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中止の強要ではなく「行かない」決断の大切さ

ここ最近、新型肺炎の影響でイベントや展示会の中止を決める主催者が増えている。とても大変なことになっているのは事実で、その中決行する主催者もいる。

人それぞれ、主催者それぞれ「各自の考え方」を持って決行、中止を判断していると思うので正直その判断に関して外側からはなかなかわからない部分、見えない部分も多いと思う。

中止するイベントが増えるにつれて、決行を決める企業や主催者に対しての批判をよく見かけるようになった。
『たくさん人が来るのに、何を考えているんだ』『パンデミックを起こす気か』『今すぐ中止すべき』などのコメントが目立つ。

それでも主催者が決行を決めれば、決行されることがほとんどだ。

参加者側としてできることは何か。
それは決して、イベントを中止にさせることではない
「自分は行かない」という判断であるのではないか、と私は思う。

とても当然のことに思えるが、こうしたイベントの中止については少々事情が違うようにも感じる。

開催されなければ『みんな』行かないので納得できるのだけど
開催されたら『みんな』は行くのに、自分だけ行かないなんて疎外感さえ感じる
行った人は楽しかったというのに、我慢した自分は損をする。

そうした『みんな』の足並みが揃わないのが納得できない理由の一つに上がってくるように感じていて。
特に常設ではないものに関して「今しか参加できないのに、参加すべきか悩むし、それくらいなら中止してほしい」というような深層心理も見え隠れさえする。

「来た人がみんな感染したらどうするんだ」という周り思いの人もいるが、正直人の体は管理はできないので自分の体を守るべきだし、そこに自己責任で集まった人に対してまで心配するのは、ちょっとやりすぎでもあるようにも感じる。

大切なのは「自分はどうするべきか」を考えること。
それ以上でも以下でもない。
みんなで足を揃えることが全ていいことではないという、その「みんな一緒シンドローム」から抜け出さない限り、思考と行動は変わっていかない。

自分はいかないと決めること。
自分は関わらないと決めること。

自分の身体や心を守れるのは、今回だけではなく全て自分の決断である。

誰かが決めないと自分も決められないようになってはいけない。
どんな時でも自分自身で行動を決めていく人が、これを機に増えていくことを。

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