恋したチーズ
カマンベールチーズが好きだ。
表面の白カビと、柔らかく、ねっとりした中心部分。その、層となった部分のギャップが好きだ。
もったりとして濃いその味が好きだ。
ごたくはいらない、とにかく好きだ。
けど、今日語りたいのは違うチーズ。
その名も「モンドールチーズ」。
知ってます? モンドール。
フランスやスイスで、九月から五月までの間にだけ販売される、期間限定のチーズ。
エピセアというもみの木の一種で作られた円形状の木箱に入れて熟成させたもので、柔らかいクリーム状なのが特徴。カマンベールのような固さがなく切り分けられないため、スプーンですくって食べる。
ポピュラーな食べ方は、中心に穴をあけて、白ワインとすりおろしにんにくを入れ、焼いたフォンデュ。
味はとにかく濃厚。エピセアの香りが鼻に抜け、とろりとした重みのあるクリームは、舌の上と言わず口いっぱいに広がり、ミルクの風味を感じさせてくれる。
――と、書きましたが。
食べたことありません。
直接見たこともありません。
ごたごた書きましたが、すべては妄想とインターネット検索のたまものです。
いやね、だって。
このチーズ、お察しかと思いますが、高いんですよ。
日本では「幻のチーズ」なんて言われていて、だいたい三千円前後。
まじかよこっちは四百円のカマンベールチーズ買うのにだって、ちょっと思いきりとか口実とかが必要なのに…。
いや、全然幻じゃないらしいんですよ、本当は。
だって通販してるくらいだし。
フランスじゃ冬になれば普通に売ってるらしいし。
でも、「幻のチーズ」って響きに痺れるし憧れちゃうんだよね。期間限定ってのもずるい。冬になるたび考えちゃうあなたのこと。会ったこともないのに。だってあなたは画面の向こうの人(チーズ)…。
そう。そもそもなんで食べたこともないこのチーズにここまでこだわるかと言うと、前にテレビで紹介されてるのを観たから。
あまりテレビを観る方ではないのだけれど、その時はうっかり観てしまった。
本場フランスの竈で焼かれたモンドール。
それが日本のスタジオにも現れるわけですよ。
コメンテーターとかが「今年食べたもののなかで一番美味しい」とか言い出すわけですよ。
「またまた盛っちゃって~」とか、こたつでテレビ観ながら突っ込む私。
知ってるんだから。みんな食べ物の美味しさを語るとき盛りがちだって、私知ってるんだから。
Twitterでバズるメニューだって、「美味しすぎて正気を保てないくらい」とか「失神しそうなくらい美味しい」とか書かれたりするけど、確かに試すと美味しいけど、そこまでじゃないから。
…でもね、映像の暴力性がすごいの。
「これは間違いなく美味いぞ」って拳で殴りにきてるくらい、ガンガン頭に響くの。
気がついたらネット通販で検索してたよね。
そして値段に絶望したよね。
え、今フランスで買うシーンでは、そんな高くなかったじゃん…あ、空輸? 空輸するから? ほんとにそれだけ? 値段つりあげて希少性煽ってない? みたいな。
買えない値段じゃないけど、チーズだし…我が家でこんなチーズチーズ言ってるの、私だけだし…みたいな。
そんなわけで、今年の冬もまた、まだ見ぬチーズに恋するのだ。