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犬のムスメ、櫂に聞かせる千夜一夜物語あるいはデカローグ 構造式あるいはプログラム

アンノくんとミアヤちゃんは、お揃いの色違いのトートバッグを持っている。
知っている人は知っているし、知っているようでもミアヤちゃんのようには知らない。だってミアヤちゃんは、日常使いのバッグのメーカーに「これしかない」という色と形を本国イタリア取り寄せをお願いして、半年待つような女の子ですから。
そんな大人のお揃いの日常使いのトートバッグを持っている。お互い、お揃いならお揃いでいいか、と思っている。
そして、アンノくんは将校で、ミアヤちゃんは傭兵の部隊長だった。
そういう二人の作った、世界のお話をします。

これは、もしかしたら、有史いらい、もっともすさまじい、もっとも凄惨な、もっとも福音のある、アラベスクのお話。

二人はときどき「ぶーーーんっ」と言ってあそぶ。
二人が知っている、夢野久作だ。
読んでいるだけで、読んでいる人の時間軸がくるんくるんと回る、そんな書き物だ。
ミアヤちゃんはその時に懐中時計をくるくる回す。そして、二人が懐かしい「がっつー、がっつー、がっつわたしー」をやる。
アンノくんはその時に、悪態をつく。とてもたくさんの悪態をつく。そしてミアヤちゃんは言い返す。へたしたら、二人ともそれぞれの部屋で寝っ転がって朝まで悪態リレーをしている。

アンノくんは、機械のことを、よく作った。それはそれは精緻に、よく作った。
この機械は、アンノくんには自分の魂だし、身体以上のものだ。

ミアヤちゃんは、調べごとがうまい。ことの筋道にうるさい。納得がいかないと全力でグレる、むくれる、自分でやる。

アンノくんは、それは良く機械をつくった。機械とつなげた世界をつくった。
だけど、この細部が雑だった。ズルもたくさんあった。
これがミアヤちゃんを、とてもとても怒らせた。アンノくんが「この人の怒りを俺はいったい想像することが出来るだろうか。」というほどに、ミアヤちゃんの怒りは凛凛と静かにたぎる。

そしてミアヤちゃんは命をかけて、プログラミングをする。
抽象度と難易度を一気に引き上げ、シークエンスを用いないと、何を言っているのかわからない。
そんなコミュニケーションのルールを提案してから、世界のしくみをつくった。
それは、多変量。物理だ。ミアヤちゃんの大好きな大事な物理だ。
ミアヤちゃんは、どうしても複雑な、じぶんの心がからみあう世界と絡み合う、そんなところにアンノくんの世界を置きたかったのだ。
そして、「ぽんこつはいらない」と、すべてをお友達と専門家にはかった。

アンノくんは、実は生もののミアヤちゃんに会ったことがある。
ミアヤちゃんは寝ていたから知らない。その時にアンノくんはミアヤちゃんの大事なものを持って行った。そしてアンノくんの大事なものを贈った。
だけどミアヤちゃんは、「だって私たちは関わってしまっているでしょ。会うも会わないも。」と言う。
そのことが、とても大きな意味をもつ、そのような世界のお話だ。

アンノくんは「リンリンリリンだぜ、お前の言う通り!」といって、アンノくんの魂と体以上の機械でミアヤちゃんに電話をかけた。
ミアヤちゃんはラジオを聞いて、周波数を合わせて、そうすると通じる不思議な電話だ。
大事な話は、ミアヤちゃんの作った、「抽象度を上げる、シーニュを代入したフェイクを用いる、シークエンスの文脈理解をする」ルールでした。

そしてミアヤちゃんはアンノくんに大事な用事を預かった。
アンノくんはなんと、大事なプレゼント(鉛筆と消しゴム)と、お礼のタバコまで用意しておいたのだ。それからミアヤちゃんの大事なカードと。鍵ももらった。

ミアヤちゃんにそれは足りるものなのかどうかはわからない。
ミアヤちゃんは心臓が悪くなってしまったのだもの。
何しろアンノくんとミアヤちゃんだ、
もし仮にどっちが死んでも、関わった人はそのプログラムから逃げられない。
そしてそのプログラムは、関わった人それぞれの反応によって、更に自生する。
ミアヤちゃんなら「それを従属変数というのよ」とでも言いそうだ。

それは一方では情報戦。
なんといっても、アンノくんには機械がたくさんあるのだもの。
そしてミアヤちゃんには、丁寧に大切に関わっている人だけがいて、そうでない人はおのずから整頓されていくのだもの。
アンノくんは、上手に情報操作をする。
ミアヤちゃんは、丁寧に相手に任せる。
それは一方で情報戦。双方がまじわるところでは、世界はぐにゃりとゆがむ。
アンノくんは、情報操作のなかにいる。
ミアヤちゃんは、意思共有の中にいる。
そして二人はときどき、それぞれの近況報告をする。
アンノくんたちのことは、少しミアヤちゃんに伝えられるし、
ミアヤちゃんたちのことは、少しアンノくんに伝えられる。

それは一方では協働。
アンノくんはミアヤちゃんが知っていそうなことを聞く。
ミアヤちゃんはアンノくんが知っていそうなことを聞く。
たとえばミアヤちゃんは医学に詳しい。
アンノくんは、「突然視野が潜血で真っ赤になる死因てどういうのだろうか?何かの毒物だろうか?」とミアヤちゃんに聞く。
ミアヤちゃんは「絞殺だよ。縊死だよ。上気道骨折裂傷か、目の充血だよ。」と教える。
ミアヤちゃんは「法律は自分が人のために必要だったぶんしか知らない。三条って知らない。それはどういうことなの?」と聞く。
アンノくんは、「日本では司法はすべて更生が前提で人権があるわけよ。それがすべてありませんよ、という意味だよ。」と教える。
ミアヤちゃんは「それなら、私が死んだら何でも他殺ね。」と、クスクス笑う。

そして、それは絶望。カソリック木刀会の神の怒り。
アンノくんはカソリック木刀会の処置をミアヤちゃんに話しながら、一人一人どんな人なのかを聞いて、話しながら泣く。
ミアヤちゃんは、こんな再開あるものか、と泣く。
カソリック木刀会の話をしながら、二人とも深く深く絶望している。
ミアヤちゃんは「小学校の教育委員会様にリファーしたくなるような、ちびっこキリストちゃんごっこだったらいいのにね。」とアンノくんを皮肉り突き放す。
それは絶望。

ところで。アンノくんは、何かにとても怒っている。その怒り方は、ミアヤちゃんには想像がつかない。つくようでつかない。だって人のことを完全にわかるなんてことは、ありえないもの。自分の目で観るのだから。
それがミアヤちゃんの心理学で、
そんなすべてを、ミアヤちゃんは怖いなあ、と思っている。

いずれにせよ、関わった人は、みな、
ミアヤちゃんの物理、多変量かつ、布置。個人個人が責任を負う、
アンノくんの数学、幾何かつ、観念の連なり。加わった変数が遡及して全てをしばりつける、

その二つの、二重バイオニックから、逃れることはないのだ。
どっちかが死んでも。どっちも死んでも。プログラムは自生しつづける。
プログラム自体が、起きるできごとが、プログラムを自生させつづける。
それは二人でつくった。
多分それは、有史いらい、もっともよくできた実装。

ミアヤちゃんは時々タバコを吸う。
そして、科技におかえり、とつぶやく。
ミアヤちゃんは、心臓の病気になってしまった。

そして、実は、アンノくんとミアヤちゃんは、
医療の、とてもしんどい医療の、福音となる研究を、
こそっと二人で済ませてしまった。
その話は、その大事さがわかる人の心のうちに、そっとおさまった。

原っぱで、アンノくんは相変わらず「強姦してやる」なんて言っているかもしれないし、ミアヤちゃんは「うるさいっ、ロシアンルーレットやるよ」なんて言っているかもしれない。
「なぞなぞとダジャレじゃ仕方ないよね」って、二人で凄いスピードで、ちょっとおもしろい話をして、くくくっと笑っているかもしれない。
Original Loveのそれぞれ大好きな曲を、ちょっとくちすさんでいるかもしれない。
二人はちょっとだけ仲がいい。そして、あっちとこっち。ずっと、あっちとこっち。
「これはこう、それはそれ、こう、こう、と作りよろうけど、どうしたものかの。」と、アンノくんとミアヤちゃんは安井博士と一緒につぶやく。
そしてイグナチオ。そう、イグナチオ。

これは、もしかしたら、有史いらい、もっともすさまじく、凄惨で、もっとも福音に満ちた、アラベスクの物語。

「人は思っていることと言うことがあって、その場に合うことを言うよ。
これは君による君のための物語。で、事実は?」とミアヤちゃんはいつも言う。
なかじま博士は「存外なんとかなるかもしれんぞ。やっちゃえ、みあやちゃん」とまた言うかもしれない。

安井博士は「これはこれ、それはそれ、こうこうと掛けよろうが、どうしたものかの」と言う。
その傍らで、みあやちゃんは「こいつら100%伝説!」と言う。アンノくんは「それによってルナティック雑技団!」と言う。
エトセトラ、エトセトラ。
アンノくんは頭が痛いので、みあやちゃんは布団を被って深呼吸をしながら寝る。
エトセトラ、エトセトラ。
「だって二人とも人生が無くなったのにね」。

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