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大学の窓口でコンクールのことを聞いて、その場で勢いで書類を書いて、速攻で応募した。大学側が絵を出品してくれるそうだから、少し助かった。

無事に絵を提出して、少し一息つきたくなって、私は、学生の共同スペースに来た。いつもは素通りしているところだけれど、よくよく見ると、席が沢山あるし、色んなサークルのポスターが掲示板にびっしり貼ってあるし、英検とか漢検とかTOEICとかの応募用紙などもちゃんと置いてあって、なかなか情報が詰まったところだなぁと思った。今日は土曜日なせいか、人は全然居なくて、スペース全体に柔らかい太陽光が差し込んでいた。

窓際の端っこの席に座って、外を見てみる。花がなくなった桜の木も、生命感に溢れていて、たくさんの太陽光を浴びようと、ぐんぐん枝葉を伸ばしている感じがした。木の陰には雀が何羽か留まっていて、なんだか楽しそうな気がした。こんなところで、本が読めたら、気持ちいいのかな。そう思って、私はバッグからいつもの本を取り出して、読んでみた。
3周目。話の内容も展開も、だいぶ頭に入り込んでいた。でも、この話は読む度に引き込まれるし、毎回、ハラハラするし、違う気持ちにもなる。今日は緑が近くにあったせいか、少し穏やかな気持ちで読むことが出来た。本のページは、だいぶめくりやすくなっていた。この本は、わたしを離さない。中毒性のある内容と展開に、私はどっぷりハマっている。何度読んでも面白い。

あっという間に最後のページにたどり着いてしまい、少し寂しい気持ちになった。でもまぁ、今日の読書は新鮮な場所で、新鮮な気持ちでできたから、よしとしよう。口角がゆるっと上がる。本を2回ほど撫でてから、そっとバッグにしまい込んで、私はキャンパスを出た。


絵画コンクールの結果がわかるのは、8月の半ばだと言われた。そして、作品は、最寄り駅から電車で1本の所にある美術館に展示されるとも言われた。8月半ばか…。時間があるような、ないような、中途半端な期間は、私のわくわくを少しだけ掻き立てた。どんな作品が揃うんだろう。8月の、真夏の美術館は、ひんやりして静かなんだろうか。いろんな想像と期待が、私の脳内を満たした。
コンクールに作品を出品してからも、やはり絵が好きな気持ちはおさまることも無く、毎日何かしらの絵を、画用紙に残した。ひとつの画用紙に、いろんな絵を描いた。デッサンをした。何かの賞や、完璧を追い求めるようなことはせず、ゆっくり、おおらかな気持ちで、絵と向き合うことができた。
絵に飽きたら、あの本をまた読んだ。いつかこの本の世界を絵にしたいとも思ったけど、それをしたら、本の世界が固定される気がして、悪いなと思った。本は読み手に様々な想像をさせるし、様々な捉え方を与えてくれる。それを絵にしたら、それ以外のものを排除してしまう気がして、絵にするのはやめた。

本を読んだり、絵を描いたり、思うがままに好きなことをして、そして大学の講義も、落書きをせずに真面目に受けて、あっという間にテスト期間も終わり、いよいよ夏本番となった。
太陽はいつの間にかジリジリと肌を焼いて、コンクリートを焼いて、ソフトクリームのような真っ白な積乱雲が、ビルの向こうから立ち上っていた。空の蒼さと雲の白さのコントラストが、セミの鳴き声で余計に際立っていた。
もう時期コンクールの結果発表があることなんて、すっかり忘れていた。

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相変わらず俺は、いつも前の席に座って、教授の話を聞いていた。講義が終われば友達と喋っては、講義の感想やら、スマホゲームのガチャのキャラがいいとか悪いとか、あの学部の女の子が可愛いとか、そんな話をしていた。
大学に入って、自分でも驚く程に、毎日が充実していた。高校のときは、何をしてもつまらなくて、本だけが友達みたいな、そんな感じだった。でも今は、友達に恵まれて、色んな話をいろんな人とできて、すごく楽しくて前向きな日々を送れている気がする。
講堂を後にする時、相変わらず端に座る彼女をいつも横目で見ている。最近彼女は落書きしないらしい。ノートに絵がない。絵を描くことをやめてしまったのだろうか。彼女の絵をもっと見て見たかったのに、少し残念だ。まだ話しかけたこともないし、絵もちゃんと見たことがないのに、なんで俺は残念がってるんだろうと、少し不思議な感覚に陥ったけれど、まぁそれは気にしないことにした。
最近彼女の目が、前と少し違う気がした。何かを真っ直ぐに見据えているかのような、視線がひとつのポイントに定まったような、そんな目をしている。やりたいこととか、見つかったのかな。そんな彼女も綺麗で可愛いなあと思った。本当にいつか話しかけてみたい。会話してみたい。まぁでも、そんな望みも、友達が話しかけてくることによって簡単に砕かれてしまうのだが。
今日はポニーテールなんだなぁ。髪結んでるのも似合うな。彼女を見る度に口角が緩んでしまう。気温が上がるにつれて増えていく肌の露出が、たまらなく綺麗で、触れてみたいとも思った。でもそんなこと考えてる俺って、やっぱりキモいのかなぁ…。

結局彼女と一言も話せないまま、夏休みに入ってしまった。

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