秘密の戯言22
「あの日々。」
こんばんは。最です。あやなちゃんです。いかがお過ごしでしょうか？今回はちょっと長いです。
3歳で初めて1人で飛行機に乗った。伊丹空港の搭乗から高知空港の降機までグランドスタッフの方や客室乗務員の方がよちよち歩きの私のおててを繋いで案内してくれた。高知空港にあるアンパンマンの置き物の前で祖父と合流して、私の幼すぎる、長すぎる夏休みが始まった。
夏休み、冬休み、春休みはずっと祖父母宅に預けられていた。母は私と兄の為に昼夜問わず働いていたので長期休みには問答無用で高知に送られるのだ。私は幼いながらに簡単には帰れないことを理解していたけれど、それでも寂しくて寂しくて夜中によく母に電話をして泣きながら「迎えにきてほしい。」としきりに訴えていた。もちろん叶う訳もなく、結局長期休みの最後の最後の日まで祖父母宅に預けられていた。
祖父母宅は高知県南部にあるそれはそれは小さな村で農家を営んでいて、その村の山の一番上にある一軒家に住んでいた。コンビニもスーパーも街灯もなくて、日が暮れると外にあるぼっとん便所に行くのが怖くて必ず祖母に着いてきてもらっていた。唯一の娯楽は、四万十川へ泳ぎに行くかホタルを見に行くか満天の星空を見つめるような日々。羨ましい、と言われることもあるけれど、これが約２ヶ月も続く。子どもにはあまりにも退屈だ。
小学生になると叔父さんが従兄弟達と一緒に車で８時間かけて祖父母宅へ連れて行ってくれるようになった。乗り物酔いが酷い私はしょっちゅうサービスエリアで吐いてその度に自分の運命を涙目で呪った。「彩はすぐに酔うから大変やわ。」と言われても私にはどうすることもできない。でも従兄弟がいると花火をしたり祖父が手作りのブランコや鉄棒を作ってくれて庭で遊んだりもしたけれどすぐに飽きて「今頃同級生は駄菓子屋さんやプールに行って遊んでるんだろうな。」とよく悲観した。従兄弟達はだいたい私より先に関西へ帰ってしまう。毎日なんたら商店のカレンダーを睨む。帰る日には赤いペンで大きなマルをつけていた。従兄弟が帰るとまたひたすらに暇な日々が続く。今思えばいじめられるようなこともあったけど寂しいより全然マシだった。
中学二年生になって学校に行かなくなった。同級生からのしょうもないいたずらに嫌気が差して学校に行ったふりをしてぼーっと過ごしていた日々にも長期休みになると祖父母宅へ預けられた。初めて三宮から夜行バスに乗って、高知駅や須崎駅や窪川駅まで祖父が迎えに来てくれた。大きくなるにつれて自分で降りる駅を選べるようになった。祖父母は私が学校に行かなくなったことを知っていたけれど何も言わなかった。不良娘になりたくてもなれなくて居場所のない私を見兼ねた母が珍しく一緒に来てくれて、布団を隣同士で並べて寝そべった夜、「お母さんは何があっても絶対に彩の味方だからね。」と言ってくれた。嬉しかった。それでも学校には行かなかったけれど今でもその言葉を大事にしている。
高校生になると祖父母宅へ帰ったり帰らなくなったりしていた。いつの間にか祖父母宅へ”行く”より”帰る”と言うようになっていた。あの何の娯楽もない祖父母宅に帰るよりアルバイトや友達を言い訳にして遊んでいるほうが遥かに楽しかった。それでもたまには嫌々夜行バスに乗った。慣れっこになった私はそれでもやっぱりまだちょっぴり不安で、でも少し大人になった気分だった。カーテンをこっそりめくって見えた高速道路はあんまりにも眩しくてチカチカした。
大人になると夏休みも春休みもないので正月に帰るか帰らないかを繰り返して、最後に帰ったのは確か３年ぐらい前。その頃の私はライブハウスに出演することや通うことに勤しんでいてあんなにお世話になっていた祖父母を少し蔑ろにしてしまっていたと思う。
春には桜を眺めて、夏には四万十川で泳いでピーマンとスイカと茄子の世話をして、冬には大雪で関西へ帰れなくなったりもした。過疎地なので20年経ってもやっぱりコンビニもスーパーもできなかった。
何者にでもなれると思っていたあの日々。寂しくて不安で仕方なかったあの日々。むせかえるほどの稲の匂い。ふわふわの少し重たいお布団のなかで涙したあの日。妙に気味の悪い仏壇間と歩くたびにぎしぎし鳴り響く薄暗い廊下。蛙の合唱がうるさかったりお墓通りをどきどきしながら歩いたりと語り尽くせないほどの思い出があの家にはある。
祖父母はもうあの家にはいない。聞くところによるとあの家は荒れ果てた庭と畑ともう誰もいない真っ暗なただっ広いだけの家になっているらしい。
もうあの頃は戻ってこない。あの頃には帰れない。当たり前のことなのに、あんなに嫌だったのに。今の私は何故だか無性に寂しくて恋しいのであった。もう帰ってこないあの日々。
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■あやなちゃん
最という名で活動中の音楽家。
10.19神戸市出身。現在は東京在住。
主にギターか鍵盤を用いての弾き語り。
最近DTMも始めました。（詳しいプロフィールはこちら）
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