帰り道 〜ショートストーリー〜
23時37分
終電一本前の電車の座席から腰を上げる
疲れた身体を引きずりながら
前の人の足下しか見えない視界で改札を通ると
どこかで見慣れた靴が
つま先をこちらに向けているのが
目に入った
ふと顔を上げた。
「おかえり」
「なんで・・・?」
そこには私が1番安心する貴方が立っていた。
「んー?
LINEの感じが疲れてそーやってな
迎えにきた」
少しはにかみながら笑う貴方は
右手で自分のうなじをくしゃくしゃと触り
マスクで目元しか見えてないのに
私の大好きな笑顔で微笑んだ
「エスパーなん?
もうタイミング神すぎ…
疲れたよおおお〜。」
人がまばらになってきた改札前で
思わず軽くハグをする
疲れて何も感じなくなった五感に
触覚から温かさが
嗅覚からいつもの落ち着く貴方の匂いが
じわじわと
私の心を染め上げていった。
「聞いて〜。
今日帰りしなに久々に同期と会ってんけどな、
もう仕事の愚痴やら、転職したいって言う話永遠聞かされてな、気付いたら1時間経っててん・・・。
ただでさえ残業で魂抜けてたのに追い打ちやったわ…。私もアホよなあ。途中で切り上げたらよかった…」
「そうか〜。
まあでもそういう日もあるよ!
その子は佳奈に話聞いてもらってスッキリしたんやと思うよ
優しいなあ。佳奈は。
佳奈の愚痴は俺が聞いたるやん」
「イケメンすぎん?
ほんまにいつもありがとう。
かずの話も聞かせてな!
今日は何があったんー?」
「そうやなあ〜
今日は、同期の浜口が社食でラーメンの汁とばしおってな、それがうまいこと…」
どちらからともなく手を繋いで
地下鉄の階段を上る。
ああ、私の疲れも不安もストレスも、
貴方が居れば、安心に変わるんですよね。
魔法使いなの?
ありがとう。
貴方がいるから、今日もまだ笑える。
明日もきっとまた笑える。