出っ歯について考える③ 出っ歯の歴史
若者の出っ歯化ですが、人類の進化という長いスパンで見てみると、
その流れには逆らっていないようなのです。
でもいつからなんでしょうか?
出っ歯の歴史を遡ってみたいと思います。
かみ合わせに関わる人類の重要な特徴は、
直立二足歩行と犬歯の縮小です。
約700万年前、人類は直立二足歩行を始めたことで手の自由がきき、口で獲物をくわえる必要がなくなり、あごは小さくなり始めます。
最近の研究結果によると、犬歯は約450万年前には小さくなっていた可能性が高いとのことです。
犬歯が小さくなった理由には諸説ありますが、最初は突然変異だったのかもしれません。
動物が食べ物を食べるとき、かたまりのままでは飲み込めないし、そのままでは消化しにくいので、まず歯で細かくしなければなりません。
犬歯が大きい動物の食べ方は、あごの動きは単なる開閉運動が主体となるので、ライオンのように鋭利な歯で「裂く」か、ゴリラのようにパワーで「砕く」になります。ちなみにゴリラは肉食っぽいけど果実食・葉食です。
一方、犬歯が小さい草食動物の食べ方は、前歯でちぎったあとは、あごの前後運動が主体となるので、平らな奥歯で「すりつぶす」になります。
人類は犬歯が小さいことで、あごを左右方向に使って「すりつぶす」ことができたため(後ろにはほとんど動きませんが)、葉・茎・果物・芽など硬い食べ物からでも効率よく栄養摂取ができたので、長生きして子孫を多く残せたのでしょう。
そしてこれが何世代にも亘って続いたことで、人類の特徴として定着していきます。
人類はもともと雑食だったイメージがありますが、初期は草食です。
肉を食べ始めたのは約250万年前からで、当初は肉食動物の食べ残しを頂いていたようです。犬歯が小さいので狩りには向いていなかったのでしょう。
それが約180万年前には、道具によって狩りができるようになります。
約75万年前になると、人類は火を使うようになり、食べ物を小さくしたり軟らかくしたりできるようになります。
食べ物を小さく軟らかくできれば、噛む筋肉も大きな歯も必要ありません。
「あごと歯は小さく」が、かみ合わせの基本的な進化の方向性なのです。
そしていよいよ、約20万年前にアフリカで生まれたホモ・サピエンスが、世界中に拡散していきます。かつて何種類もいた人類は、我々ホモ・サピエンスを除いて絶滅してしまいます。
あごと歯を小さく進化させた我々の祖先が日本列島にやってきたのは、今から4万年ほど前だと考えられています。
その後、様々なルートで日本にやってきた様々な古代のホモ・サピエンス集団の混血が起こり、縄文人となります。
この縄文人の歯並び・かみ合わせを見ると、前歯の関係はオーバージェット、オーバーバイトがともに0ミリの切端咬合で、前歯も奥歯もひどく削れているのですが、でこぼこがなく歯並びがいいのです。
現代人でもごくたまに見かけます。
化石人骨によると先史時代では、どうやらこのかみ合わせがグローバルスタンダードだったようです。
縄文時代に不正咬合なんて存在しなかったのです。
不正咬合だったら生きていけなかったのでしょうね。
縄文人はその後、大陸からやってきた渡来系弥生人とゆるやかな混血が進み、日本人のベースができあがります。
渡来系弥生人はもともと歯が非常に大きく、稲作によって作られた米を食べていたので縄文人ほど歯がひどく削れておらず、上あごの前歯が下あごの前歯に被さる、オーバージェット(+)の状態でした。
そして古墳時代にもこの傾向は引き継がれていきます。
奈良~平安時代になると人骨の出土例が非常に少ない時代となります。
上流階級では儒教の影響による簡単なお葬式の流行や、仏教の影響による火葬が広まり、庶民は野山に放置ですから、墓が無いので人骨も出ないのです。こういう状況なので、かみ合わせを調べるのは難しいようですが、オーバージェット(+)の状態は引き継がれていったのでしょう。
オーバージェットが過剰な(+)の出っ歯は鎌倉時代から増えてきたようです。
この頃になると食生活は軟食化していきます。
化石人骨によると、この時代はでこぼこの少ないキレイな出っ歯が多く、箸を使い始めたことで前歯を使わない食生活が一般化していたようです。
江戸時代になると、でこぼこ付きの出っ歯が増えてきます。
軟らかい食べ物が定着していたようで、徳川将軍およびその親族の人骨調査によると、口の中の特徴は、
・前歯も奥歯も削れていない
・歯並びが悪い
・むし歯・歯槽膿漏の割合が 高い
・多量の歯石の沈着が見られる
などが報告されており、ほぼ現代人に近い状態です。
そして現代。
食べ物をさらに軟らかくする技術を身に着けたことで、噛む力を失っていき、それがあごの形の変化につながっていきます。
今後人類は、更なる出っ歯化に向かって突き進むのでしょう。
参考文献
溝口優司:アフリカで誕生した人類が日本人になるまで
Gen Suwa, Tomohiko Sasaki.:Canine sexual dimorphism in Ardipithecus ramidus was nearly human-like, Proceedings of the National Academy of Sciences (2021)
海部陽介:骨が語る「生と死」日本列島一万年の記録より.Ouroboros. Vol.28 (1),2-4. 2023. 東京大学総合研究博物館https://www.um.u-tokyo.ac.jp
江戸時代人の歯と歯科医療:Anthropological Science (Japanese Series). 121(1), 49–55, 2013.
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