【ライト文芸短編】『夏夜のマジック』
きみを待っている間、ぼくはひとり観覧車に乗って時間をつぶそうと思ったんだ。
その日は、切なく誰かを待つには最適な夏の夜だったよ。
チケットを買い、係員の指示のもとに、不安定なその乗り物に乗り込む。
観覧車のなかは思ったほど暑くなくて、金属のきしむ音がぼくの孤独を増長させた。
そして少しずつ地上から離れていく。
『心と時間』を地上に置いたまま、ぼくは地上から離れていく。
その日の空は星は見えなかったんだけど、地上には星がいくつか見えたから、そっと見下ろしていればよかった。
空に散らばる星が見えたら素敵だと思ったけど、今日は地上に見える星を眺めることにした。
観覧車は静かに揺れながら、あっという間に一番高いところまでやってきた。そこはまるで時間が止まっているみたいだった。
そしてぼくは気づいたんだ。
ぼくは、孤独になりたかったんじゃなくて、『時間と心』から離れたかったんだ、って。
意識だけつなげて、時間と心から遠ざかりたかったんだ、って。
空には相変わらず星は見えない。
でもここでいいんだ。
ただ、ただ地上の星をながめていたい。
心地がよくて、だれにも邪魔されない世界がここにはある。
ずっとここにいたかったよ。
でも。
このままずっとここにいることもできたんだ。
でも。
心と時間を地上にあずけて、意識だけのぼくになってこのまま夏の夜に浮かんでいることもできたんだよ。
でもぼくは、やっぱり地上に帰ることにした。
ぼくはゆっくりと、置いていった『心と時間』を迎えに行くことにした。
地上でぼくを待っている、心と時間を迎えに行く。
すると、
人の姿を認めた。
地上に、人の姿を認めた。
とても小さい存在だったけど、それが誰かぼくにはわかった。
それはきみだった。
ぼくはすぐにきみだってわかったんだ。
きづけば観覧車は一番高いところをすぎていた。
ゆっくりと地上に向かっている。
ぼくは観覧車のなかで地上のきみを見下ろしていてた。きみは地上でぼくを見上げている。
なんだろう。きみはどこか、『心と時間』だけの存在に見えたよ。
まるで、『心と時間』を地上において夜の空に出かけているみたいな。
それはまるで今のぼくみたいに。
ぼくはふと思い、空を見上げた。
いや、厳密には空ではない。
上の方を流れる観覧車を見上げた。
さっきまでぼくがいた、上の方の観覧車を見上げた。
思った通りだ。
今まさに一番高いところに上がろうとする、その観覧車には、きみがいた。
きみは、さっきぼくがそうしたように、地上の光る星を見つめている。
観覧車のきみは、心と時間がなかった。
ぼくにはそれがわかったんだ。
ぼくは観覧車のきみと、地上のきみに挟まれた。
『心と時間』。
それはたぶん、ぼくらが一番今遠ざけたいものなのかもしれない。
ぼくらは、心にも、時間にもうんざりしてたから。
だからそれらを地上に置いて、意識だけをにぎりしめて夜の空に流れていきたかったんだ。
きみもきっと、心と時間に嫌気がさしていたんだろう。
わかるよ。
だからぼくは、ここに来たんだと思う。
でも。
でもそろそろ、ぼくはもどらないといけない。
地上できみが、待っている。
僕はもどらないといけない。
地上にもどったら、今度はぼくが、『心と時間』をもってきみを待つことにする。
観覧車でゆっくりおりてくるきみを待つ。
きみがそのまま夜の空に流れて消えてしまう前に。
きみがちゃんと戻ってこれるように。
二人がちゃんと地上にもどって来れたら、改めてふたりで話をしよう。
別れの話をしよう。
【解説】
夏になると聴きたくなる曲のひとつですね。
このPVのお姉さんは可愛いです。暗闇に可愛さと美しさが共存していて、切なくて良いですわ。
インディゴはほんといい演奏をしますよね。シティポップを思わせる落ち着いた大人な演奏に川谷絵音のどこか幼い声がノスタルジックでいいです。わたしは夏がすきなのでこの時期(現在は2020‐8‐16)はずっと聴いちゃいますね。
ストーリーの解説ですが、観覧車に乗って現実逃避をする恋人たちですね。わたしの書く短編って、現実逃避がテーマなのが多いです。わたし自身がつらいことにすぐ逃げてしまうタイプだからなのでしょう。そういう話を書こうって思っていないんですが、なぜかいつもこういうストーリーになってしまいます。
夏が嫌いって人多いですけど、夏のいいところってたくさんありますよ。朝とかわりと涼しいから冬よりさっと起きれるし、トイレの便座の冷たさに一喜一憂しなくていいし、午前に洗濯物干せば夕方には乾きます。天気にもよりますが。
そして夏は短いです。だからすこしでも楽しみましょう。