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考えはかけずり回れるか

最近、瞑想アプリを使っています。

体の力を抜いたり深呼吸したりするよう促す語りとともに静かなBGMが流れるというもの。22分くらいの長さの催眠プログラムをよく使っています。最後まで再生しないうちに寝入ることが多く、重宝しています。

気になって目が覚めるフレーズ

語りの中で気になるフレーズがあります。

「昼間、いろいろな考えがあなたの頭の中をかけずり回っていたことでしょう」

考えがかけずり回る?

違和感を覚えてしまい、いつもここで目が覚めますw

辞書を引いてみました。

あちらこちら走り回る。奔走する。(広辞苑)
あちこち走り回る。また、ある目的のために奔走する。(明鏡国語辞典)

例えば「金策にかけずり回る」。お金を借りるためにいろいろな人に頼み込む意味です。

用例検索エンジン

「考えが頭の中をかけずり回る」のような使い方があるかコロケーション(語と語が寛容的に結びついて使われる表現)を念のため調べてみました。語句の共起関係を調べるのはSEOでおなじみの手法ですね。

今回は二つのシステムを使いました。一つ目は国立国語研究所とLago言語研究所が共同開発した「NINJAL-LWP for BCCWJ(NLB)」。書籍、教科書、白書、国会会議録のほか教科書やブログなどが検索対象で、約1億語を対象にしています。

主語+「かけずり回る」の用例は9例。いずれも人間が主語でした。

二つ目は筑波大学が構築した『筑波ウェブコーパス』(Tsukuba Web Corpus: TWC)を検索するNINJAL-LWP for TWC(NLT)は、ウェブサイトが対象です。検索対象はなんと11億語!

こちらでは、主語+「かけずり回る」の用例は40程度。人間が多いものの、猫や犬も主語になっていました。

いずれにしても、無生物、とくに目に見えないものが主語の用例は見当たりません。

なお、国立国語研究所の「複合動詞レキシコン」(複合動詞辞典)も調べてみましたが「かけずり回る」は掲載されていませんでした。残念。

かけずり回る

「かけずる」も辞書にあります。「かけずり回る」と同じ意味。「かけずる」だけで「走り回る」意味がありますが、「回る」を重ねて強調したのでしょう。現代ではもっぱら「かけずり回る」のみ聞く気がします。

『落窪物語』からの用例が載っていました。

「この部屋のあたりをかけづりはべれど」(広辞苑)

『落窪物語』は10世紀後半の作ですから「かけずる」は1000年以上前から使われている言葉です。

「奔走する」は漢語の「奔走」+「する」。

①走る。かけまわる。②物事がうまく運ぶように、あちこち駆け回って努力すること③馳走する。④大切にする。かわいがる。(デジタル大辞泉)

「奔」は象形で、人が手を振って走る様子(夭)+足跡が三つを組み合わせた字。「走る、駆ける」のほか「逃げ出す」「はやい(疾い)」といった意味があります。

かけずる

品詞分解して考えてみます。

「かけずり回る」は「かけずる+回る」の複合動詞です。では「駆ける」と「かけずる」の違いはなんでしょうか。

「かけずる」は「かけづる」かもしれませんが、精選版日本国語大辞典によると「語源不明」のため確実ではないそうです。

また、国立国語研究所の『ことばの研究』所収、宮島達夫氏の論文には「無意味形態素」の一例として「かけずり回る」の「ずり」が挙げられていました。確かに「かけ回る」でも「かけずり回る」でも実際の行動としてはそう変わりません。しかし別の語として存在している以上、実際に使用する場面では使い分けているはずです。

〜ずる

ほかに「ずる」がつく言葉から類推します。

ひきずる(引き摺る):引く+する(複合動詞)。①地面や床の表面をするように引いていく。②無理に引っ張って連れていく。③長引かせた状態でいる。(明鏡国語辞典)
はいずる(這いずる):はいずる(一つの動詞)。床や地面に体をすりつけるようにして動く。はって動く。(同)

「かけずる」と文法的に近いのは「はいずる」の方です。「這う」「駆ける」と本来の意味の動詞が別にあること、「回る」を後ろにくっつけて複合動詞「はいずり回る」を作れる点も似ています。

「はう」と「はいずる」、手足を地面につけた状態なのは同じです。「する」が追加された分、後者の方があちこちに移動しているイメージでしょうか。赤ちゃんがはいはいで部屋の中を動き回っている感じ。

すると「かけずる」は「あちこち」「床や地面に体をすりつけるように」といったイメージを追加できそうです。「金策に走り回る」際、お金を貸してくださいと頭を下げ、時には手足を地面や床につくことも……。

かけめぐる

頭の中にあれこれ考えが出てくる状態は「考えを巡らす」がしっくりきます。そこで、もとの言葉選び「かけずり回る」を生かして「かけめぐる」はどうでしょう。意味は以下の通りです。

かけまわる。(広辞苑)
あちこち走り回る。駆け回る。(明鏡国語辞典)

用例としては「旅に病で夢は枯野をかけめぐる」(笈日記)が出ていました。『笈日記』は松尾芭蕉の句集。17世紀後半の作です。

「めぐる」の意味。

①物の周囲をたどって進む。周回する。②周囲を取り囲む。③あちこちを順にまわって歩く。④あるところを経由して順番などが回ってくる。⑤一定の経路をたどって再び元に戻る。⑥ある事柄を中心にしてそのことに関連する意を表す。(明鏡国語辞典)

③④は「巡」、①⑤は「回・廻」、②⑥は「繞」の字を使うことが多いそうです。

「考えが頭の中をかけめぐる」の場合は「繞る」が良さそうです。ただし常用漢字ではないので「駆けめぐる」と表記するか、用語集に従って「駆け巡る」とするかどちらかですね。

理解語彙と使用語彙

先ほどの用例検索で「駆け巡る」を調べると、以下のような大勢でした。

・NLB(活字文書中心):頻度313、「頭の中を」「脳裏を」+「思いが」「疑問が」「怒りが」「妄想が」など

・NLT(ウェブ中心):頻度2131、「脳内を」「頭の中を」「心の中を」「身体の中を」+「情報が」「感情が」「アドレナリンが」など

辞書を引けば意味はわかります。ただし第二言語として日本語を使う場合や、母語であっても聞いたことがない場合は、何が自然な言葉遣いかわかりません。

子供が可愛らしい言い間違いをすることがありますよね。例えば「ぽんぽこに殴られる」。「ボコボコに殴られる」と言いたいのですが、宮沢賢治の童話みたいな感じになりました。直してあげる、さりげなく言い直してみるといった修正を周りの大人が繰り返すことで語句の共起関係を身につけ、実際に使えるようになります。意味を知っている、わかる言葉を「理解語彙」、実際に話したり書いたりできる語彙を「使用語彙」といいます。

どう使っていいかわからない言葉に出合ったら、周りの人に聞いてみるか、上記二つの検索エンジンを活用して使用語彙を増やしましょう。

まとめ

・普通、考えは頭の中を駆けずり回らない。駆け巡ることは結構ある。

・使い方に迷った時は、国語研のNLT・NBTを活用しよう。

ぽんぽこ。




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