短編エッセイ: 元住吉life (1) ようこそ元住吉へ
6月に、内定の通知が届き、9月から東京で働くことになった。
7月末に母と東京へ行き、引っ越す家を決め、生まれ育った故郷京都を離れたのは8月の暮れ。夏真っ盛りの空のよく晴れた日に母と共に、新横浜へ降り立った。
7月末に、引っ越す家を探しに、生まれ育った故郷京都を離れ、母と東京へ行くことになり、夏真っ盛りの空のよく晴れた日に、新幹線で新横浜へ降り立った。
新横浜駅のホームは、京都駅よりも人は少なく、私たちはそのまま予約していた不動産会社へ向かうために、電車を乗り換え、川崎駅へ向かう。
京都と比べると、忙しない日本人がいっぱいいる、というのが川崎駅の印象。私はなかなかの早歩きだが、ここ川崎では競歩の大会でも開催されているかのようだ。何を生き急いでいるのか、みんな対抗意識が湧いているだけなのか、かなりの早歩き。
不動産会社を訪れ、数件気に入った部屋を内見し、結局翌日、内見もしなかったアパートに引っ越すことに決めた。
京都を出る前に散々読みつくしていた、ネットに掲載されている、一人暮らしの心得なるものに、内見はするべし、と書いてあったにも関わらず。なぜそのようなことをしてしまったのか。
金額である。
不動産会社を訪れたときに持ち込んだ条件を挙げてみる。
オートロック付き
駅から徒歩十分以内
職場まで電車で一本、乗り換えなしで行ける
家賃八万以下
エレベーター付き
三階より上階
追い炊き機能付き
お風呂とトイレ別
キッチン二口コンロ
今思い出しただけでも、こんなにたくさんある。不動産屋さんにも、友だちにもみんな無理やろと言われた。
そして、実際の私の選んだアパートの詳細は、以下になる。
オートロック付き
駅から徒歩十五分
職場まで電車で一本、乗り換えなしで行ける
家賃八万以下
お風呂とトイレ別
キッチン二口コンロ
私は歩くのは好きなので、徒歩十五分は問題がないように思えた。
八月末、引越し前日。某引越し会社が実家にやってきた。約二週間かけて詰め込んだダンボールが運び出されていく。全部運び出され、サインをしたあとにトラックに載せられ、私の相棒たちは一足早く関東へ飛び立った。
自分の部屋に戻ったが、まだ部屋にはたくさん物がある。物が多い性格なので、全てを持っていくのは諦めたのだ。関東には小さいスーツケース一つで向かう。次の日に備えて早めに寝ることにした。
翌日、父に最寄りの駅である近鉄大久保駅まで送ってもらい、母と京都駅に向かった。近鉄の改札を抜けるとすぐ目の前に新幹線の改札があり、スムーズに乗り換えができるので便利だ。予め購入していた新幹線のチケットを通して改札を抜け、京都らしいお土産を何個か購入してホームに上がった。
いよいよ京都を離れるのか、と思ったが、母が引越しの手伝いで一緒についてきてくれるので、そこまで寂しくない。
新幹線からは、富士山が見えた。いつも予約する時は必ずE席を購入する。富士山に一番近い席なのだ。富士山は冒険心をくすぐる。
新横浜駅に到着し、そこからJR横浜線に乗り換え、一駅先の菊名駅まで。さらに、東急東横線に乗り換えて四駅、元住吉駅に到着した。
これから少なくとも二年はここに住むことになる。目の前に見える武蔵小杉のタワーマンションを見つめながら、なんとも言えない心に広がる感覚を噛みしめた。
改札を出て左側が西口、右側が東口だ。ということは、北の方角は正面になる。改札から見て北西の方角に美味しそうなワッフル屋さんがあり、期間限定のワッフルが目立つようにポスターに載せられていた。私は期間限定にめっぽう弱い。
ワッフル屋さんのすぐ横にエスカレーターがあり、それで下に降りるのだが、このエスカレーターがまた長い。ビル五階分くらいはあるのではないだろうか。不動産屋さんを訪れたときに、元住吉のエスカレーターはかなり長い、と彼がえらい強調していて、東京の人は大げさやなあと思っていたが、彼は正しかった。
下にたどり着くまでに約一分はかかるであろうその長いエスカレーターを降りるときに、右手に東横線、目黒線が通る線路が見える。線路よりさらに下に行くのだ。もちろん線路が高い位置にあることはわかっているのだが、私には、秘密の地下世界へつながっているエスカレーターのように思えてたまらない。
さて、長いエスカレーターを降りて秘密の世界へ踏み込んだ私は、まず目の前にあった銅像を見て驚くことになる。
動物が何匹も重なっていて、あたかもこの街の有名人のように配置されている。下から、ロバ、犬、いたちのような猫、ニワトリの順に積み上げられている。事実、何組かの人が目の前で写真を撮っていた。上野には西郷隆盛の銅像があるので、そのようなものなのかもしれない。
そして目の前の商店街の名前は、ブルーメン通り。ほんとうにメルヘンな世界に迷い込んだようだ。ちなみに、駅を挟んで反対側の通りは、オズ通り。ブルーメン通りを西に進むといたるところに、老舗の雰囲気を醸し出しているお店がある。角にあるお豆腐屋さんには、絶対いつか寄って、ここの豆腐をポン酢で食べようと心に決めた。
それにしても、ブルーメン通りの商店街では何でも揃う。百均のお店は二つ、スーパーは三つ以上で、整体などのマッサージのお店は四つ以上。そして歯医者も数えただけで三軒以上あった。一度、京都に住んでいた時に、医療ミスで奥歯を抜かれている私にとって、歯医者選びは慎重である。だが、これだけ選択肢があれば、どこかに腕のいい歯医者さんがいるはずだ。
ブルーメン通りの終わりまでは、駅の西口から約七分。地元の京都、伏見桃山駅にある商店街よりも、いろいろな種類のお店がある。これから、毎日いろいろなお店に寄って、いろんな元住吉を知ろうと思う。冒険のはじまり。