TOCの思考プロセスとはー『ザ・ゴール2』読書記録
前回記事「TOC(制約理論)とはー『ザ・ゴール』読書記録」では、エリヤフ・ゴールドラット博士が提唱したTOC(制約理論)について解説しました。『ザ・ゴール』の物語を通じて、TOCの概念に魅了された私は、その後すぐに続編の『ザ・ゴール2』を読み始めました。
この本は前作の主人公アレックス・ロゴが新たな挑戦に直面する物語です。『ザ・ゴール2』では、TOCの考え方をさらに発展させた、問題解決のための体系的なアプローチである「思考プロセス」を取り扱っています。そこで、今回は、この「思考プロセス」について詳しく見ていきたいと思います。
1. 「思考プロセス」とは
「思考プロセス」とは、TOC(制約理論)の創始者エリヤフ・ゴールドラット博士が開発した問題解決手法です。TOC(制約理論)の考え方を基礎としながら、より広範な問題に対応できるよう発展させたものといえます。
この手法は、以下の一連のプロセスを系統的に考えることから、その名が付けられました。
何を変えるのか?/ What to change?
何に変えるのか?/ What to change to?
どのように変えるのか?/ How to cause the change?
思考プロセスの本質は、経験と勘を活かしつつ、直感を論理的に検証する能力を養うことにあります。複雑な問題を因果関係で結びついたシステムとして捉え、市場の制約を解消するために開発されました。
この手法は、問題の根本原因の特定から創造的な解決策の立案、実施過程での障害の予測と対処まで、包括的なアプローチを提供します。需要と供給のバランスを考慮した全体最適を目指し、大規模な変化を効果的に推進するための実用的なツールとして認識されています。
2. 「思考プロセス」の主要ツール
思考プロセスを実践するために、ゴールドラット博士は5つの主要なツールを開発しました。これらのツールは、思考プロセスの各段階を支援します。前章で紹介した3つの問いに対応して、以下のようにツールが用意されています。
何を変えるのか?/ What to change?
現状問題構造ツリー
何に変えるのか?/ What to change to?
対立解消図
未来問題構造ツリー
どのように変えるのか?/ How to cause the change?
前提条件ツリー
移行ツリー
これらのツールは、順を追って使用することも、状況に応じて単独で使用することも可能です。状況や問題の性質に応じて、最適なツールまたはツールの組み合わせを選択することが重要です。
本章では、これらのツールについて詳しく解説していきます。
なお、各ツールの説明では『ザ・ゴール2』からの具体的な使用例を取り上げています。そのため、まだ『ザ・ゴール2』を読まれていない方にとっては、ストーリーの一部がネタバレになる可能性があります。『ザ・ゴール2』の展開を楽しみたい方は、原作を先にお読みいただくことをおすすめします。
2-1. 現状問題構造ツリー(CRT:Current Reality Tree)
ツールの目的
現状問題構造ツリー(CRT)は、「何を変えるのか」を明確にするためのツールです。現状の問題点(好ましくない結果=UDE:Undesirable Effects)を列挙し、これらの因果関係を見つけることで、根本原因(コアの問題)を特定します。UDEは、根本的な問題の結果や症状にすぎないため、根本原因(コアの問題)の特定が重要です。このツールは、複雑な状況下で多数の問題が存在する場合に、最も対処すべきコアの問題を見出すのに役立ちます。
※UDEは「ウーディー」と読む
適用プロセス
現状の好ましくない結果(UDE)を5〜10個リストアップする
UDE間の因果関係を矢印で結び、ツリー状に構造化する
因果関係が直接繋がらない場合、新たな中間原因や隠れた要因をステートメントとして追加し、その関係性を補完する
原因を遡り、より根本的な問題を下方に追加していく
ループ(循環する因果関係)がある場合は、それを識別する
多くのUDEにつながっている根本的な原因(コアの問題)を特定する
※ステートメント:思考プロセスの各ツリーの中に描かれる一つ一つの文言、すなわち1BOXのこと
『ザ・ゴール2』での使用例
主人公の部下ボブの化粧品会社の販売方針を改善するために、ボブの部下であるスーザンが現状問題構造ツリーを作成しています。販売店のUDEの原因を遡った結果、「販売店は大量に注文せざるを得ない」状況を作り出している自社の販売方針が根本的な原因だと特定します。このプロセスを通じて、複雑な問題の根本原因が明確になり、効果的な改善策を立案することが可能となります。
このストーリーを基に、現状問題構造ツリーを描いてみました。上部にUDE、下部に根本原因が配置され、矢印で因果関係が示されています。
2-2. 対立解消図(CRD:Conflict Resolution Diagram)
ツールの目的
対立解消図(CRD)は、「何に変えるのか」を考えるためのツールです。問題の根本的な原因となっている矛盾や対立(コンフリクト)を解消することを目的とし、"雲"とも呼ばれます。思考プロセス全体の流れの中では、特にコアとなる問題の解決策を見出すために使用されますが、単独での使用も可能です。このツールは、一見解決不可能に見える対立状況において、創造的な解決策を導き出すのに効果的です。
適用プロセス
5つの枠が矢印で結ばれたフォーマットを用意する
フォーマットに沿って、コンフリクトを正確に言葉で表現する
それぞれの矢印の背景にある理由(仮定)を挙げ、正しいかを検証する
最も問題のある矢印(いちばん気に入らない矢印)に焦点を当て、その仮定を慎重に検討する
これらの矢印のいずれかを解消するような画期的なアイデアを導入することで、矛盾や対立の解消を目指す
『ザ・ゴール2』での使用例
主人公アレックスが多角事業グループの売却に関する対立を解消するために、対立解消図(雲)を使用しています。図は「会社関係者の利益を守る」という共通目的に対し、株主と従業員の利益が対立する状況を示しています。解決の鍵は「多角事業グループの会社に十分な利益がない」という仮定にあります。主人公たちはこの仮定を覆す、すなわち、多角事業グループの収益性を向上させることで問題解決を図ります。この例は、対立の根底にある仮定を特定し、それを覆す革新的な解決策を見つけるプロセスを示しています。
2-3. 未来問題構造ツリー(FRT:Future Reality Tree)
ツールの目的
未来問題構造ツリー(FRT)は、「何に変えるのか」を検証するためのツールです。対立解消図や他の分析を通じて導き出された解決策を実行した場合の結果を論理的に予測し、新たな問題(ネガティブ・ブランチ)が発生していないかを確認します。このツールは、解決策の実行による好ましい結果(=DE:Desirable Effects)と潜在的な問題を同時に可視化し、解決策の有効性と実現可能性を評価することを目的としています。
適用プロセス
達成したい最終的な目標を設定し、最上部に配置する
(対立解消図で見つけた)解決策をツリーの出発点として、最下部に配置する
(現状問題構造ツリーで特定した)UDEを反転させ、DEを考える
出発点から目標に向けて、各DEを"If-Then"の論理構造でつなぐ
ここで新たに生じたUDEを考慮し、追加の対策を加える
出発点から最終的な目標までのプロセスを論理的に構築する
新たな問題(ネガティブ・ブランチ)が発見された場合、解決策を再検討し、ツリーを再構築する
『ザ・ゴール2』での使用例
主人公アレックスは、グループ会社2社の製品市場価値を高めるソリューションを見つけるために、未来問題構造ツリーを使用しています。2社が目指すべき目標に向けて、導き出した解決策を出発点とし、論理的にツリーを構築していきます。このプロセスにより、新方針の有効性と潜在的な影響を事前に評価し、出発点にしていた「何らかの解決策」が満たすべき要件を絞り込むことができました。
ここまでのストーリーを基に、未来問題構造ツリーを描いてみました。(ストーリーではさらに、このツリーから得た気づきを基に、出発点を変えて未来問題構造ツリーを書き直しています)
2-4. 前提条件ツリー(PRT:Prerequisite Tree)
ツールの目的
前提条件ツリー(PRT)は、「どのように変えるのか」を考えるためのツールです。目標達成の過程で発生する障害(前提条件)とそれを克服する中間目標を展開し、実行計画を作成することが目的です。このツールは、複雑なプロジェクトの計画立案や、困難な目標に向けての段階的なアプローチを策定する際に有効です。
適用プロセス
最終目標を設定する
目標達成を妨げる障害(できない理由)をすべて列挙する
列挙した障害一つ一つに対応する中間目標を設定する
中間目標間の依存関係を分析し、達成順序を決定する
決定した順序に基づいて中間目標を配置し、前提条件ツリーを図示する
『ザ・ゴール2』での使用例
主人公アレックスが新しい職探しの計画を立てるために、妻ジュリーの助けを借りて、前提条件ツリーを作成しています。目標を妨げる障害を整理し、目標達成までを段階的に実行可能な計画に組み立てています。
このストーリーを基に、前提条件ツリーを描いてみました。赤い六角形が障害(Obstacles)、緑の四角形が中間目標(Intermediate Objectives)、矢印は達成順序を示しています。
2-5. 移行ツリー(TT:Transition Tree)
ツールの目的
移行ツリー(TT)は、「どのように変えるのか」を詳細に計画するためのツールです。現在の状態から目標とする未来の状態へ移行するための具体的な行動計画を示します。移行ツリーは、「売上を2倍にする」といった高い目標(目的)を「顧客A社と来週中に商談をする」のように、具体的で実行可能な行動に分解し、それらを論理的な順序で並べることで、実践的な行動計画に変換します。
適用プロセス
目標を明確に設定する
現実(出発点)を明確に設定する
段階的な目標(新しい現実)と障害(相手の要望)を順序立てて配置する
各中間目標(新しい現実)を達成するために必要な行動を特定する
行動によって上段に移行していくように、移行ツリーを作成する
『ザ・ゴール2』での使用例
主人公の部下ピートの印刷会社で、新しい販売方針に基づいて顧客に営業をかける際の実行手順を移行ツリーで表しています。ツリーの下部には顧客の現在の思考状態、上部には目標、右側には段階的な営業アプローチが示され、顧客の理解と信頼を段階的に構築していく過程が描かれています。
思考プロセスの5つの各ツールは、特定の目的に焦点を当てているため、単独でも効果的に使用できますが、複雑な問題には複数のツールを組み合わせることでより包括的なアプローチが可能になります。
『ザ・ゴール2』では、主人公アレックスがこれらのツールを状況に応じて使い分け、組み合わせていく過程が描かれています。各ツールの背後にある思考法を理解し、状況に応じて活用することで、大規模な変化を効果的に推進できるでしょう。
おわりに
『ザ・ゴール2』は前作ほどの厚さはなく、1日で読み終えましたが、この記事をまとめるのには3日ほどかかりました。各ツリーを描き起こすのが想定以上に難しく、試行錯誤を重ねる中で多くの時間を費やしました。
※もしツリーに誤りがあれば、ご指摘いただけますと幸いです。
時間を費やした分、「思考プロセス」への理解は深まったと感じています。業務改善においても、全体最適を目指し、大規模な変化を効果的に推進する手法として非常に有益だと感じました。
前作同様、『ザ・ゴール2』も非常に面白く、かつ学びの多い本でした。引き続き、ゴールドラット博士の著書を読み進めていきたいと思っています。
ご覧いただき、ありがとうございました。