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真夏のホットコーヒーと、海賊版メガネの坊やと、Windows95の話
(Photo by Jonathan Kos-Read)
暑い、どうしてこんなに暑いんだろう。うだるような暑さの中、オアシスを求めるかのように、私は日傘を畳み、引き込まれるようにして、ガラス張りのカフェの中へと足を踏み入れた。
冷房が効いていて全席禁煙のこのカフェは平日の昼下がりというのにもかかわらず、ほぼ満席に近い。1席だけ奥の席が空いているのを確かめてから、その空いている席へ向かい、カバンからハンカチを取り出して席の手前にあるテーブルの上にそれを置いた。そうやって席を確保してから、レジへ行き、いつも注文しているアイスカフェラテを注文した。
レジから左へ5歩ほど離れたカウンターで自分が注文したアイスカフェラテを待っている間、背中越しに男性の大きい声が聞こえてきた。
「私が中国で小学生の頃に見ていたアニメは、90年代の頃の話ですけど、それよりも10年ぐらい古いものでした。え?理由ですか?それはアレですよ、中国では完成した作品でなければ放送審査ができないからですね。日本では普通、テレビドラマやアニメであれば制作しながら放送しますよね。それが中国では許されていないんです。」
一体彼は誰と話しているのだろうか。見たところ、その大柄な男性はスマートフォン片手に、そして湯気が上がるほどの温かい飲み物(おそらくホットコーヒーだろう)が入ったカップをもう一方の片手で持ちながら、誰かと大きな太い声で得意げに話をしていた。
「中学生の頃はテレビではなくて、自作のパソコンで海賊版のアニメを見ていましたね。なんで自作かって?それはアレですよ、正規版のWindowsなんて手が出せないくらい高価なものですからね、海賊版をインストールして自作しないといけないわけですよ。ちなみに、当時の中国での平均家庭の月収は1,000元〜1,500元、Window95の正式版は2,000元位でした。私たちの小遣いは、大体20元しか在りませんでした。」
注文したアイスカフェラテはもう私の右手の中に収まっているけれど、私は自分が座るはずだった席には戻らずに、その大柄で声の大きい男性の背中越しの席が空いたのを見て、その席へ座ることにした。
「当時の中国では記録媒体として、VCDというフォーマットが流行り出していましてね。VCD1枚5元〜10元(日本円で100円くらい)の値段で、1枚にアニメが2話入っていました。中学生たちがお金を出し合って、VCDを買ってアニメを観ていました。スラムダンクとか名探偵コナンとかを必死に見ていましたねえ。あの必死さはとても懐かしいです。」
今更だが、私はこの大柄で大声の男性が中国出身ということを背中越しに理解した。
「まあ、ほとんどが中国から見て海外、日本のアニメだったわけですけど。しかも10年ぐらい前に日本で放送された古いものですね。その時は自分が時代遅れのアニメを見ているだなんて全く気にもしなかったのですが、日本の大学に入ってから周りの日本人の学生と話していると、どうも好きなアニメの話が噛み合わないわけですね。私が好きなアニメが同世代の日本人にとっては古く感じるようで『お前はおっさんか。』と何回も言われましたね。ハッハッハッ。」
その男性はスマートフォンに向かって豪快に笑い、冷房の効いたカフェでホットコーヒーを音を立てて啜った。