短編小説『眠りの森の焦り』
焦りが。
焦りがぼくを襲う。
焦燥感。
なにか大切なことを忘れているような。
なにかしなければいけないことがあったような。
思い出せない。
それは思い過ごしかもしれない。
しかし、なぜか気分が落ち着かない。
そわそわ。
そわそわ。
このようなときは、頭の中でぐるぐる考えるよりも、紙の上に書き出したほうがよいと教えてくれた人がいる。
紙の上に…。
何を書けばよいのだろうか。
実際、差し迫った問題などない。
しかし、頭の中はぐちゃぐちゃで、どうかしてしまったようだ。
ぼくは天井を見ていた。
ベッドの上に仰向けに横たわり、毛布についた自分のにおいを嗅いでいた。
自分のにおいというのは、なぜこんなにも気分が落ち着くのだろうか。
そういえば、こんな風に天井を見つめることなんて、越してきてから初めてのことのような気がする。
ごそごそ。
身体をよじらせ、体勢を変える。
別に、どこか悪いわけでもない。
なぜか、身体が動かないのだ。
ベッドから出られない。
しかし、喉が渇いた。
不思議と空腹は感じないのだが、口の中が気持ち悪い。
ぼくはゆっくりと上半身を起こすと、ベッドサイドテーブルに用意しておいた飲み水を口にした。
生温いし、味気ない。
水だから仕方のないことだが、スポーツ飲料などにすればよかったと思った。
一度布団に入るとなかなか出ることができなくなることはわかっていた。
なので、いつも手元に飲み物を用意している。
お茶もジュースも切らしていたので、今日はしぶしぶミネラルウォーターを用意した。
再び横になり、毛布の中に深く潜ると、ふわ、と眠気が襲ってきた。
しかし、眠ることはできない。
眠たいのだが、うまく目を閉じられないのだ。
閉じようよする反面、瞼の筋肉か何かが閉じるなと言って拒んでいるような気がする。
それに、目を閉じると、脈絡のない気味の悪い映像が眼の裏に広がる。
もう、それがずっと続いている。
いつからだったかは、とうの昔に忘れてしまった。
目を閉じると気分が悪くなるので、眠れない、眠れない、と思いつつも、気が付いたら眠っていたようで、最悪、昼過ぎに自我を取り戻すこととなる。
その後も、ごろごろ、ごろごろ、と布団の中で過ごす。
布団に潜っていても、部屋の外の音は消えない。
車の走る音、人々の笑い声、などなど。
それらの音が聞こえるたびに、なぜかびくびくしてしまう。
自分に影響を与えるものではないはずなのに、すごく怖い。
小心者ということなのだろうか。
布団の中で過ごすのは、せいぜい一、二日程度。
それが過ぎると、今まで気怠かった気分が一新されたように何か行動を起こしたくなる。
そうすると、なぜか心がざわざわする。
そして、そわそわ。
起き上がっても、横になっていても、この焦燥感は消えなかった。