乳がんになった私 #80「手術前日④-センチネルリンパ節が写らない-」
診察室での取材を終え、すぐに入院受付の窓口へと向かった。
受付を済ませ、入院病棟のエレベーターに乗り込む。付き添いの母と内田も、一緒に私の病室まで入ることができた。(今回も個室を予約していた)
コロナによる面会制限は少しずつ緩和されていた。私が治療を始めたばかりの頃は、付き添いの人間が病室へ入ることは出来なかった。今は入れるようになったのだが、面会時間は30分間まで、人数は2人までという規則。
そして、明日の手術の付き添いは出来ない。
よく、手術室へ行くまで家族や親しい人が付き添い、見送り、家族は手術が終わるのを院内で待つ…と言った光景をドラマか何かで見たことがある気がするが (手術の内容にもよるかもしれないが)、それが出来ないようだ。
部屋で重たいキャリーケースを広げた。何が重たいかって、今日から約1週間の入院で読みたいと思っていた本たちだ。しかも、分厚かったり、大きかったりする本が大半だった。本は電子書籍ではなく、紙で読みたい派なのだ。
病室に看護師さんが来て、入院についての説明、体温と血圧を計測。
その後、すぐにセンチネルリンパ節の撮影に呼ばれたため、再び入院病棟から出て、今朝、注射を受けた部屋へと向かった。
朝と同じ検査技師さんに呼ばれ、検査着に着替え、検査台に仰向けに寝る。右胸の上に小さな鉛の板を置かれ、撮影に入る。
撮影は20分くらいで終わった。
センチネルリンパ節、写っている、よね…?
結果は後からS先生から聞くのだろう。
その後は、口腔外科へ。
乳がんの治療が始まってから、度々口腔外科で口内のチェック、掃除をしてもらう。口内環境が良くないと、そこから感染症や、肺炎を引き起こすことがあるらしく、抗がん剤治療が始まるタイミングや、手術の前に、口腔外科を受診することがマストなのだと治療を始めてから知った。
何も問題なく口腔外科が終わり、私たちは再び入院病棟のエレベーターへ向かった。
エレベーター下に着き、私は、内田と母と順番にハグをした。
「頑張ってね」「頑張る、願ってて!」とか、きっとそんな言葉を交わした。心が、熱かった。
次に会うのは手術を終えた後だ。
2人と別れ、私はエレベーターに乗り込み、再び病室に戻った。
さっきとは別の看護師さんが来て、明日の手術までの流れについての説明を受けた。
そしてその後すぐに、S先生が病室にやって来た。
きっとセンチネルリンパ節についての話だ。
「問題なく写っていました」
と、言われると思っていた。
S先生の口からは、思わぬ言葉が飛び出した。
S先生「森さん、さっきのセンチネルリンパ節の撮影なんだけどね、写ってなかったんだ。」
私「え……………………本当ですか。」
先生は少し困った表情を浮かべながら続けた。
S先生「うん…全く、全く写ってなかったんだわ。そうなるとね、さっき説明したように、リンパ節を全部取るか残すかの判断を今日中にしなきゃいけないんだけど。後で撮影した画像を見せるけど…ご家族、もう帰られちゃった?戻って来てもらう?」
私「あ…帰りました。そう…ですね。連絡入れてみます。」
私はすぐに、母と内田にLINEした。
(以下、実際のLINEの文面)
私【写らなかったってええええええええ!爆】
私【もし17:30までぐらいに戻って来れるなら、先生がもう一度ご家族の方も来ますか?と】
内田【戻るわ】
母はすぐには既読が付かなかったのだが、どうやら仕事があるようで、病院に戻るのは無理とのことだった。
センチネルリンパ節が写らないこともある。その、少ない確率の方だったのか…。
私は、“写らなかった”という結果をなかなか飲み込むことが出来ずにいた。
手術を受けること、右乳房を全摘することに完全に納得し、ようやく手術の前日まで辿り着いたのだが、またここで、選択を迫られる出来事が起ころうとは。
S先生「じゃあ、また後で画像を見せながらお話ししますね。」
S先生が病室から出て行き、私は1人、ベッドに寝転んだ。
そっかあ…写らなかったかあ…取るしかないかあ…腋のリンパも…
しばらくして、また誰かがドアをノックした。
見知らぬ男性。気管挿管の実習生とのこと。
そう、明日の手術中は全身麻酔のため、気管挿管…喉からチューブを入れて、人工的に呼吸を安定させる…らしい。
以前、麻酔科で全身麻酔についての説明を受けた際に、手術中の気管挿管を、救急救命士の実習生に行わせて良いかどうかの選択をする箇所があった。
私は、そこにチェックを入れた、らしい。
なんとなく記憶にあるが、実はあまりきちんと理解していなかった…実習生が少し手伝う、くらいに思っていたのかもしれない。
同意をしなければ、麻酔科の先生が行う。
実習生「気管挿管の実習について、ご協力いただきありがとうございます。ただ、大切なご自身の手術のことですので、迷われる場合は、今からお断りいただいてももちろん大丈夫です。」
説明の中には、気管挿管による歯の損傷、口腔内の損傷、しゃがれ声、咽頭痛などが起こり得る可能性があると書かれていた。ただし、これらは麻酔科の医師が行っても起こり得ることのようだ。
私は、今になって迷った。
だって、私はヴォーカル。喉、声は、物凄く大事だ…。
迷った挙句…私は同意した。
自分の手術が実習生の彼の役に立つのなら!未来の役に立つのなら!迷いながらではあるが、そう思った。
実習生「ありがとうございます!また後ほど、あらためて麻酔科の医師と一緒に伺わせていただきますので。失礼します。」
そしてまた、部屋に1人になった。
内田はいつ戻ってくるかなあ。
はあー、写らなかったのかあーーーー。
(#81へ続く)
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