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【映画の感想】帰ってきたヒトラー

(前半はネタバレなし、後半はネタバレありです)
※フィルマークスに投稿した感想の転載です。

前情報をほとんど見ることなく、何かの記事でおすすめされていたのを見かけて視聴。Amazonプライムの評価も高かったし…というのも見始めるためというか、見始めないことをしないために重要な視点(わかりにくい)。

なんだかすごいものを観てしまった、というのが率直な感想。

ヒトラーが現代に突如として蘇り、時代の違いに戸惑いながらもマスコミ関係の協力者を得て「異様に真に迫ったヒトラーのモノマネネタをやる芸人」としての認知を高めていく…というのがおおまかなストーリー。

しかし。
自分はこれをコメディとして見始めたのだけれど、それ自体が大きな罠だった、という。詳しくはネタバレ感想にて。

ヒトラー役を演じているのはオリバー・マスッチという方で、無名の実力派舞台俳優と公式ページで記述されている。その演技力は本当に確かなもので、自分の記憶の中にいるヒトラーに恐ろしい精度で寄り添ってくる。

ヒトラーについてそれほど仔細に渡って把握しているわけではない自分にもそのように感じさせるというのは、つまるところ「ヒトラー的なるもの」の要素を的確にすくい取り再現した、ということなのだと思う。

このような映画が作られ、上映されたという事実にまずは賛辞を送りたい。



(以下スペースの後にネタバレあり)





当初は現代に蘇ったヒトラーがいろいろなギャップに遭遇しながらドタバタするコメディ、という様相でストーリーが進むけれど、彼が「普通のドイツ人(として演出されている人物達)」にドキュメンタリーのようなタッチでヒアリングを進めていく辺りから不穏な空気が流れ始める。

そしてテレビに出演し、過去にヒトラーが行った演説を再現するような振る舞い、口調、メッセージ性でスピーチを行なった辺りから物語の潮目が変わっていく。

本作を観た後にヒトラーの演説動画を改めて見直してみたけれど、本作でそのエッセンスが随分と忠実に再現されていることに驚いた。そしてこのエッセンスは、現代において他者を動かすという場面でも大いに有効であり、大衆の支持を得るのに使われうるな、と。

ヒトラーを演じたマスッチはインタビュー記事において「人々が再び洗脳されてしまうリスクを持っているのか試した作品」という趣旨のことを述べているけれど、当時の大衆からの支持は果たして「洗脳」の結果と呼ぶべきなのか、というのは重要な視点だろう。

作品内でも、ヒトラー自身の口から「自分は正当な手続きで大衆から選ばれた」ということが繰り返し述べられる。「選挙をやめるか?」とも。
大衆の心理の内側に排外的な思想が燻っていることはヒトラーヒアリングでも端的に示されていたし、Twitterなどを覗けば多様な価値観という美辞麗句からは程遠い罵り合いと否定合戦が繰り広げられている。

「大衆が日常生活で常々感じている不平不満」にぴったりと寄り添いながら共通の敵を作り上げ、それを打倒することができれば不満の解消どころか誇りを取り戻すことまで可能になる。そんな筋書きが熱狂的な雰囲気とともに届けられれば、抗える人間は少ないのかもしれない。

そんなヒトラーの演説は、現代においてはマスコミとソーシャルメディアによって面白半分に拡散され、冗談半分の支持を集め、それがだんだんと洒落では済まされない領域に至る。「面白いから」「かっこいいから」「美人だから」というだけでそれなりに得票してしまう政治家が存在するこの世の中で、本作が鳴らす警鐘は重い。

民主主義は「正しい」ものを自動的に選択できる便利なシステムではない(もしそうなら、裁判は多数決で行うべきだろう)。論理的な正しさではなく、プロセスに正当性を感じられるようにするためのシステムであり、結果が大衆自身に返ってくるように設計された自己責任型の装置だ。

遠い遠い目標ではあるけれど、僕らが民主主義を正しく扱えるようになるためには、「大衆」と一括りにされがちな一人ひとりが、正しい選択をできるようになることが肝要なのだろう。正しさの位置が、時代や立場によって揺れ動くものだったとしても。

#帰ってきたヒトラー

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