”ヒヤリハット”を活用した業務改善
前回はチェックリストを活用してミスを防ぐ方法についてお伝えしましたが、今回は日々出合う”ヒヤリハット”を活かして、重大ミスを未然に防ぎ、業務改善を行っていく方法についてお伝えします。
1. ヒヤリハットの定義と重要性
ヒヤリハットとは、事故には至らなかったものの「ヒヤリ」としたり「ハッ」としたりした出来事を指します。重大なミスにつながる可能性を秘めているため、その芽を摘むことが重要です。このヒヤリハットの重要性を裏付けるものとして、「ハインリッヒの法則」があります。これは、1件の重大事故の背後には29件の軽微な事故があり、さらにその背景には300件のヒヤリハットが存在するという経験則です。つまり、ヒヤリハットを放置しておくと、いずれ重大な事故につながる可能性が高いことを示しています。
この法則は労働災害の分野で提唱されましたが、オフィスワークにおいても同様の原理が当てはまります。ヒヤリハットの活用によって、重大ミスの未然防止、潜在的なリスクの発見、継続的な業務改善を実現できます。
2. ヒヤリハット活用の仕組みづくり
以下の手順で、ヒヤリハット活用のフローを構築します。
1. ヒヤリハットの記録ファイル作成
従業員が気軽にヒヤリハット事象を報告できるよう、報告フォーマットはなるべくシンプルで記入の手間がかからないものがよいです。ConfluenceやNotionのようなWeb上に直接フォーマットを用意するか、Excelで作成し共有フォルダに格納するなど、関係者がアクセスしやすい環境に用意します。また、このときに報告ルートも明確にしておきましょう。
2. ヒヤリハットの収集(記録)
ヒヤリハットの報告者(発見者)が、ヒヤリハットの記録ファイルに発生日時、事象、原因(わかる範囲)を記録します。記入の習慣が定着するまでは、定例会議などで「最近ヒヤリハットはありませんでしたか?」などと記入/報告を促す機会を設けるとよいでしょう。
3. ヒヤリハットの原因分析
ヒヤリハットの根本原因(真因)を特定するために、「なぜ?」を繰り返す手法を用いて分析します。個人ワークではなく、報告者・起因者を含む関係者全員で議論の場を持つことが望ましいです。ヒヤリハットの件数が多い場合には、ヒヤリハットが発生した工程で分類して、件数が多い工程から優先的に対処します。
4. 対策の決定
分析結果に基づき、根本原因(真因)を解決する具体的な対策を決定します。原因分析とあわせて議論の場で決定できるとよいです。
5. 対策の実行と進捗確認
決定した対策を実行します。すぐに完了できない対策の場合は、定期的に進捗を確認しましょう。対策が実行されていないと、ヒヤリハットの収集が無意味となり、ヒヤリハット活用施策が形骸化していってしまいます。対策までやり切り、継続的な業務改善につなげましょう。
3. ヒヤリハット活用における注意点
ヒヤリハット活用においては、以下の注意が必要です。
小さなヒヤリハットも見逃さない
小さなヒヤリハットが大きな事故につながる可能性もあります。些細な事象も見逃さず対策しましょう。報告しやすい雰囲気づくり
報告者・起因者を責めてはいけません。また、ヒヤリハットを発見したときに、記録~対策実行までのタスクを報告者の負担にしてしまうと、ヒヤリハット報告が集まりにくくなります。タスクはチームで分担し、ヒヤリハット報告を奨励する風土づくりを心がけましょう。精神論はNG、仕組みでミスを防ぐ
対策として「次から気をつける」「注意して確認する」といった精神論はNGです。人間の注意力や集中力には限界があり、常に完璧な状態を維持するのは不可能です。業務の流れを変える・チェックシートの項目を変える・ツールの使い方を変えるなど、仕組みの改善案を出すようにしましょう。
4. ヒヤリハット活用事例
<チーム単位での実践例>
SNS投稿を担当していたときに「ヒヤリハット対策検討シート」を運用していました。これは、チェック担当者の目をすり抜け、配信責任者が配信前に拾ったミス(ヒヤリハット)を、Excelファイルに表形式で記録したものです。ヒヤリハットが起こる度に、発生工程、事象、原因、再発防止策をファイルに記載し、チームメンバーで対策を話し合う場を設けていました。短期的メリットとしてはチェック体制の強化に役立ち、長期的メリットとしてはどんなミスが起こりうるかの事例集が出来上がるため、業務引継ぎ時に有用な資料となります。また、ミスの原因・対策について議論の場をもつことで、チーム内の認識のずれや非効率なやり方に気づく機会になったことも、副次的なメリットでした。
<部門/会社単位での実践例>
部門/会社単位の場合には対象をヒヤリハットではなく、実際に起きてしまったミス・トラブルに絞って、収集・分析・共有されている仕組みがありました。(おそらく、部門/会社単位でヒヤリハットを集めるとなると、膨大な件数になってしまうことや、管理者と報告者の距離が遠く、報告が集まりづらいことが理由だと考えられます)
この仕組みでは、上述の「ヒヤリハット対策検討シート」にあった、発生工程、事象、原因、再発防止策の項目に加えて、ミス・トラブルの影響範囲がまとめられ、社内で検索・閲覧出来るようになっていました。新企画ローンチの際やサービス仕様変更の際など、過去類似案件で起きたミスを参考に同じミスを起こさないためのデータベースとして活用していました。
エレノア・ルーズベルトの言葉を思い出しますね。
5. 書籍より”逆”の発想を学ぶ
ミスをしないための仕事術を説いた本です。2章でチェックリストの効能や作成のポイント、「ひやり」(=ヒヤリハット)の捉え方についても言及されています。チェックシートを逆さまに持ってやると、見る方向が変わって、間違いを捕まえる可能性が高くなるというエピソードが印象的でした。
関連して想定外の失敗を想定内に収めるための手法「フォルト・ツリー・アナリシス」(7章記載)についても抜粋してご紹介したいと思います。この手法は、まず「起こってほしくない現象」(ミスや失敗)を書き出し、次にその「起こってほしくない現象」がどうすれば起こるのかを書き出すという流れを繰り返して、「起こってほしくない現象」が起こる因果関係をツリーの形で記述し、分析していきます。そうして出てきた要因が発生しない方法を考えることで、失敗の芽を摘んでいきます。これを著者は「逆から見る」視点を持つと表現していました。
(チェックシートを)「逆さまに持ってやる」、(ミスや失敗を)「逆から見る」。ミスを防ぐためには、普段とは異なる視点を持つことが大切だと学びました。
ミスを4つ(メモリーミス/アテンションミス/コミュニケーションミス/ジャッジメントミス)に分類し、ミスを引き起こしてしまう脳のメカニズムと対策を説明する内容となっています。今回のヒヤリハット活用法とは直接関係ありませんが、先ほどの「逆から見る」に関連して、判断ミスを防ぐための一つの方法である「死亡前死因分析」という手法を引用します。
ここでも「思考を逆に振る」という考え方が出てきました。同じミスを繰り返さないためには過去の失敗から学ぶことが大切ですが、未知・想定外のミスを防ぐためには「逆さまに持ってやる」、「逆から見る」、「思考を逆に振る」といった”逆”の発想が有用であると学びました。
6. おわりに
ヒヤリハットは、事故を未然に防ぎ、職場環境を改善するための貴重な情報源です。日々出合うヒヤリハットを見過ごさず、重大ミスを未然に防ぐ仕組みづくりに活かしていっていただければと思います。
ご覧いただきありがとうございました。