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「トランス女性格闘家に頭蓋骨を割られて再起不能になった女」は実在するのか

女子格闘技の人気は決して高いとは言えず、それゆえにトランス女性の格闘技参戦に関するデマが簡単に信じられてしまうというのが現状です。
それだけではなく、女子格闘技への偏見にあふれた声も同時に耳にするようになり、一人の女子格闘技ファンとしてとても胸を痛めています。
女子格闘技ファンの立場から、トランス女性の格闘技参戦に関するデマと、女子格闘技に対する誤りについては、淡々と間違いを指摘していきたいと考えています。
今回は日本だけではなく、海外のメディアでもでも頻繁に拡散されてしまうデマである、「トランス女性格闘家が対戦相手の頭蓋骨を骨折させ、再起不能にした」という話題の真偽を問いました。

「トランス女性格闘家が対戦相手の頭蓋骨を割った」とされる写真の真偽

少しショッキングな画像ですが、こちらが「トランス女性格闘家が対戦相手の頭蓋骨を割った」と呼ばれている写真です。


【虚偽の画像です】左側に写るトランス女性格闘家が写り、右側には頭から流血している女性格闘家が写っていますが、二人が対戦した事実はありません
トランス女性格闘家、ファロン・フォックス選手(左)とケイ・ハンセン選手(右)。二人が対戦した事実は無い。

左側に写っているのがトランス女性格闘家のファロン・フォックス選手。右側には頭部から激しく出血した女性格闘家の姿が写っています。
トランス女性の格闘技参戦に否定的な人たちによれば、右側の選手はフォックス選手の攻撃を受けて頭蓋骨を骨折し、そのまま再起不能になったと語られています。
しかしながら、この写真は明らかなフェイクです。

写真に写る二人が試合をした事実はない

フォックス選手は右側に写る女性格闘家、ケイ・ハンセン選手とは一度も試合をしたことがないのです。
アメリカの総合格闘技の情報サイト、Sherdogにフォックス選手の戦績が記録されています。この中にフォックス選手がハンセン選手と試合をした記録はありません。


フォックス選手は自身のInstagramにてハンセン選手との試合経験を明確に否定しています。
また、自分が過去に試合で怪我を負わせたのはタミッカ・ブレンツ選手(後述)であると述べています。

Transphobes are AGAIN using fake photos to say I broke the skull of someone I’ve never even fought. Even the bloodied woman in the photo says I didn’t fight her. Video footage of the actual fight is posted here.

Dr. Anastasia Maria Loupis is lying. I don’t even know why they call her a doctor. Only ONE opponent received an orbital fracture from me (Tamikka Brents). She is a black cis woman and that ain’t her!

Conservatives always try to embellish on trans athletes

(訳:トランスフォビアは、またしても偽の写真を使って、私が戦ったこともない人の頭蓋骨を折ったと言っています。写真に写っている血まみれの女性も、私は戦っていないと言っています。実際の戦いのビデオ映像はこちらに掲載されています。
アナスタシア・マリア・ルーピス医師は嘘をついている。なぜ彼女を医者と呼ぶのかさえわからない。私から眼窩骨折を受けた相手は1人しかいない(タミッカ・ブレンツ)。彼女は黒人のシス女性であり、それは彼女ではありません!保守派はいつもトランスアスリートについて誇張しようとします。)

ファロン・フォックス選手のInstagramより引用(@fallon_fox)
 

したがってこの写真は、何者かが悪意をもって、全く無関係な選手の写真をコラージュしたものといえます。

右側の選手の怪我はシス女性との試合によるものである

ハンセン選手はトランス女性と試合をしたせいでこのような大怪我をしたわけではありません。この怪我はシス女性のカル・シュワルツ選手との試合で負ったものです。

この試合の12分頃、ハンセン選手はシュワルツ選手の投げ技を受け、そのまま激しい打撃を受けて頭部から出血します。女子格闘技をあまり見慣れていない人にとっては、信じられないほどに過激なシーンに思うかもしれません。


シュワルツ選手の猛打を受けて流血するハンセン選手


 出血が未だ収まらない様子のハンセン選手。冒頭の写真と比較してください。

ハンセン選手も自身のInstagramでこの試合の様子をアップロードしています。2023年2月の投稿では、今も格闘技のトレーニングを行う姿を披露しています。


「頭蓋骨を割られた」選手はその後も格闘技を続けている

フォックス選手が過去にタミッカ・ブレンツという女子格闘家に試合で怪我を負わせたのは事実です。ですが、ブレンツ選手は「頭蓋骨を割られた」わけでも、「再起不能」になったわけでもありません。
彼女は2014年9月13日に行われたフォックス選手との試合で、眼窩骨折(眼球周りの骨)と頭を7針縫う怪我を負いました。
これは重い怪我ではありますが、格闘技の世界ではとりわけ珍しいものではありません。眼窩骨折を克服して試合に復帰した女性格闘家は少なくありません。

ブレンツ選手は自身のInstagramにて、フォックス選手との試合で負った傷を公開しています。
画像には ”GROW STRONGER from the pain, don't let it destroy YOU. (痛みに負けず、より強くなる。)" という言葉が添えられており、ブレンツ選手の前向きな姿勢が読み取れます。

試合から16日後にあたる同年9月29日に、ブレンツ選手はマリンスポーツを楽しむ自分の姿を投稿しています。そして4年後の2018年9月7日には、格闘技の試合に復帰する内容の投稿をしました。

I’m baaaaack! Oct. 5 in Shawnee, Oklahoma for the Freestyle Cage Fighting bantamweight title against Brenda Gonzales! Sorry the news took forever to get here, but we’re here now Boom Boom Nation!
(訳:私は戻ってきた!10月5日 オクラホマ州ショーニーで フリースタイル・ケイジファイティング バンタム級王座決定戦 ブレンダ・ゴンザレスと対戦します!ニュースが届くまで時間がかかってしまって申し訳ありません!)

タミッカ・ブレンツ選手のInstagramより引用(@tb3_145)

2022年の投稿では引き続き格闘技のトレーニングを続けている様子が投稿されており、2023年にはアメリカンフットボールにも挑戦している姿も投稿されていました。
これらのInstagramの内容からわかることは、ブレンツ選手は順調に怪我から回復しており、「再起不能」というのは事実無根だということです。


「トランス女性の膝蹴りで頭蓋骨を割られた女性」も存在しない

フォックス選手の膝蹴りで女性格闘家が頭蓋骨を骨折した、とされる動画が拡散されているのも目にしました。フォックス選手の戦績を調べたところ、該当の対戦相手はエリカ・ニューサム選手だと思われます。
当時のフォックス選手とニューサム選手の試合がこちらです。

「開始39秒でトランス女性格闘家の膝蹴りを受け、女性格闘家が頭蓋骨を骨折した」と称されることがあるこの試合ですが、もちろんこの説明は不正確です。先述のとおり、フォックス選手が負傷させたのはブレンツ選手ただ一人だからです。

試合後のインタビューで、ニューサム選手は試合前にフォックス選手がトランス女性であると知らされなかったことと、開始39秒で試合が打ち切られてしまったことへの不満を述べています。
つまりニューサム選手は再起不能の大怪我どころか、まだ戦えると思えるほどの体力の余裕を残していたのです。

Ericka Newsome
Ericka Newsome, the MMA fighter who lost to Fallon Fox on Saturday, March 2, told CNN that she will appeal the outcome of the fight. She appeared on CNN this weekend with her agent, Matthew Hambleton, who said Fox's lack of disclosure about her gender identity is part of the appeal. Hambleton said the referee calling the fight too early (after 39 seconds) is also part of the reasoning. 
(訳:3月2日(土)にファロン・フォックスに敗れたMMAファイターのエリカ・ニューサムは、CNNの取材に対し、試合結果を不服とすることを明らかにしました。彼女は今週末、代理人のマシュー・ハンブルトン氏とともにCNNに出演し、フォックスが性自認について公表していないことも控訴の一部であると述べた。ハンブルトン氏は、レフェリーが試合を早すぎる(39秒後)と判断したことも理由の一部であると述べています。)

Ericka Newsome Appealing MMA Loss to Fallon Fox

But she walks away before even confirming the fight is over. These are professional athletes. They get paid to get hit and take a beating. Just because they're female, you can't take one little clip and say, OK, you know, the fight is over. ...
(訳:しかし、彼女(フォックス選手)は戦いが終わったことを確認する前に立ち去ってしまう。彼らはプロのアスリートです。殴られ、打ちのめされることで報酬を得ている。女性だからといって、ちょっとやそっとのことで、「もう試合は終わりよ」なんて言えないよ。...)

Ericka Newsome Appealing MMA Loss to Fallon Fox

フォックス選手の現在

フォックス選手はブレンツ選手との試合を最後に引退しています。総合格闘技の生涯戦績は5勝1敗でした。KO・TKO勝利の数は3つ。アシュリー・エヴァンス=スミスとの対戦においてTKO負けを喫しています。
フォックス選手は自分の格闘技のキャリアに関するデマに対し、InstagramやTwitterを使って反論しています。
「女性格闘家の頭蓋骨を割って再起不能にした」というデマのみならず、自分の声を男性の声に聞こえるように加工した動画が拡散されるなど、様々な嫌がらせを受けているのが現状です。

Transphobes are electronically changing my voice to make me sound like a man. It’s so ridiculous. It’s not even good quality but the gullible believe it. Here is a comparison with my real voice. By the way, I’m retired and this video was 10 years ago
(訳:トランスフォビアは、私の声を電子的に変えて、男性のように聞こえるようにしています。とても馬鹿げています。品質も良くないのに、騙されやすい人はそれを信じてしまうんです。これが私の本当の声との比較です。ちなみに、私は引退しており、このビデオは10年前のものです。)

ファロン・フォックス選手のInstagramより引用(@fallon_fox)


「トランス女性格闘家に頭蓋骨を割られて再起不能になった女」は、悪意をもって作られた都市伝説である

今回の内容はあまりにも嘘と矛盾が多く、強い悪意をもって流布された都市伝説のようなものだと感じました。

  • 「トランス女性格闘家に頭蓋骨を割られた」とされる写真は、全く無関係な格闘家の写真をコラージュして作られたものである
    →写真に写っている選手たちが試合を行った事実は無い

  • 「トランス女性に頭蓋骨を割られた」とされる女性の怪我は、シス女性との試合で負ったものである

  • トランス女性格闘家が対戦相手に怪我をさせたのは事実だが、「頭蓋骨を割った」というのは正確ではない
    →正しくは眼窩骨折と頭皮の裂傷

  • トランス女性格闘家との試合で負傷した選手は、順調に回復し今も格闘技を続けている

  • トランス女性格闘家、ファロン・フォックス選手との試合で負傷したのはタミッカ・ブレンツ選手だけであり、その他に試合で怪我を負った選手はいない

トランス女性が格闘技に参加することについて、身体能力の差を不安に思う気持ちはわからなくもありません。
ですが、その批判材料に今回の画像と「トランス女性格闘家が対戦相手の頭蓋骨を割って再起不能にした」という話題を出すのは完全に間違っています。画像はフェイクですし、頭蓋骨を割られて再起不能になった女性も存在していないのですから。



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