見出し画像

#34 呪縛を解く

中学2年生になってみるみる明るさを増していった私だが、家庭では相変わらず淡々とした日々を過ごしていた。

そんなある日、ふと髪を切りたいと思い立つ。美容院に行ってくると告げて帰ってきたら、肩下まであったセミロングが耳が出るほどのショートヘアになっていたものだから当然母は激怒である。『ママに相談もなしでそんなことするなんて!』『女の子は絶対に長い髪よ。ショートなんてみっともない』と非難ごうごう。でも気にしない。髪型ひとつ自由に出来ないのは異常なんだとようやく気づけた。髪型を変えるのに母の許可なんて必要ないんだ。少しずつ少しずつ、私は母親からの呪縛を解いていく。

楽しい1学期はあっという間に終わった。生まれて初めて楽しい時間は早く過ぎると体感した。でも私には憂鬱な夏休みが控えている。今でも母の帰省に付き合わされているからだ。成長と共に乗り物酔いもしなくなり、東北新幹線の開通によって少しは近くなった母の故郷。環境がどんどん変化を遂げていく中、変わらないのは頑固なまでの母の思考。未だに電車には一人で乗れず、滞在日数2週間という日程も変えない。私が暮らした場所ではないからとにかく退屈で仕方ないのに、母にとってそんなのは取るに足らないこと。

父が大宮駅まで同行し、到着駅には母の大好きな兄が待ち構えている。免許を持たない伯父のためにその息子が仕事を休んで運転手となり、2時間弱のドライブ。新幹線の下車駅から在来線に乗り換えれば、実家の最寄り駅まで行けるにも関わらず、である。私はそれを何度も意見するのだが『乗り換えのホームが分からなかったらどうしてくれるんだ』という母特有の失敗ありきで拒否。

母はいつもそうだ。自主性が全く無く、一から十まで人任せにして生きている。一人で決断したり、分からないことを解決しようとする思いを持ち合わせていない。自分の行動に責任を取りたくないので誰かの後ろをついて回る。ただし相手がその判断を誤った時は容赦なく責める。ズルいのだ。

幼い頃から母に変わって決断してきた私は何でも一人で乗り越えてきた。ただしその代償として人に甘えることが出来ない。極力人の手を借りずに済ませたいから。なので母を見ているとイライラして仕方ないのだ。やってみる前から出来ないと決めつけてしまう態度に。

「電車の乗り換えなんて駅で案内板見れば間違えない。分からなければ駅員さんに尋ねればいい。私がちゃんとするから二人だけの力で伯父さんの家まで行こうよ。お母さんのためにみんなが仕事を休むっておかしいと思わない?」

すると外国人のように大げさなため息をついて言うのだ。

「あらあら、何も出来ない子供が生意気言うんじゃありません。ママの出来ないことが卯月に出来るはずないじゃないの。子供は黙って親に従うものなの。そうしておけば間違いはないのよ」

いや、これまで親らしいことをしてもらってはいないけど。この場面ではこう言うっていういつものマニュアルに沿ったんだろうな。

帰省中の母を観察していると正に殿さま状態だ。台所を手伝う訳でもなく、でんと座って動かない。出てきたものが口に合わないと文句をつける。子供時代に散々食べてもう飽きたというとんでもない理由で、母は白米嫌いとなり、主食は食パン。そのため親戚が40分かけて車で町のパン屋へ行く。

親戚一同揃いも揃って母に弱みでも握られているのか、誰もが言いなりなのが見ていて気に入らない私。当人に申し訳ないという気持ちがまるでないことに呆れ、馬車馬のような働きをする親戚にも苛立つ。私は絶対こんな大人にはならない、要求を通す為に周囲を巻き込んでも平然としている母のような人間には。成長するにつれその思いはどんどん膨らんだ。

伯父が母をダメにした張本人じゃないんだろうか。いい歳をした妹をいまだに甘やかすからどうしようもないままなのでは。

母はよく父と私に『ママのお願いは何でも聞いてね』と口にする。それくらい自分でやりなよと言おうものなら『お兄さんだったらしてくれるのに、パパも卯月も本当に意地悪ね』と逆ギレ。家族ってあなたのわがままを受け止める為に存在している訳ではないでしょう。







いいなと思ったら応援しよう!