範囲です)は、母集団の中の「Mean±2SD」「測定値分布の中央95%」であって、母集団全体が入る範囲ではないというところがとても重要です。
言い換えれば、正常な人でも基準範囲から外れる人が一定数いるということなのです。
まとめ
今回はボリュームのある内容なので、簡単にまとめておきます。
・測定した値を判断・評価するために「基準値/基準範囲」という物差しが必要である
・基準値/基準範囲は2種類ある(「個人の基準値」と「集団の中での基準範囲」)
・個人の基準値は、同じ施設で繰り返し測定していくことによって決まっていく
・集団の中の基準範囲は、いわゆる正常人の母集団から、必要な検体を同じ生理的条件下や方法で採取し、同じ測定系(測定原理、測定試薬、測定機器、検量用試料等)で測定した値を、統計学的手法で処理して求める
・基準範囲は、母集団の全てが入るのではなく、基準範囲から外れる人が一定数いる
かなり長くなってしまい、また難しい内容だったかもしれませんが、あなたが普段目にしている「基準範囲」について、少しでも知っていただければ幸いです。
次回は、「なぜ正常なのに基準範囲を外れる人がいるの?」という疑問が解消するような内容にしていく予定です。
基準範囲について知っておくと、基準範囲を外れたからといって、即病気と判断することはない→基準範囲に対して過剰反応したり、不安や心配しすぎなくても大丈夫、ということがわかっていただけると思いますよ。
それでは次回もお楽しみに!