救急車を呼んでメンチカツを食べた夏の日の2023(後編)
前編はこちらです↓
夏用のストローハットをかぶった82歳の父が「肩が痛くて死にそうだ」と喚き散らすので、片耳が聞こえない78歳の母が付き添って、私は2人を連れてタクシーで近くの救急病院に行った。まるで御一行様だよ。
時間は19時半。
救急病院の待合室には人はまばらといったところか。
受付で父の代わりに問診票を書いたが、「肩」の所に〇を付けて「痛み」の所は最大で10の所に〇を付けた。
しかしどう見ても、父は病院に着いてから安心したようで痛みを訴えている様子はない。
暫くすると、看護師さんがやってきて症状を聞いてきた。
父「肩が痛い。ものすごい汗が出てきて、今までにない痛みだと思ってね。湿布を貼ったんだけど汗が止まらなくてね。これは大変なことだと思って来たんだけど・・・」
看護師さん「打撲とかじゃないですか?痛み10に〇を付けてますが今はどうですか?」
父「今はそんなに痛くない。さっきまでは10のうち9だった。とにかく今までに感じたことのない痛みだった。」
看護師さん「今はどうですか?」
父「6くらいかな」
6かよ!!!!
6なのかよ!!!
それにしても、父は看護師さん相手にずっと喋っている。ここまで喋る病人がいるのかという程喋っている。看護師さんも半ば辟易しているのがわかるがそれでも父のおしゃべりは止められない。娘として申し訳ないが、ごめんなさいとしか言いようがない。
まぁ、言わなかったけど。
看護師さんの問診が終わり、それから1時間程経って医師の診察室に呼ばれた。ここまで待たされたのは看護師さんの問診で「緊急の必要がない」と判断されたのだろう。
ゾロゾロと私たちは診察室に入る。
名札に「研修医」と書かれた若い医師が詳細に症状を聞いてきた。
医師「いつから痛いですか?」
父「今日の18時くらいから痛くなってね。今までにない痛みがきて、今まではゴルフとか色々やってたけど、こんな痛み感じたことがない位痛くて。汗もすごい出て、ずーっと止まらなくて。」
医師「今は汗をかいてないように見えますが?」
父「湿布貼って貰ったらその時に大量の汗をかいて、確かにここに来てちょっと汗は引いたけど」
医師「エアコンはかけてましたか?」
ちょ、エアコン付けてないこと疑われてるし!!!
設定温度20度にして部屋中ギンギンに涼しいわよ!
医師「打撲とかではないですか?」
父「いやー、1か月前に転んでね。転倒しちゃって、その時に救急病院にかかったんだけど、何にも異常が無いって言われてね。でもその時に感じた痛みよりも今日の方が痛くて。」
医師「転んだのは外ですか?家ですか?」
父「家?うちはね、家が2つあって千葉にもあるんだよ。転んだのはもう一つの家なんだけど。あー、転んだのはその千葉の庭ね。」
ちょ、家が2つあるとかどうでもよくね?今はどうでもいいよね?
ってかなんなの!喋り過ぎじゃない?
このおしゃべりクソジジイは誰なの?
って、私の父だったわ。
医師「ところで、今回はご家族が心配されて連れてきたという感じですか?」
「いいえ、本人の希望です」
ここで私は初めて口を開いた。これだけは否定しなければならなかった。
それからも人の良さそうな医師による事細かい問診は続いていた。私は父のしつこいお喋りに辟易していたので、面倒くさいから診察室を一人出た。
すると、兄が来ていたので兄の所に行った。
私「なんか病院来たらすっかり元気になったのか、お医者さん相手にずっとお喋りしてる」
兄「あー、あの人、病院来ると治る人だから。でも、心不全と腎不全もあるから、その影響で肩が痛くなるってのもあるみたいよ。本人はそれを心配してるんだよ。まぁ、多分関係無いとは思うけど」
そんな訳で私と兄は診察室に入った。すると、とんでもない言葉が医師から告げられた。
「70肩ですかね?」
ちょ!!!70肩ってやめてよ。70肩で救急病院来ちゃったってこと?私は70肩で救急車呼んじゃったってこと?そういうことなの?
父「いや、自分はもう80超えてるからそれは違うでしょ。いやー、70肩じゃないでしょ。先生、それは違うと思いますよ。」
いや、認めろよ。
70肩だよ、ってか80肩だよ。誰がどう見ても絶対にそうだよ。
と言いたかったけど言わなかった。
それからああでもないこうでもないと問診は続き、結局、腎不全と心不全の関連を調べるために心電図と血液検査をした。
待合室で結果を待っている間も、父は兄に向かってずっとお喋りをしている。周りにいる人皆が聞こえる声量で、延々と父のお喋りは止まらなかった。
私は、そんな父をはずかしいと思いながらも、お喋りにずっと付き合っている兄のことを凄いなと思った。
父が居ない間に兄に聞いてみた。
「すごいね、ずっと話聞いていられるんだ」
と言うと、
「まぁね、慣れだよ。慣れ」
と言っていた。
すでに夜は9時半を回っていた。私はやることがないのでスマホをいじっていると夫からLINEがきた。
「サウナーアヤさん、明日は仕事休んでいいからね。サウナ行ってきなさいね。」
なんかお気楽なLINEだけど暇だから付き合ってやるか。私は一言、
「生理だよ!」
と返すと、一向に既読にならなかった。
寝たのかよ!ちょっとはこっちに付き合えよ!と思ったけど、そんなのはLINEに入れなかった。
すると、父が突然
「あー腹減ったな」と言い出した。
おい!!!
腹減るのかよ!!!肩痛いんじゃなかったのかよ!
肩痛くても腹は減るのかよ!
ふざけるなよ、なんなんだよ!
と思ったけど言わなかった。
そこで兄が、自分が残るから私と母に家に帰るように言ってくれた。すると父は「そうだな、もう帰っていいよ」だって。
なんなんだよ!
いったいなんなんだよ!!!
まったく人騒がせなんだよ!!!
と思ったけど言わなかった。
私は母とタクシーに乗っている間に、散々父に対する愚痴をぶちまけた。
「70肩?80肩?なんなの?お母さんもひっぱたかれてさ、モラハラDV全開で超絶ムカつくんだけど!しかもペラペラペラペラ喋り過ぎだし。あんなお喋りな病人っているの?しまいには腹が減ったとか言ってなんなの?ふざけてんの?」
言いたいことをぶちまけてたら母が一言言った。
「慣れよ、慣れ。アンタもアレに慣れるしかないのよ」
げ!!!こわ!!!
と思ったけど、これはもう慣れるしかないと思った。
恐らく、父が死ぬまでの間にこんな事は何度もあるだろう。
これからも私は何度も何度も振り回されることになるだろう。
面倒くせーなと思ったけど、なんだかそれもいいかなと思った。
私は今は子育ても忙しくないし、仕事も楽だし、やりたい事も特にないし、心の余裕もあるし、何より誰よりも私は健康だから、別に人の為に時間を割いてもいいかなと思った。
色々思うことはあったが、その日家に着いたのは22時過ぎだった。
娘がリビングで勉強していた。
「おかえり。明後日数学のテストがあるから、お母さんに教えて貰おうと思って待ってた」
見てみると、
連立方程式の文章問題しかも応用
げっ!ムズッ!
ムズいじゃないの
私はひとまず、お茶碗にごはんをよそって、その上に娘が切ってくれた十切りのキャベツと140円のメンチカツを乗っけて食べた。
「なんか美味しい」
メンチカツのなんとも言えない美味しさと、娘から出された数学の問題の難しさのおかげで、私の右脳と左脳はバグを起こして、父に対するあれこれを引きずらずに済んだ。
「美味しいけど、問題ムズっ」
っというわけで、70肩で救急車を呼んでメンチカツを食べて連立方程式の文章問題を解いた夏の日の2023でした。
長々と最後までお読みいただきありがとうございました。
Kurtis Blow 「The Breaks」
邦題は「おしゃべりカーティス」
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