運命の恋だと思った

※前回の話↑の続きです。



その日は類さんの隣で久しぶりの熟睡をした。

とはいっても3時間くらいのもので、
忙しい類さんは早朝5時に帰って行った。

玄関まで見送ったあと、とてつもない寂しさに駆られる。

——そうだ。

わたしのマンションの部屋は5階だったが、
ちょうどそのベランダの真下がマンションの入り口だった。
目の前の道は駅へとつながっているので、きっと類さんはその道を通るはずだった。

わたしはベランダに出て、マンションのエントランス付近を見る。
高所があまり好きではないのだが、類さんが出てくるところは見たかった。


しばらくして、類さんが出てきた。駅への道を歩いて行く。

——これってなんかストーカーみたいかなぁ?

そう思いながら類さんの背中を見つめていると、類さんが振り返ってこっちを見た。

——えっ?

驚くわたしに、類さんは笑顔で大きく手を振った。
慌てて振り返す。

それが、類さんがわたしの部屋へ来た時の恒例となった。



それからは類さんがわたしの部屋に泊まって朝帰って行き、
次の日の夜にまた来る生活が始まった。

類さんが来ていたせいで単位を落とした、ということにならないように
日中は集中して勉強し、テストに臨んだ。
類さんが来るまでに家事を終わらせ、お風呂に入っておく。

類さんはバイト終わりや飲み会終わりにわたしの部屋に来た。
いつもお酒だったりお菓子だったり、ちょっとした差し入れを持ってきてくれた。

どれだけ話しても、話は尽きなかった。
読んだ本の話、見たお笑いの話、今まで自分にあった面白い出来事、過去の恋愛の話、

何を話していても面白かった。
何を話していても気が合うと思った。

過去の恋愛の話を聞いても、嫉妬したりしなかった。
むしろわたしは類さんに心から共感していた。

「わかる!わかります!」
「えー、それは面倒ですね」
「あー、それはうまくいかないですよね」
「それはしょうがないですよ(笑)そっちに行っちゃいますって!」


常に刺激が必要で、楽しいことにはすぐ首を突っ込み、やってみたいことはやってみて、合わなかったらすぐやめる。

わたしは、
類さんは、
わたしたちは、
恋愛においてもそうだった。


ねぇ、こういうのを運命って言うんじゃないの?
ぴったり合うってこういう感じ?


手の届かない「坂下」さんだと思っていたのに、今では自分の半身のようだった。

苦手だった腕枕も、類さんの腕だと何よりフィットするようで、いつも熟睡していた。
寝つきの悪いわたしがこんなにもよく眠れるなんて。



半同棲のような生活が1週間ほど過ぎた頃。
珍しく少しだけ会話が止まった時に、類さんが切り出した。

「ベニカは誰かと夏祭り行くの?」

もうすぐ大きな夏祭りのある時期だった。

その日には毎年サークルで居酒屋を借り切って飲み会をするという話は聞いていた。

「いや、まだ予定していないですけど……」

わたしのワンルームの部屋は狭くて、
いつも壁を背にして横並びで床に座って会話をしていた。



「行こうよ、二人で。
 ベニカの浴衣が見たい」


あぐらの上に上半身を倒した類さんが、
気遣わしげにこちらを見上げていた。

「はい」

少しだけ安堵したように見えた類さんは、
缶ビールに手を伸ばした。


二人で、夏祭り。
そんなことができるなら、どんなことだってやってやると思った。







そして、美穂子のことを思い出した。


類さんと毎日会う生活をしていたことはもちろん言えていない、言うつもりもない。

だけど、夏祭りに一緒に行くとなれば、誰かに見られることもある。
これまでのように隠し通すわけにはいかなかった。



美穂子はアルバイトを始めていたので、
今までより会う頻度が減っていた。



『ちょっと電話したいんだけど』

メッセージを送るとすぐに返事が来て、そのまま電話をすることになった。

美穂子と話すのは久々だった。

「久しぶり、元気?」

学部が違う美穂子とは、サークル活動の無いテスト期間中にそんなに会うことがなかった。

ブランクもあって、後ろめたいこともあるのでなおさら気まずい。

「類さんのことなんだけど…」

わたしが話し始めると、美穂子が遮るように口を開いた。

「バイト先の人に聞いたけど、
 坂下さん、女癖悪いらしいよ」

美穂子はもう『坂下さん』って呼ぶんだね、と思った。
「類さん」じゃないんだ、って。

美穂子が類さんと心の距離を置いたのがわかった。
そして、わたしとも。


「ベニカもやめといた方がいいと思うけど」

どこかでわたしと類さんの関係に気付かれたのだろうか。
SNSでのやり取りを見られたのかもしれない。

わたしはずっと前からコメントしてきた。
もしかして、最近類さんをフォローして、その親密さに気づいたのかもしれない。


「どうせ遊ばれるだけだよ」

友情が今まさに終わろうとしていた。

もう彼女の中で終わっていたのかもしれない。
わたしも類さん越しの天井を見た時から、こんな日が来ることは覚悟しなければならなかった。

ちょっと面倒な手間のかかる友達と、
ぴったり合う半身のような恋愛の相手。
わたしはそれを天秤にかけてしまったし、
どちらに針が振れるのかは見なくてもわかった。

美穂子は電話の間中ずっとイライラしていたが、わたしはホッとしていた。

とりあえず美穂子はもう類さんに興味がない、とハッキリ聞いたから。
これでもう隠さなくていい。

友達の好きな男を盗った、ってことにはならないんだ。
申し訳ない気持ちは少しだけ、あとは安心しかなかった。

もう止まる理由はなかった。



元々類さんの女癖は悪いんだろうなって気はしてた。

だって全てがスムーズだった。
まるでベルトコンベアに運ばれるみたいに
わたしは類さんを好きになって、
家に入れて、
そういうことになって。

でも1つも後悔はない。

わたしは運命なのかもって思っていた。

わたしがそう思うこと自体、類さんの女癖の為せる技だとしても。
それでも別に良かった。

わたしはわたしの意志で類さんを好きになったのは間違いないから。

だってそんな魔法みたいなことがあるなら、かかってみたいよ。



美穂子と、こんな風に険悪になることだけが残念だった。

でも、それでも。
わたしは類さんが好きだった。


美穂子と美穂子のバイト先の人が心配しても、
わたしは類さんと一緒に居たかった。

類さんは就職で東京に行く。
残りの時間が少ないことはわかっていた。
だからこそ。



類さんもわたしも、お互いに付き合おうとは言わなかった。
わたしたちはどこか似ていて、
その口約束をすることで何かが壊れる気がしていた。

類さんは来年東京に行ってしまう。
わたしたちはどこか似ていて、
お互いに遠距離恋愛には耐えられないのがわかっていた。

だからこそたくさん思い出を作りたいだけ。
できるだけたくさんの思い出を作りたいだけ。


SNSを見た。
美穂子はいつから「坂下」さんをフォローしているんだろう?
わたしのコメントってそんなに親密さを出していただろうか?
それを確認するためだった。

類さんのページを見る。
自己紹介の欄には、これまでの出来事とこれからの予定がひと月ずつ詳しく書いてあった。

前に見た時から更新されている。
今月のところに一文追加されていた。


『運命の人に出会う』

わたしだ、わたししか居なかった。


類さんが自宅に来たのが今月の初めだった。
それから毎日会っている。



美穂子ごめん。

美穂子はこれを見たのかもしれない。
その相手がわたしだったのかはわからなかったかもしれないけど、
さっき電話したことで、全てが伝わってしまったのかもしれない。


でもわたしは、美穂子に申し訳ないと思う気持ちより、
類さんと気持ちが同じだったことが嬉しかった。


「運命」だなんてそんな簡単に使うものじゃないから。

だけど、運命だと思ってしまったんだよ。
類さん、わたしも運命だと思っているよ。




夏祭りの日。

時刻的には夕方だけど、まだまだ太陽が粘って空にいる時間にわたしたちは待ち合わせをした。
類さんはグレーの大人っぽいシンプルな浴衣。
わたしは青地にピンクや白の花が咲いている浴衣だった。

わたしが初めて参加するこのお祭りを、類さんはどんどん案内してくれる。

「この通りの出店は安くて美味しいよ」
「ここの通りはボッタクリ!」

類さんは前に誰かと来たんだな、と思ったけれど、別に嫉妬はしなかった。
今年の相手をわたしに選んでくれてありがとう。

会場をしばらく散策したあと、類さんが立ち止まる。

「ここ、穴場なんだよ」

一見花火が見えなさそうなビルとビルの間。
その上、木が邪魔して花火が見えそうにも無いが、実際は綺麗に見えるらしい。

出店で購入したあれやこれやを飲んだり食べたりしながら、花火が上がるのを待つ。

類さんと何を話したのかはもう覚えていないけれど、花火なんかよりずっと話していたかった。

花火より類さんを見ていたかった。

花火が上がり始めたら、終わってしまう。
このままずっと話していたいのに。

話し込んでいたらあっという間で、花火が始まった。

花火に上がった歓声のせいで聞き取りにくくなったお互いの声を耳に届けるために近づくのが楽しかった。

「こんなに近いと自分に落ちてきそうだと思いません?」

「落ちてきたらどうする?」

「その時は助けてくださいよ!」

「俺、アフロにしたかったからちょうどいいわー」

「そんな漫画みたいな!」

「あ!ハートの花火!」

ハートの花火を見てロマンチックだとは思ったけれど、
いくつかの逆さに上がったそれを見て「お尻だ!」と笑い転げる方がわたしたちらしいなと思ったりした。


『この瞬間が永遠に続けばいいのに』
みたいなベタなこと、自分の人生では一生思わないと思っていたけれど。

花火が終わって帰る支度をする頃には、
この花火を想い出にする準備はできていたと思う。
目に、記憶に、脳に、五感に、焼き付けることができた。
切り取って、箱に入れる準備をすでに始めていた。




人混みの中をゆっくり帰る。

サークルのみんなが飲み会をしている居酒屋の近くに来た時、
どちらからともなく、繋いだ手を離した。

離した手をまた繋ぐ頃には、
なんとなくお互いの体温が混ざらない気がした。




サークルの飲み会会場は避けたものの、
当日たくさんの人に目撃されていたらしい。

サークル内外の友人や先輩から、
あの人は誰なのか、付き合っているのかなどを根掘り葉掘り聞かれた。

ちょっと上の先輩からは、
「類さん、ねぇ……」
という反応をされた。

きっと美穂子のバイト先の人と同じようなことを言うのだろう。




夢のような世界から急に現実に戻ったみたいだった。

付き合っているか付き合っていないかなんて、そんなのどうだっていいじゃないか。
わたしたちはただ会いたくて会って、
夏祭りに行きたかったから行って、
それがあなたたちに何の関係があるのかって思った。


ビルの隙間から見た花火が綺麗だったことも
繋いだ手の手汗が酷くて笑ったことも
出店の焼き鳥が半生で食べられなかったことも
ビールが700円もしたことも
帰りの電車になかなか乗れなかったことも
わたしの部屋で浴衣を脱がせあって悪代官ごっこしたことも

みんなみんな、何も知らないくせに。



「女癖が悪いんだって」
「遊ばれないように気をつけてw」
「え、付き合ってるの?w」
「本気にしない方がいいよー」


何を聞いても類さんのことが好きだった。




だけど、どこかから終わりの音がした。


それはわたしがどれだけ頑張っても止められなくて、
きっと類さんも止められないんだと思った。


急に、急速に、
「類さんの居ない方」が現実の顔をし始める。



テストも終わり、夏休みに入り、
わたしも何か新しいことをしようと思った。
例えば、アルバイトとか。


毎日来ていた類さんも、しばらく来ていない。
きっと目が覚めたのかもしれない。
もう魔法が解けたのかもしれない。


終わりってこんな突然くるんだ、と思った。
友達を出し抜いた報いかもしれなかった。

「心にポッカリと穴が空いたよう」なんてよく言うけど、
本当にその通りだと思った。

でも穴が空いたことは認めたくなかった。
まだ何かできることはないのかな?

終わったことを心の奥底深くで悟りながら、
それでも全身が終わってない理由を探そうとする。

わかってる、わかってる。
わたしにはどうしようもない。



せめてきちんと終わらせよう。
終わったことを受け入れなきゃ。


お互いがぴったり合うようだと思ったからこそ
これが終わりだってわかってしまった。

今は些細なズレだけれど、ここから大きく広がっていくんだって。

それをどうすることもできないことも。
何をしても避けられないということも。




だけど、きちんと話がしたかった。
付き合っては、いなかったけど。
せめて、最後に話をしたかった。
お別れを。



類さんに「話がしたいです」と送ると少しだけ迷ったような返信がきたが、
「ちゃんと最後に話がしたいです」
と送るとわかってもらえたみたいだった。


ねぇ、わたしは泣いて縋ったりしないよ。
だって、わかるから。
わかってしまったから。


話をしにきた類さんは、わたしの部屋に上がらなかった。
玄関で立ちっぱなしでずっと話をしてくれた。



中途半端な気持ちではなかったこと、
大事に思っていたこと、
でも年齢やその他のところで釣り合わないと思ってしまったこと、
遠距離は難しいこと、
頑張ろうと思っても最短でも3年間も遠距離になってしまうこと、
だからきっと別れることになること、
大事にしたいがどうせ別れる、その矛盾で
いけないことをしているような気持ちになっていたこと。


自分の想像よりも大事に思われていたことがわかった。
それだけでもう十分だった。

だけど。



「最後に一つだけ聞きたいことがあるんです」



わたしはどうしても気になっていたことを聞いてみた。



「わたしの家に泊まった最初の日の朝、どうしてベランダにいるわたしを振り返ったんですか?」


類さんは即答した。





「そこに居ると思ったから」





わかり合っていると思ったのは勘違いではなかった。
よかった。
それだけで報われた気がする。




類さんはその日初めて、わたしの家に来てわたしを抱かなかった。
だけど、それ以上のものをもらってしまった。



類さんは玄関で話し終えると、そのまま帰って行った。

ベランダに出ると、類さんはいつもより小さく手を振った。
それを見て本当の本当に終わりなんだなって、手を振り返しながら涙が止まらなかった。


SNSの自己紹介欄から
「運命の人に出会う」
の一文が消えていた。

ねぇ、消したってことはやっぱり
わたしのことだったよね。
一時だけでも運命だったって、思ってくれてたってことでいいかな。


自由な人だと思ったから、
束縛したくなかった。

待つだけでも良かった。
類さんを待つ日々は楽しかった。

遊ばれた女、と呼ばれるかもしれない。
それでも良かった。

類さんとわたしは確かに通じ合っていて、
繋がって、
あまりにも相性が良かった。

普通の付き合いの何倍もの濃い時間を共有したせいで、終わりが早くきたのかもしれなかった。
もっとゆっくり味わえば、もう少し長く一緒にいられたのかなぁ。



類さん、ねぇ、わたし、
彼氏を作るよ。



類さんと話をしてから1ヶ月ほど経って。


『類さん、わたし彼氏ができたよ』

とメッセージを送った。

『俺も、彼女ができたよ』

と返ってきた。


お互いがせっかちで、恋愛体質で、
どうしようもないくらい刺激を求めていて、

わたしたちはどこまでも似たもの同士で、
やっぱり運命なのかもしれない、と思ってしまった。







つづくかもしれない?




※1ヶ月、ってのが早すぎてウケるよね(実話)
 あ、フィクション!!!笑

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アヤメベニカ
本を買って読んで語彙を増やしたり、楽しいことをしようと思っています!それでまたネタを増やして記事を書きますね!!!