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海吉丈二歳篇 1

【バキャク】
 瀬守凱斗せかみがいと海吉丈みよしたける
 この小説は海吉丈の天然無邪気な幼少期のことを描いています。
 

第一章

 海吉鼎三みよしていぞうは剛毅な男である。
 恋女房も大切だが、たいへんな子供好きで多くの我が子を持つことを諦めることは出来なかった。
 三人の女と二人づつの子を設けることとなった。
 ヤクザ家業に水商売はつきものだから極妻の手は多いほど良く、子を鎹(かすがい)にして、どの女とも完全には縁が切れることはない。
出資者か、店のオーナーとしての繋がりがあった。
 海吉は我が子には何不自由なく生活させるように心配りしていた。
 子供は多い方が良いが、数だけを闇雲に数えたい訳じゃない。
 どの子もきちんと育て、幸せにしてこそと考えているから、年子にもしなかったし、同年に別腹ということもしなかった。
 六人目の渉が産まれた時に、そろそろ年貢の納め時かと思った。
 そう思っていた海吉に最後の徒花が咲いた。
 三人の女もとても魅力的だったが、四人目になる女は非の打ち所がない絶世の美女だった。
 一目でこの女との子供が欲しいと海吉は切望した。
 これまで通り、きちんと婚姻して、七人目の子供の戸籍も綺麗にしてやろうとしたが。
 何ともやんごとない事情が重なり、婚姻は結べず、どうにかこうにか、やっと授かれた末子だった。
 赤子を生み落として、すぐには動ける訳がないと油断しており、その間隙を突いて四人目の女に忽然と姿を消された。
 彼女の逃亡を知った時、まさか赤子を連れ去られたのではと病院に居なかった海吉は焦り背筋が寒くなったが‥。
 産まれたての赤子は残されていたのに海吉は心底ホッと胸を撫で下ろした。
 もし、連れ去られていたら、地の果てまで追っただろう。
 海吉が末子と決めた、第七子の丈を置いていってくれたから、武士の情けだと丈の生母の行方を追うことはしなかった。
 一度は止めようとしていた子作りを再開させる程、見目麗しい女だったが事情があり過ぎた。
 これまでの女達は大なり、小なり、お互いに相手に対して、嫉妬や小競り合いはあった。
 海吉がどうしても子供が欲しいと切望した四人目の女は格別であった。透明感がある人ならざる清楚さを帯びた女の神々しい玲瓏さは、天女を観ているような感覚を、人に覚えさせる。
 三人の女達は一目でそれに陥落し、嫉妬することなくあれこれと自ら進んで、懐妊した彼女の世話を焼いた。

 丈を産み落とすと跡形もなく、姿を消し、残された赤子の顔が産みの母に生き写しなのに感嘆する。
 六人の兄姉達も分け隔てなく育てているが、別格の愛らしさに魅入られて、どうしても別な接し方を家族の誰もがしてしまう。

 海吉は、母の居ない丈を産院から、本部の執務室にベビーベッドを設置し、寝かせつけた。
 丈の母と結婚せず、丈を末子と決めた海吉は最初の妻と再婚していた。
 その雪子との寝室にもベビーベッドを運び込んだ。
 大きなクラブを経営している雪子は可能な限り、丈の世話を焼いたが、足りないところはでる。
それは丈の実父であり、再婚した夫、他の子の母達、それに夫の部下と総動員での子育てとなる。

 それは大切に育てている丈は昨夜、二歳の誕生日を迎えた。
 盛大に祝われても、まだ本人は判らない。
 それでも写真が残り、大きくなった時に見返した時に、その写真を本人が見ればいい。
 記憶には残らないが、昨日は兄姉達が皆、丈を構い、それが嬉しくてずっと上機嫌であった。
 興奮してなかなか寝ず、今になって本部の執務室にあるベビーベッドですやすやと寝息を立てている。
 誰が見ても愛らしいと思うしかない鉄壁の美貌はレースや、シルクが良く似合う。
 丈に似合うと、女達が溢れるほどベビィ服を買い込んで来ては着せ替えては写真を山ほど撮っている。
 昨日の誕生パーティからまた着替えているが。
 裾にレースがたっぷり使われた裾広がりの上着と、まだおむつをしている丸いヒップが可愛くなる段々のフリルレースが可愛いパンツ姿で丈は寝ていた。
 レース飾りのついた純白の靴下に負けない白肌をしている。
 仕事をしながら、つい海吉は末っ子に目がいく。
 観ていて飽きない。
 やわらかなほっぺも、小さくても整った鼻も、長い睫毛に縁どられた瞳も、精巧に美しくバランス良く、全てにおいて難が一切無かった。

 海吉はカード会社の明細を見ていた。
 家族カードで子供の母達それぞれにカードを持たせていた。
 基本カードに統一して請求が来るから、管理しやすい。
「‥‥」
「あなた、丈そろそろ起きたかしら」
 雪子がノックをして執務室に入って来た。
 丈が起きたら、ごはんを食べさせたい。
 夫の目線を追うと、ぐっすり寝ている丈の姿が目に入る。
 人形のようにという比喩的な美的表現があるが、丈は人形よりも遥かに愛らしく麗しい。
 観ていると目が離せなくなる。
「雪子、最近、全体的に支払い額が多いんだが、何か心当たりあるか?」
 今までそんなことを言う夫じゃない。
 雪子は瞳を開いたが、すぐに合点がいく。
「ここ半年前くらいから?」
「そうかな」
 何不自由なく生活させるが基本だから、元々の金額がそれなりに多いと自負している。
 また、それをオーバーしても、それが必要経費であれば許そうとも思っている。
 原因が判らず、全体的に上昇している支払額が疑問だった。


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