「どろだんご」のレビュー
どろだんごとはその名の通り、泥で作る団子の形を真似た物体だ。子供の頃に作ったという人も多くいることだろう。
どろだんごと言われて想像するものといえば、おままごと、子供の頃の遊び、映画「ホタルの墓」の節子、懐かしい、汚い、泥んこ、大体こんなところではないだろうか。
しかし私は大人になってからどろだんご作りに真剣に取り組んだところ、どろだんごに対する印象がガラッと変わったのでとても驚いた。
日常のすぐそばに存在する癒し、ゆっくりと愛情をかけて丁寧に育てる卵のようなもの、磨くほど美しくなる宝の原石。
私は今、どろだんごに対してこんな印象を持っている。
今日はそんなどろだんごについて書いていきたい。
どろだんご作りはなんといってもお金がかからない、老若男女問わず楽しく作ることができる、どろだんご作りに必要な砂場付きの公園が近所にあるというケースが多い。つまり大半の人は事前に頑張らなくてもどろだんご作りをすぐに始めることができるのだ。
このハードルの低さはどろだんごの魅力の1つでもある。
それではどのようにしてどろだんごを作るのか順を追ってみよう。
まずは空のペットボトルを持って、家の近くにある砂場付きの公園へ行く。
公園に着いたら水道の蛇口からペットボトルに水を入れ、砂場の砂にその水をジャバジャバとかける。万が一ペットボトルがない場合には手の腹に水を溜め、水を砂場へ運ぶ作業を繰り返そう。(ただし時間のロスが大きいためペットボトルの持参を推奨する。)
水をかけた砂は十分な湿り気を帯びてくる。ここからは土に集中していこう。
湿った土を両手いっぱいに掴み、土を体で感じてみる。土を掴んだ瞬間に懐かしいようななんともいえない手触りが、不思議にも体中を安心感で満たしてくれる。砂の奥へ奥へと手を入れていくと、ほんのり冷たくて気持ちが良い。土で心が癒されていく。そしてなんだか地球を素手で触れているような感覚にもなる。自分がちっぽけだけれどもちゃんとここに存在していると実感する瞬間だ。
土を十分に感じたところで、そろそろどろだんご作りに戻ろう。
片手に収まるくらいの量の土をぎゅっと握る。そして手のひらでコロコロと転がす。コロコロ、コロコロと。すると少しずつ綺麗な球体となってくる。この時はもう可愛らしいどろだんごの顔が見えてくる頃で、作り手のあなたも自然と顔が綻んでいるはずだ。
この次は可愛いらしさから美しさへ、どろだんごを変身(成長)させていく大事な作業へと突入する。
砂場の砂の表面などにあるサラサラした砂、通称サラ砂をどろだんごにかけて優しく手のひらで転がしていく。何度も何度もこの作業を繰り返す。この時少しでも石ころがどろだんごの表面に混じっているとひび割れるので注意が必要だ。どろだんごの表面に石ころを見つけた時は綺麗に取り除き、再度湿った土で補修してあげよう。どろだんごの表面の砂の凹凸が無くなってきたら、やっとどろだんごを磨くことができる。
どろだんごにサラ砂を再びかける、そして丁寧に指で擦りながら磨いていく。この作業を何度も繰り返すことによってどろだんごに光沢が生まれる。
1時間もあれば、そこそこ見応えのするどろだんごが完成するだろう。
どろだんごは、表面にある砂の粒子が平らに並んだ時に光を反射できるようになり光るそうだ。どろだんごをより光らせるために、仕上げ磨きには布を使う人もいる。
作り方が分かったところで次は、どろだんご作りが楽しくなるアイデアを2つ程紹介しよう。
1つ目はサラ砂の情報収集をすること。
日常的に砂場に通う子供達は美しいどろだんごを作るために必要なサラ砂の在り処をよく知っている。目の細かい上質なサラ砂を手に入れるためにはそんな彼らの情報が重要となる。サラ砂は大人の目ではなかなか気づくことのできない滑り台の下や、ベンチの脇など、砂場ではなく人が通らない地面の上にあることが多い。手触りや見た目で良い砂か悪い砂か素人でも判断することができるが、そのサラ砂を見つけることがなにせ一苦労なのだ。困った時は公園の先輩(子供達)にアドバイスをもらうことも美しいどろだんごを作る近道となる。もちろん自分で見つけ出すことも楽しみの一つとなるので公園の隅々までよく見たり、日頃からアンテナを張り巡らせて上質なサラ砂の在り処をリサーチしておくと良いだろう。
2つ目は何日かに分けて仕上げること。
どろだんごは数時間磨いただけでは輝かせるために不十分であることが多い。なので何日かに分けて作り上げることをお勧めする。
ところが、未熟などろだんごを自宅へ持ち帰るリスクは高く、作って数時間のどろだんごは少しの衝撃でも壊れてしまう。万が一自転車のカゴに乗せようものなら、家に着くまでにただの砂と化するのだ。
そこで、どろだんごを後日に持ち越す時に使える公園の先輩(子供達)の知恵を真似してみよう。それはズバリ、みんなが見つけられない場所に隠すのだ。
万が一の雨でも濡れない、人の目につかない、それでいて出し入れしやすい場所を見つけてそこに隠そう。
大事に育てたどろだんごを簡単に見つけられて壊されてはたまらない。もしくは他の人に取られて我が物顔で磨かれてしまっても、自分のどろだんごだと言える証拠もないし、公園の砂はみんなのものだからそもそも返せなんてことは言えない。
だからこそ、大事などろだんごを安全な場所に隠すのだ。
こんなスリルを体験できるのも泥団子の醍醐味だ。
公園に行って自分のどろだんごとの再会を果たした時の喜びはとても大きい。上手い隠し場所を見つけるまでは雨風で壊れてしまったり、踏みつけられたりの繰り返しだ。そんな経験を繰り返しながら自分だけの最高の隠し場所を見つけ出していくことで、どろだんごへの愛情や絆も生まれてくるのだ。
大人になるとひたすら土を触り続けるという経験もなかなか無いことだろう。私は久しぶりに土を触った瞬間に、日頃の疲れやストレスからなんとなく開放されていく感覚があった。休日に砂風呂や陶芸教室へ行く人たちは、土に癒しを求めているのかもしれないなと思った。
どろだんごは私たちの人生を大きく変えてくれるわけではないけれど、土に触れ、無心になり、集中することで、日常生活からちょっぴり抜け出すことができる。
忙しさで失ってしまった心を取り戻したい、気分転換をしたい、新しいことに挑戦してみたい、そんな多くの人々が望んでいることは、頑張らなくてもすごく身近にあるもので簡単にできるんだよ、ということをどろだんごは教えてくれる。
だから私はどろだんご作りを大人たちにこそお薦めしたい。
あなたも次の休日は、公園の砂場に足を運んでみてはどうだろうか。
この記事はオンラインサロンPLANETSCLUB内で行われているSchoolの課題で提出した「レビュー」です。私はどろだんごについて書きました。
今まで好きなものについて誰かに伝えたいと思っても、全然うまく伝えられずにいました。今回そのものについてとことん考え、こうやって書いたことによって、やっと自分の好きをきちんと伝えられそうです。
課題に取り組んだことで、考えることの大切さを改めて感じました。