ロボット・ハウスキーパー(1)
午前10時過ぎ。
9カ月の娘と一緒に、そろそろ日課の散歩に行こうかと時計を確かめたちょうどその時、玄関の呼び鈴が鳴った。
宅配便が届いたのかと思い、娘を抱っこしながら玄関の扉を開くと、そこには知らない人ではなく、知らないロボットが立っていた。
「はじめまして。株式会社ロボット・ハウスキーパーです」
ロボットの声は男性の優しい声だった。
「わたくし、ロボット・ハウスキーパーのヤナイと申します。K市からの委託で参りました」
そのロボットは丁寧にも名刺を差し出し、聞き心地のいい男性の声でヤナイと名乗った。名刺には、『ロボット・ハウスキーパー 家内(やない)』と書いてある。
「えっと・・・」
突然のロボットの訪問に驚き、どう返答したら良いのか、わからない。わたしの戸惑いや驚きを察知した腕の中の赤ん坊は大きな声で泣き始めた。
「驚かせてしまったようで、ごめんなさい。やっぱり、いきなりロボットがいると戸惑いますよね。よろしければ、お家の中で少しご説明させていただきますが、いかがでしょうか。」
ロボットの後ろからスーツ姿の女性が現れた。今度は女性の声でロボットが話し始めたのかと思ったが、それは違った。
泣いている赤ん坊を抱えたまま玄関の外で立ち続ける訳にもいかず、私はロボットとその女性を家の中へ、そしてリビングへ案内した。
「わたくし、山本と申します。こちらのロボット、ヤナイの担当です。よろしくお願いいたします。」
その女性は山本と名乗り、名刺を差し出す。名刺には、株式会社ロボット・ハウスキーパーという社名が書かれている。
「こちらパンフレットです、どうぞご覧ください」
山本さんはカバンから黄色い表紙のパンフレットを取り出し、リビングのテーブルの上に置いた。四人掛けテーブルをはさんで、わたしの向かい側にロボットのヤナイさんと山本さんが座っている。
今頃になって、わたしは不安を感じ始めた。知らないロボットと知らない女性が家の中にいる。新手の訪問販売だろうか。そういう類のセールスには引っかからない自信があったけれども。あのロボットの声と、山本さんのスムーズなフォローにすっかり気を許してしまった。
「弊社はハウスキーピング、いわゆる家事代行サービスを提供する会社です。一般的な家事代行サービスは人を派遣しますが、弊社の特長として、こちらのヤナイのようなロボットを派遣し、各家庭で家事代行サービスを提供しております」
山本さんの説明に、ロボットのヤナイさんは黙って頷いている。
「ニュース等で既にご存じかと思いますが、世界的にはロボットによる家事代行は普及が進んでいます。しかし日本では、ロボットに対する心理的な抵抗などが原因で普及があまり進んでおりません」
山本さんは慣れた様子で、説明を続けた。
「そこで弊社としましては、K市のように、子育て支援に積極的な自治体と提携し、まずはお試しからという形で、ご出産から1年以内のご家庭を中心にサービス提供を進めております」
山本さんは、私に抱えられた娘の顔を見てほほ笑んだ。
「ご出産後、市役所での手続きの際に、弊社サービス利用についてのアンケートに、『サービス利用に興味がある』と回答された方のご家庭へこのように訪問して、説明させていただく機会をいただいております」
ああ、なるほど。産後の役所での事務手続きは夫に任せていたので、適当に夫がアンケートにも回答したのだろう。
「続きはわたくし、ヤナイがご説明いたします」
素敵な声のヤナイさんはそう言って、続けた。
つづく。
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