Special Exhibition03/Stoclet 1911 - Restitution/ART&HISTORY Museum (ブリュッセル)
※こちらの記事は2023年12月〜2024年4月ブリュッセルにて開催された企画展のレポートです。本施設にご訪問の際は最新の情報をご確認ください。
こんにちは、綾野です。
ジュエリーが展示されている世界の美術館/博物館をご紹介する“World Jewelry Quest”、今回はブリュッセルにて開催中のストックレー邸にまつわる企画展のレポートをお届けします。
※本展示は前回ご紹介した『Josef Hoffmann – Falling for beauty』と連動して開催されており、こちらの記事も併せてお読みいただけますとより立体的に感じていただけるかとおもいます。
アール・ヌーヴォーからアール・デコに渡り活躍したオーストリア出身デザイナー、ヨーゼフ・ホフマン。彼の最高傑作とされ、2009年にユネスコ世界遺産に登録された『ストックレー邸』(ブリュッセル)ですが、残念ながら現在は一般公開されておりません。ですが本展示ではその内部をデジタルで再現した映像が大スクリーンで公開されており、まるで実際に訪れたかのような心持ちにさせてくれます。人生で一度は入ってみたい“ホフマンによる究極の美の世界”をお楽しみください。
なぜ『ストックレー邸』は特別なのか
ベルギーの首都ブリュッセルにあるストックレー邸は、ベルギーの金融業者アドルフ・ストックレー(Adolphe Stoclet)の私邸として1905年から1911年にかけて建てられました。太っ腹なストックレー氏、世界中から集めた膨大な美術品コレクションを展示し、音楽を楽しみ、ゲストをスタイリッシュな環境で迎えたいといったおおまかな要望を最初に伝えた以外は、ごちゃごちゃしたことは言わず予算の上限も設けなかったそう(嗚呼、美と格差は切っても切り離せないという現実を前に複雑な気持ち)。
そんな粋なスポンサーをバックに、ホフマンは理想の館を作り上げました。なぜストックレー邸が世界的に評価されているのか、理由は大きく2点にまとめることができます。
1、 ヨーゼフ・ホフマンたちが目指した「総合芸術」を体現するものだから
ヨーゼフ・ホフマンや彼が所属したウィーン分離派が目指した概念に「総合芸術」があります。総合芸術とは各種芸術が合わさって一つの作品となったもので、代表的な例では演劇(舞踏、セット、衣装など)がありますが、このストックレー邸も“建築、インテリア、庭、調度品といった様々な応用美術が調和してひとつの芸術”となっているのです。
言葉で説明するのは簡単ですが、この総合芸術を実現するためには「職人と芸術家の協業」が不可欠で簡単ではありません。たとえ素晴らしいデザインを描いても、それを作り出せる人がいないと実現はしないからです。その点ホフマンたちはウィーン工房を立ち上げデザイナーと職人をチーム化し、さまざまな工芸においてデザインから製造までを徹底して管理できる環境を作り上げました。その結果、建物のみならず家具や食器といった空間を構成するものすべてを一貫してディレクションすることができたのです。
制作には当時一流の芸術家や職人が集いました。建設を担当した元請業者フランソワ・エ・フィス(François & Fils)は、ヴィクトル・オルタ(Victor Horta)のソルヴェイ邸(House Solvay)やリノヴァシオン百貨店(A l'Innovation/196年焼失)の仕事で知られています。
天井の装飾とファサードの金メッキを依頼されたのは著名な画家で装飾家のアドルフ・クレスパン(Adolphe Crespin)、塔の上にある4人の英雄像はドイツの彫刻家フランツ・メッツナー(Franz Metzner)によるものです。音楽室にあるスタンウェイのピアノとオルガンですら、部屋に併せてデザインされたものだそうです。
最も有名なダイニングルームのモザイク壁画は、グスタフ・クリムト(Gustav Klimt)の素描に基づき、芸術家レオポルト・フォルシュトナー(Leopold Forstner)によって制作されました。古代エジプトやビザンチン美術に着想を得た「生命の樹」を背景に、「期待(ダンサー)」「成就(恋人)」「騎士(正方形を連ねて非常に抽象的)」が描かれています。太っ腹大黒柱のアドルフ氏は騎士の前に座るのが定位置だったそうです。
ちなみに総工費は不明だそう(笑)、現在の価値で700万ユーロ、日本円で11億以上と推定されています。日常生活の隅々に至るまで芸術作品で満たす。これがホフマンに掲げた理想でしたが、至高のスポンサー、芸術家、職人が揃ったことでまさにその夢が叶った場所といえるでしょう。
2、 アール・デコ/モダニズムの先駆けとなる先進的なデザイン
制作時はまだアール・ヌーヴォー全盛期でオルタ作品に代表される曲線的でオーガニックなデザインが主流でした。そんななか、キュビズムとアール・デコの到来を予言したような直線的でシャープな外観は、のちのモダニズムやアール・デコのクリエイターたちにも支持されました。
建物からインテリア、家具の形状まで徹底的に統一された繰り返されるモチーフ(正方形、菱形、卵形など)とカラーパレット(黒、白、金色、黄色、赤、緑、茶色)はすべて全体の調和に寄与しています。
制作に2年を費やしたというストックレー邸内部の再現デジタル映像を見ると、静謐な大理石のなかでゴールドの曲線が一際輝きを放っているように感じられます。
この美しい庭も、小道・噴水・東屋といった人工的な空間と生垣・低木・池などの自然の空間が幾何学的に構成されています。ちなみに奥には運動場とテニスコートがありますが、テニスは1900年以降のオリンピックで女性が参加できた数少ないスポーツのひとつだったそうです。
「人類の創造的才能を表現する傑作」とは世界遺産として認められる条件のひとつですが、その言葉通り“新しい美の形式”をこの世に生み出したと言えるでしょう。
ストックレー邸のような人間になれないものだろうか
ストックレー邸のことを調べるうちに「自分自身も総合芸術とならんことを意識すると、美しく生きられるのではないか。」というアイディアが浮かびました。外見、発言、行動といった個人が生み出す個々のアウトプットが見事に調和している人がまれにいますが、これが「スタイルがある」という状態なのだと気づいたのです。それに引き換え私と言えは、ジュエリーを追っかけている割には赤提灯で熱燗と焼き鳥も好きというよくわからない具合…(笑)。トータルアートな美しい人生にはほど遠いであります。
本当はこのブログを書く前に実際に建物を見に行きたかったのですが、先になってしまいそうなのでいったんこちらで投稿いたします。訪問後にまたご報告させていただきますね!
参考
ストックレー邸
住所:1150 Woluwe-Saint-Pierre Belgie
https://whc.unesco.org/en/list/1298/
Stoclet 1911 - Restitution
https://www.artandhistory.museum/en/stoclet-1911-restitution
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