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「人は夜に眠る生き物・・・24時間営業をやめたコンビニ」 序章

私:「店長〜、閉店30分前で〜す。」

店長:「おっ、もうそんな時間か。そんじゃ閉店準備始めるかぁ。」


 お店の後ろにある在庫置き場からでっかくて重い保冷庫を引っ張り出し、中に保冷剤を入れて蓋を閉め、店内にドカッと置く。閉店している間に運ばれてくる朝一番の商品を保存しておくためのものだ。

 窓際に掛かるブラインドを下げ、ゴミ箱のゴミを綺麗に片付け、新聞屋さんが朝刊を入れるこれまたでっかい箱を外に出し、今度は外に出していたのぼりを店内に片付ける。

 その横では店長がレジを締める作業を続けながら、まだ店内でお買い物を続けているお客様のレジの対応をしている。


私:「閉店時間になりました〜。」

店長:「はいはい〜。」


 建物の外と中を照らす照明、そして道路脇に立つ大きな看板の照明を落とすと、郊外に立地しているうちのお店の周りは足元も見えなくなる程に真っ暗になってしまう。

 最後にお客様が出入りする自動扉のスイッチを切り、そこに掛かるブラインドを下まで降ろして閉店作業は終了。道路脇に建つ私達のお店は、道を走る車からは気付かないほどに暗くなり、私達2人は唯一明るい場所となったレジ裏の事務所に入る。


 ごくありふれた、お店の閉店時間前後の風景。

 ただ1つだけ、このお店がコンビニであることを除けば・・・



私:「親父、今日もお疲れさんでした!!」

店長:「なんだお前、もう帰れるのか?」

私:「明日からのセールのポップも付け終わったし、発注も終わったから、今日は帰るよ。そっちは帰れないの?」

店長:「まだ発注が終わってねぇ。気温も下がってきたからそろそろホット飲料も品揃えしなきゃいけねぇしな。」

 

 両親が経営するコンビニで働きはじめて数年が経った私は、いまでは発注担当者の1人として毎日レジに立っている。最近ではお店の経営方針に関わる話を2人とすることも多くなった。


私:「んじゃお先しますよ。明日もシフト早いからね。」

店長:「なんだ、また誰か休むのか?」

私:「またってなによ(笑)。明日は朝番のスタッフさんがコロナワクチンを接種しに行くからお休みよ。ついでに言うと次の日も休み、副反応が出た時のためにね。」

店長:「へいへいまたコロナさんかよ、あの野郎どんだけウチの店をイジメりゃ気が済むんだこのばかたれが。」


 大都市圏ではない地方都市に立地するこのお店も、コロナウイルス感染症の流行には大きな影響を受けている。客数が減ったのはもちろんのこと、売れる物の傾向が変わることによる発注業務の負荷がこれほど増えるとは予想外だった。加えて感染予防という新たな業務も増えた。売上が減り、業務量が増える、二重苦だ。


私:「全くだ(笑)。んじゃお先しま〜す。」

店長:「お疲れさん、明日もよろしくな。」


 店の外に出て、暗い足元に注意しながら停めてある車まで歩く私は、心の中でつぶやく。

「なんとかなるさ、おとうちゃん。なぜならウチの店は、24時間営業をやめたんだから。」

 

 開店当初の数年間に道路工事と大震災という2度の地獄の谷底を乗り越えた両親2人のお店は、その後は客数が右肩上がりに成長し続けていた。しかしそれも数年前から頭打ちし、ほんの少しづつ減少傾向に転じ始める。

 客数が少しづつ減少するという傾向は、うちの店だけの話ではなかったと思う。「近隣に会社の事務所が建った」「大きな工事が近くで始まり作業員のお客様が増えた」などのイベント的な要素で客数が増えることを除けば、客数が徐々に減少していくというのは、コンビニに限らず小売業全体のトレンドではないかと感じていた。だからこそ、新規出店という攻勢をどの企業も掛けるのだろう。なぜならこの国は、人口が減少する未来が確定しているのだから・・・

 一方で、コンビニ経営者や働くスタッフの職場環境がテレビや新聞の話題に上ることも多くなった。・・・いや、これもコンビニだけの話ではないのかも知れない。個人の価値観が多様化するということは、既存の価値観が通用しない場面が増えるということ。それは「働く」という分野にも大波となって押し寄せ、いまでは多くの人に身近な存在となった「コンビニ」という小売業の一分野にちょっとだけ注目が集まりやすかっただけかも知れない。

 

 数年前、コンビニ経営者である私の両親2人は、24時間営業をやめることを決めた。

 

 「人手不足だ」「もう疲れ果てた」「こんなの人間がする仕事じゃない」「利益が少なすぎる」「コンビニはもうオワコンだ」・・・そんなことは24時間営業をやめた理由ではない。数十年間に渡ってコンビニを共に経営してきた2人が24時間営業をやめた理由はただ一つ、「これから先もこの店が生き残るために最も有効な経営戦略である確率が高い」、そう予測したからだった。


私:「さて、今日も終わりっと。また明日も頑張りますか。」


 ひとり呟いた私は、その自分の言葉がいかに明日の活力の源泉になるかを知っている。『今日も終わった』・・・その言葉は、この店が24時間営業を続けていた時には出てくることは無かった言葉だからだ。

 

 車に乗り込み、いまではすっかり見慣れてしまった、暗闇にひっそりと佇む真っ暗になったコンビニの建物を背に、パートナーと犬2匹が待つ家に帰る私であった。


 つづく・・・


 最後までお読み頂きありがとうございます。

 この記事では、「人は夜に眠る生き物・・・24時間営業をやめたコンビニ」をテーマに、おとんとおかんが経営するコンビニで嫁と共に日々奮闘する二代目候補のバカ息子の視点から、様々な紆余曲折の後に「24時間営業ではないコンビニ」という茨の道を選択した私達のお店のそこに至るまでの経緯、現在、そして思い描く未来を書いていきます。

 また、他にも異なるいくつかのテーマで記事を書いていく予定です。興味がありましたら是非、他の記事もお読み頂けたらと思います。


 それでは今日はこの辺で。

 このクソッタレな世界と戦う皆様と明日もともに。

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