聖ロック座女学園 学園七不思議の回+
本作はロック座所属の踊り子、徳永しおりさん(@tokunagashiori)原案のキャラクター設定に沿った、完全な二次創作小説となります。
注!:超フィクションです
注!:敬称略
注!:二次創作苦手ならページをそっ閉じでお願いします。
聖ロック座女学園 -はじまりの風-
空から木々を揺らし、一筋の風が吹いた。
広い運動場で走りながら、自主朝練に汗を流していた10年J組の沢村れいかは
不意の強い風に足を止める。
「凄い風だなあ、調子狂っちゃうよ」
ぐっと屈伸運動をしつつ呟いた。
すると遠くに見覚えのある人物を見つけて、思わず声を上げた。
「あーっ!小春、おっはよー!!!」
「わーい、れいかせんぱーいだー」
同じく秋の文化祭に向けて手芸部の展示物を作る7年A組、小春にぶんぶんと手を振るれいか。
すると朝から布やら糸を買い込んできた彼女が満面の笑顔を浮かべ、ふりふりと手を振り返した。
「凄い荷物だねえ、持ってくの手伝おうかー!」
返事をする前から、ものすごい勢いで彼女の元へ運動服のまま駆け寄るれいか、彼女が巻き起こす風は力強い。
「れいか先輩、返事する前に来てくれた」
くるんと目を見開き、茶色いボブの髪の毛を揺らしながら微笑む小春は今日も最高にキュートである。
「じゃあ手伝ってもらっていいですか?」
「もちろーん!家庭科室に持っていくので大丈夫?」
満面の笑みを浮かべたれいかはひょいと小春の荷物をほぼ持ってしまう。彼女の金髪の透けるような髪の毛が太陽に照らされキラリと光る。
「演劇部の衣装の手伝いもしてるんです、気合い入れすぎちゃった」
「そっかー、大変だねぇ…」
するとれいかの鼻腔にふっと風の香りが漂う。
「秋の香り…祭りの季節か…」
そうして静かに2人は校舎に姿が消えていった。
ロック座女学園の裏門近くで、一人の女生徒がガラの悪そうな男性たちに囲まれている。
「お嬢ちゃん、ここの学校の新入生なの?」
「めっちゃ可愛いじゃん、勉強より俺たちと遊ばない?暇なんだー」
すっかり囲まれているのは、女学園新入生の天瀬めるかである。正門は道が開かれて人通りが多いが、裏門近くは緑が生い茂り人通りも少ない。よくここで女生徒を狙った輩が現れたという噂も立っていた。
「着いていきません、ここを通してください!」
必死にめるかが声を上げるが、男たちはにやにやと笑うばかりで動こうとしない。
さらさらと風が葉を揺らす。
するとリーダー格の男の頬に、誰かが音もなく間合いを詰めていた。
「あ?」
男が驚いて振り向く間もなく、首に回し蹴りが綺麗に入り昏倒していた。
めるかはスカートをはためかせ佇む人物を見て、目をキラキラと輝かせた。
「李梨さんっ!」
ふーっと咥えタバコの煙を吐きつつ、めるかを守るように男たちを睨みつけながらだるそうにやってきたのは、女学院の番長と名高い7年の倖田李梨だった。
「あんたたち、いい根性じゃないかい、ロック座の生徒と知ってちょっかい出そうなんて。覚悟できてんだろうねぇ?」
薄い学生鞄に入れていた携帯灰皿をそっと取ると煙草を丁寧に折り入れる。
「あ、あいつやばいですって。ここの学校の番長です…」
既に男たちはほぼ弱腰だ。しかしリーダー格の男が意識を取り戻し唾を吐き出す。
「いい女じゃねぇか、番長気に入ったぜ」
「あんたは大した男じゃないねぇ」
しゃらくせぇと殴りかかってくるが、避けられ右アッパーからの左ストレートを喰らわされ再び地面に沈んだ。
「こいつがダメなら…この女で!」
弱腰男がめるかに目星をつけ掴みかかる、彼女のイヤホンが耳から抜け楽器を持たないパンクバンドの女性ハスキーボイスの歌声が外に漏れた。肩に掴みかかったので制服のボタンがひとつ取れる。すると彼女が秘める薔薇の秘密が見えてしまった。
「…..!?」
男が思わず驚く、その顔を面白がるように見つめ
「やめてくださいって….言ってるでしょう!」
手に持っていた鞄を男の顔面に叩きつける。男は声もなく倒れていった。
そっと地面に落ちたボタンを取る
「ボタン、取れちゃった。小春先輩につけていただこう…」
また強い風が吹き、二人の制服を撫でてゆく。
「もう秋の香りだねぇ…祭りの季節か…」
後輩を労いつつ、李梨は空に向かってふっと呟いた。
そうこうしてるうちに、今日も教室には大勢の女学生の華やかな声が響く。
3年J組の教室はひときわ賑やかだ。
スレンダーでクールな面持ちの木葉ちひろは、今日も女学生たちに囲まれている。
「ちひろ先輩、私が作ったとりもも肉のジューシー唐揚げ食べてください!」
「木葉ちゃんが好きなのは、ヘルシーであっさりとりむね肉のカリカリ揚げなの、たっくさん食べてー」
「あっ!ちひろちゃん…良かったら、軟骨揚げもあるよ…レモン一杯振りかけるよ…」
はいはい、落ち着いてーとちひろは皆を制しつつも、本当に美味しそうに様々な唐揚げを頬張る。彼女の唐揚げ好きは学園中の周知の事実だが、今日も彼女のお眼鏡に叶いたい女性たちが、年齢関係なく彼女に唐揚げを次々と差し出す。
ダンス部で演劇部でもある彼女は、クールでストイックな印象が強い。
ただにこっと笑うと非常に可愛いので、そのギャップで虜にされる人々は多い。
「はーやーくー、選んでっ!ちひろ先輩!」
えーどうしようかなぁと焦らすちひろ、すると風がカーテンを揺らす。ふっと彼女が外を見ると、倉庫裏へ走ってゆく一人の女生徒のはためくスカートが見えた。
そのあとをじっと見つめる、走り去ってもしばらく目が離せないでいた。
「あっ!」
その声にちひろが気がつくと、それぞれの唐揚げが容器から落ちてゆく、その全てをさっと手で拾う、そして一つずつ口に頬張り、満面の笑顔を見せた。
「うーん!やっぱり唐揚げはどれも最高!めっちゃ美味しい!」
木葉ちひろ、唐揚げ愛と愛猫あんちゃん、そして女生徒に思わせぶりな無意識に無垢な恋愛模様を広げているが、本命がいるとか…いないとか?
まだまだ謎が深い人物である…。
学園に始業の鐘が、厳かに鳴り響いた。
先程の朝練で早くもお腹が減ったのか、教室でお手製弁当を食べる沢村れいか
憧れの小春先輩に綺麗にボタンをつけてもらってご満悦の天瀬めるか
授業かったるいと合鍵で屋上を開けると、ヒップホップを聴きながら朝寝する倖田李梨
ちくちくと地道に人形を作ったり演劇部の洋服、デザインをしながら頭の世界観を愚点火していく小春
今度はどんなダンスをしようか、秋の文化祭へ虎視眈々とイメージを膨らませる木葉ちひろ
この学園は妖艶で、清楚で、情熱、幻想、様々な要素を学べる場所。
通う生徒も人それぞれで、各々の個性を持ち寄り卒業まで切磋琢磨する。
それは聖ロック座女学院に限らず、日本各地の他校でも…。
勉強だけではない、色々な事を学べる場所なのだ…。
…そして…
聖ロック座女学園、正門
「いっけなーい、遅刻遅刻…」
少し使い込まれたロック座女学院の制服を着込み、佇む後ろ姿。
学園を見つめるは漆黒の瞳。
地面を走る風が彼女のスカートを真っ赤なスカーフを、少し短めのボブの茶髪を揺らす。
「戻ってきたのね、しおりーぬ」
学園長室から見つめる妖艶な瞳が、彼女を見つめそう嬉しげに呟いた。
彼女は徳永しおり、今日から6年F組に編入する転校生。
彼女の素性は全て極秘、謎の転校生である。
「今日から、楽しみだなぁ…」
一歩学園に足を踏み入れ、玄関へ消えていった。
奇しくも、学園の裏庭にある会長が愛した秘密の花園のすぐ側に、隠れるように「希望」と書かれたしおりそっくりの銅像が幸せげに微笑んでいた。
続く...
*
七不思議編プロローグ
細い指で学園長室の扉を、二回ノックするしおり
「お入りなさい」
中からは鈴のような落ち着いた声が聞こえてくる
「失礼いたします」
「やっぱり貴方ね、気配で分かるわ」
中では理事長が笑顔で待ち構えている、それをまるで予想していたかのようにゆっくりと頭を下げ、しおりは余裕ある笑顔で会釈した。
「やっとゆっくり学園の隅で眠れると思ったのに、今度は何ですか?」
しおりは形の良い唇を尖らせ、少し拗ねるように答えた。
「ごめんなさいね、でもこれは貴方にしか解決できない案件なの」
すっと差し出される分厚いファイル
「…聖ロック座女学園七不思議?」
「そうなの、昔からこういう都市伝説はあったんだけど、最近また学生たちの間で噂が絶えなくて…調べてくださる?」
学園長は真っ赤なルージュで塗られた自分の唇にそっと触れる。
「しおりーぬにしか、できないことなの…」
「…仕方ないですね、学園長のおっしゃることなら」
「ふふふ、いい子。今度こそご褒美を上げなくちゃね」
いつの間にか背後に擦り寄られ肩に手を回され、耳元で囁かれ思わずその場で腰が砕けそうになるのを必死で耐えるしおり。
「よろしく頼むわね♡」
ふぅと暖かな吐息が、耳をくすぐった。
1、謎の新参モノ
「けふも空はいいお天気…、こんな日は美しい金平糖でも口にしたい…」
6年H組の教室、一番後ろの窓側では物憂げに長い金髪を揺らした高崎美佳が一人呟いていた。
彼女の独特な世界観に魅せられる生徒は数多く、もうすぐ行われる秋の文化祭では毎年「まぐわひ」というバンドを率いてステージを沸かせている。
まぐわひで演奏する曲は、全て美佳が作詞作曲をしている。踊りもさることながら、導き出す答えに感化され軽く宗教のようになっている節もあるとかないとか。
そんな彼女をこっそり教室の扉から覗き見るしおり
(高崎さん、謎の生物を知っているということだったけど、どういうことなのかしら?)
しおりは一人首を傾げる、その横を不思議げに通り過ぎていくのはソフトボールマネージャーをしている早乙女らぶだ。美佳を見つめるしおりを見つめるらぶ。
何とも不思議な構図だが、らぶは気にしたことは思わず聞いてしまう素直な性格なので
「ばあ!」
とピンクのユニフォーム姿のまま、明るい声でしおりを驚かせた。
「きゃああああ!」
思わず声をあげてしまうしおり
「貴方はだあれ?謎の転校生さん?」
らぶは可愛く首をかしげ尋ねる、しおりは思わず咳払いをしながら
「そ、そうです、徳永しおりっていうの、6年生」
と名乗る、するとにこーっとらぶは微笑み
「あたしは3年の早乙女らぶです!教室わからないんですか?こっちですよー」
と屈託のない笑顔で訪ねてきた。しかし、せっかく偵察に来たのに離れてしまったら意味がない。
「あ、大丈夫!ありがとね」
「あっ!しおり先輩!明後日スイパラ行きません?今、シャインマスカットの食べ放題やってるんですー!」
「わー!行きたいー!」
「約束ですよぉ!」
「…そういえば、ちょっと聞きたいんだけど..,」
しおりはそっとらぶの右腕を握った。
「らぶちゃんって、謎の新参モノ”ゼネラ”って知ってる…?」
「えー、なんかー、高崎先輩のいとこのお姉さんのお母さんの息子の嫁の娘の”高橋”って人が知ってるみたいですぅ」
(遠い親戚すぎるなぁ…)
「そ、そうかー、ありがとうね!らぶちゃん!」
「いーえーーーー!!!」
そう告げると手をぶんぶん振り、らぶは去って行った。
(ほんと明るい後輩だったなぁ…)
しおりは再び教室を見ると、美佳がいない…!
(しまった!どこに?)
きょろきょろと周りを見渡すが、どこにも見当たらなかった。
その頃、美佳はシャインマスカットの話で盛り上がっている二人を横目に裏庭に一人出てきていた。
目をすっと瞑ると何やら集中している。そしてカッと目を見開くと
「あゝ…リリックが降りてきた…」
と呟き、にっこりと微笑んだ。こうやってまた高崎美佳ワールドが広がってゆく…。
2、真夜中の教材室
学園の図書室から一人の女生徒が現れる。
清楚な身なりだがどこか幼い面持ち、そして隠しきれない美しい丸みを帯びたボディ。
密かに学園のマドンナと称されている南まゆだった。
「はぁ…やっぱり江戸川乱歩はいつ読んでもエッチだなぁ…」
桃色の吐息をはきながら、廊下を歩く。渡り廊下に差し掛かると悪戯な風がびゅうと吹き、短めのスカートを舞い上がらせる。
すっかりスカートは捲り上がってしまい、真っ白なレースの下着が丸見えになってしまう。
「んもう…」
すると何やら視線を感じた。ちょうどそこは学園を外界から唯一見ることができる高台があり、偶然通り過ぎたのだろう、素朴な中学生男子がまゆを凝視している。
まゆが男子に目線をやると、照れたように通学カバンで顔を隠した。
恥ずかしがってスカートを隠すと思いきや、挑発するようにひもレースをそっと掴み見せつけるように彼に微笑む、さすがに男子も観念したのかトマトより真っ赤な顔になって走って去って行った。
「…なぁんだ、ちょっとだけつまんないの」
まゆはそう呟き、髪を掻き上げるとスカートを直す。
カツ、カツ、カツ…。
聞き覚えのあるヒール音、思わずまゆの瞳が熱く燃える。
「南さん」
背後から近寄ってくる人物を、まゆはよく知っていた。
「友坂センセイ…」
近寄ってきたのは真っ黒な黒髪をなびかせ、真っ白なシャツ、タイトなスカート、黒ストッキング、真っ赤なハイヒールの国語教諭、友坂麗である。
「いけませんねぇ、外部の生徒を誘惑しては…今日は図書室で何を借りたのですか?お見せなさい」
はぁい、とまゆは観念して文庫本を見せる。
「へぇ、屋根裏の散歩者、鏡地獄、芋虫…」
すっと白い指示棒を取り出すと、音を出しながら引き伸ばした。
「ぜーんぶ、とても麗かな女生徒が読む本ではありませんねぇ…」
すっとまゆの太ももに指示棒が撫でるように、上半身へと伝ってゆく。
「センセイ、いけないことですか?だって興味があるんです」
するとずっと指示棒を治し、まゆに近づいた。
「いけないことではありませんよ…むしろ褒められる事案です」
アイラインの美しさに思わずまゆは目を奪われ、頬は高揚した。
「はい…」
「しかし、教育的指導は必要ですね」
ヒールの音を鳴らし、まゆの周りをくるんと一回りすると
「今夜、二十五時に二階奥の教材室へいらっしゃい、一人でね」
するとまゆはにこっと微笑み
「はい…約束はお守りいたします」
と意味深げに怪しく微笑んだ。
というやりとりを、渡り廊下の影からずっと見つめていたしおりは、心拍数の急な上昇とときめきが止まらない。
(どういうこと!?)
再び振り返ったが、既にまゆと友坂の姿は既に居なかった…。
3、イマジナリーラバー
謎の生き物”ゼネラ”、真夜中に開かれる教材室、2つの謎が分かった?ところで次の依頼は「イマジナリーラバー」であった。
想像の友達を作るのは「イマジナリーフレンド」だが、想像の恋人を作り出す幻想を持つ女生徒がいるらしい。
「前田のの」
と調査票には書かれてあった、普段は一切の妥協をせずその煌びやかな衣装と選曲、クールにもファンシーにも彩る世界観が魅力の生徒だが、とある「男の子」を前にすると、ふにゃふにゃと溶けてしまうらしい。
しおりは彼女の元へ向かう前に、誰かと待ち合わせをしていた。
「おー、しおりーぬだー、おひさー」
と笑顔でやってきたのは、11年F組の赤西涼である。
「あっ!おねえさま、ご無沙汰しております」
涼は、しおりの秘密を知る数少ない人物だった。
「せっかく前の事件も解決したのに、また呼び出されちゃったんだね」
「そうなんですー、もう…」
「でもねぇ、また会えてすっごく嬉しいんだよ!」
無邪気に微笑む涼を見つめ、共に笑い合うしおり。
普段は生き物係として、大好きな真っ赤なラーメンを啜りつつ穏やかな学校生活を送る彼女だが、一度舞台に上がるとその力強い目力で周囲を圧倒し、打ち倒し、昇天させる魅惑のダンサーである。
すると、遠くからお財布を持ったののが現れた、思わず隠れる二人、だが全然隠れていない、だがののは気づかずスキップしながら通り過ぎた。
「鼻歌うたってるね」
ののは、食堂へ向かうと大好きなハラペーニョがたっぷり乗ったピザをチョイスする。その帰り、ののに二人は話しかけた。
「前田さん?」
「あ、はい」
しおりは軽く自己紹介すると、ののも笑顔で返事を返した。
「ののちゃんって…イマジナリーラバーとかって知ってる?」
「えー、知りません」
訝しげに首を傾げるのの、しおりと涼も顔を見合わせ訝しげな顔。
「なら…ののちゃんって恋人いるの?」
「えー、いないけどいます」
(どういうこと?!)
思わずしおりがのけぞるが、目をキラキラさせて美しいネイルの指先を絡めるようにののが呟いた。
「この空の上に雲があるんです、そこにかわいい子犬の男の子がいるんです、耳が大きくて真っ白な子なんですけど、その子がとある街でカフェを開くんです、美味しいシナモンロールが売りなんですよ、もう可愛くて格好よくて…」
「…その人が恋人なの?」
「はい!」
思わずしおりは頭を抱えた、恋人は子犬なのかそれとも人間なのか…?
「誰にも秘密ですよぉ…」
ののは非常に恥ずがしがる、するとしおりの目に彼女が持っている財布が子犬柄だと気づいた、どうやら彼女の恋人はやはりイマジナリーラバーだったらしい。
(あ、そういうことね)
「写真見ます?この前、撮ったんです」
涼と二人で、ののの携帯を覗き込むと舞台上で子犬の格好をしているののと、その横で不敵に微笑む王子様姿の子犬が見えた。
「イマジナリーじゃなーーーーーーい!」
しおりが思わず叫んだ、その声は空へ儚く消えていく。
「だいじょぶ?はい、お水」
しおりが倒れ込んだところに、涼が冷たいペットボトルの水を差し入れてくれた。
「ありがとうございます」
「んー、でも分かるな、うちも彼氏が可愛いもの」
ん?しおりが思わず顔を上げた。するとキラキラの携帯画面がすっと見せられる。
「恋人のらいちゃん!」
ふわふわのにゃんこが画面で、気持ちよさそうに眠っている。
涼先輩もか!としおりは、がっくりと肩を落とした…。
4、「恐竜研究同好会」
高嶺の花と呼ばれる聖ロック座女学園の中でも、もっと近づくにも眩い光を放つ上級生というものが存在する。
人は無力で、その前に立ってしまうと岩のように何も話せず
「あ、あ、あ」
とまるで某仮面を被った黒い化け物のようになってしまうらしい。
しおりは強風に吹かれながら、とあるファイルを見つめていた。
その瞳は決意に満ちている。
「恐竜研究同好会」と書かれてあり、部長は「沙羅」と名前が綴られている。
他の部員は、全く分からない。
しかも沙羅という女生徒は上級生でありながら、圧倒的気品とダンススキル、そして決して散ることない美しさで自他校問わず憧れの的であった。
「恐竜研究同好会」
何度も言うが、同好会である。しかしその部室は某無人島で虫取りや花摘みや可愛い動物たちと永遠にうふふきゃっきゃっ暮らせる島にある、謎の梟が管理しているような石造りの立派な建物であった。
「…どうこう…かい??」
しおりが首を傾げながら、重厚な扉をノックする。
しかし中からは何も音はしない。
「失礼しまーす」
ゆっくりとドアノブを回すと、中は真っ暗だったがどうやら自動点灯センサーがついているらしく、パッと室内が明るくなった。
「ぎゃっ!!!」
思わずそんな大声を出してしまうほど、しおりは驚いた。
見上げると、ティラノザウルスの立派な化石が完璧な形で組まれ、もの凄い迫力で天に吠えていた。
他にもアンモナイトや小さな草食動物の恐竜の化石が丁寧にガラスで覆われ保存されている。
「どうこうかい…だよね…」
何度もしおりは繰り返した。もうこれは同好会というより博物館である。
すると一番奥に立派でぴかぴかに磨かれたプレジデントデスクがぽつんと置いてある。
そしてふかふかの真っ赤な椅子には学生鞄が置かれている。
しかし、その中心には丁寧に、丁寧に、ていねーいに刺繍された「カラサウロロウス」が飾られていた。
そして持ち手には、かなりゆるーい某テーマパーク限定販売された恐竜のぬいぐるみストラップが付けられていた。
同じような血を感じたしおりは「沙羅様、さすがだわ、極めてる!」とこの時点で
何だか認めていた。そうなのだ、欲しい時はどんな時でも頑張ったら意外とどうにかなるのだ。
中の人は、それを始発で逆三角形の施設の駐車場でで、3時間半ゲームをしつつ椅子で地蔵して登りゆく朝日を拝んだ時にそれを感じる。そしてその後の苦労はお宝を手に入れた時に、待った努力は初めて報われるのだ。
さて、そんな話はどうでも良くて。
”今日は校外学習に行っております、ここから20kmほど北東に向かった場所におりますので、お急ぎの方はそちらまで 沙羅”
薔薇のイラストが描かれたメモが机に置かれている。
それをそっと掴むと、しおりは覚悟を決めた。
そうだ、本当は携帯で連絡すれば一発だったのだが、元々銅像だったしおりはスマートフォンというものを持っていなかった!!
ちなみに学園長と秘密の会話をするときは直接会うか、糸電話である。
しおりは電車とバスと徒歩でなんとか日が沈む前に、遺跡に辿り着いたがそこはとにかく広く、土ばかりで調査箇所は眩しく照らされているが人の気配がまるでない。
「あ、あのうー!!!!沙羅お姐さまぁ…」
つい不安になって声も尻つぼみになってしまう。
すると、鈴が鳴るような涼やかな声が意外と近くから聞こえてきた。
「あっ!はーい!あらっ!しおりーぬじゃない!どうかしたのかしら?」
地面の穴からぬっと顔を出したのはヘルメットにヘッドライト、その美しく細い身体は容赦無く泥で塗れていた。頬にも土埃がついている、だが本人はまるで気にしていないようだ。カーキ色の作業服でふうと汗を拭う。
「お姐様、お手を」
しおりが手袋をしている沙羅の手を握ると、さっと彼女はしおりのそばにやってきた。
「あらら、いつの間にか日が暮れている。1日って早いのね」
と告げると、そっと真っ白な手袋を取ると
しおりの胸に結ばれた真っ赤なリボンに細い指が触れる。
「タイが曲がっていてよ、しおりーぬ。いつでも心にロザリオと薔薇を♡」
そう言われてウインクされると、思わず頬を赤めるしおり。
「沙羅お姐様は、こちらで何をなさっていたのですか?」
「ここはね、昔からロック座女学園所有の遺跡なの。もちろん古代の食器なども発掘されるんだけど、私の専門は恐竜でね、ひたすら恐竜なの、骨などを研究しているの」
…っと、と沙羅はとりあえず今日の作業はここまでにしましょうか、と上品に微笑むと帰り支度を始めた。
「まだ帰りのバスありますかね??」
「…何言ってるの?走るわよ」
「え、だって…20km」
「20kmなんてすぐよ、走ると健康、走ると恐竜が喜ぶ、さ、走る走るー!」
きゃー!!!助けてー!というしおりの悲鳴と共に、颯爽と走っていく沙羅であった。
さて、翌日。
全身筋肉痛のしおりの前では、美しいネイルを眺めながら妖艶に微笑む沙羅の姿があった。無論、全身鍛え上げている彼女の肉体は悲鳴など上げない。
二人の目の前には高級茶葉の紅茶が美味しそうな湯気を立てている。
「…っというわけで、学園長からこの同好会のじったい..を、ですねぇ…」
腰の痛みに悲鳴を上げつつ、しおりーぬはとりあえず質問をしようとした。
むろん紅茶に手を伸ばしたいが、伸ばしたら死ぬ、筋肉が死ぬのだ。
「この同好会はいつから始まったのですか?」
「うーん、私がやりたーいって言った時だから、忘れちゃったわ」
沙羅は無邪気に微笑んだ。
「で、この…あのう恐竜たちの化石は…?」
「会長にもらったり、全国や世界を飛び回って集めたのもあるわね。恐竜って可愛いの、肉食恐竜には強さが見えて、草食恐竜でも生き抜く知恵があって、小型恐竜でもチームで獲物を追い込むファイトが見えて…」
うんうん、と話を聞きつつも、しおりには、どうしても、気になるものが目の端から離れない。
昨日は確実になかったプレジデントデスクに高々と積まれた恐竜のストラップである。
よく見かける100円玉を3枚入れがちゃりと回せば、出てくる「アレ」である。
そう、ガチャガチャ。
一回や二回ではない、これはなん…百回かもしれない。
より高く、より強く、同じような顔の恐竜が積まれている。
目を輝かせながら恐竜について語る沙羅。ちょうど一息ついたところで
「あ、あのう沙羅お姐様。こ、これはぁ?」
としおりは震える指で恐竜たちをさした。
「あー、それねっ!朝、駅に着いたら集めてた学園恐竜シリーズの新作が出てたの。私いつもそれ買っててね!レアもあるっていうじゃない!だからぜーーーーったいに出したいなって思ってっ!手首ひねるんじゃないってくらい両替して、回して、回して、回しまくったわよ!!!!!」
沙羅はますます目を輝かせた。
そして、大切そうにキラキラと輝くストラップを照れ臭そうにしおりに見えた。
「これが超レアもの、アンキロサウルス君の運動会♡」
よーく見るとアンキロサウルスの頭に真っ赤な鉢巻があり、運動靴が履かされている。よくあるパロものだが、好きな人にはたまらん魅力がある。
「綺麗よねっ!宝物にするの!!」
「は、はいっ!」
しおりはぴっと姿勢を正すと、パチンとファイルを閉じた。
(帰ろう…)
「あらあら、しおりーぬ」
背後から沙羅の声がかかる、すると上品で邪気など一切ない美しい微笑みでこう言った。
「宜しければ、しおりーぬもこちらからお気に入りの子をお持ち帰りしてあげてね♡」
しおりは、はははと微笑みながらなんだかごつごつとした恐竜を掴むとそっと扉を閉めた。
「恐竜研究同好会」
まだまだその謎は、永遠に包まれ続けるだろう。
ちなみにガチャガチャのご利用は、本当に計画的に…。
5、「果たしてしゃぶしゃぶは飲み物ってホント?」
そろそろ陽が沈む。
野球部マネージャー、4年H組の橋下まこは、今日も自分の仕事を終えると
美しい長い黒髪をばさっと掻き上げつつ、校門を出た。
「うわ、あれが女学園きっての氷の女神かよ」
「クールビューティすぎんだろ、お前、声掛けてこいよ」
「やだよ、どうせ睨まれて終わるよ…」
遠くから聞こえる他校の男子高校生の弱気な声。
来るなら本気で来ればええのに…。
まこはそんなことを思いながら、襟のリボンを整えると素知らぬ顔で帰り道を歩く。すると真上から「うわぁーどいてどいてーっ!」という甘い声が。
思わず見上げると、ナイスバディの短いスカートから真っ赤なショーツが丸見えの黒髪ロングの女生徒が文字通り落ちてきた。
どうやら、閉門時間に間に合わず柵を乗り越えて降りた場所に、まこがいたらしい。
「きゃっ!」
思わずまこが受け止めると、落ちてきた鈴香音色はひゃあーとにこっと笑顔を浮かべた。
「ぎりぎり、セーフっ!」
「いや、セーフじゃないですから」
音色の豊満な胸に顔を押しつぶされながら、まこが冷静に言葉を返す。
上級生でもセクシーで豊満だが、正義感が強く食べることが大好きで後輩の面倒見も良いフランクなギャルっ娘というイメージから、先輩からも後輩からもよく慕われている。
遠くから突然柵から落ちてきた音色のショーツをガン見していた男子たちは、ひゃーといいもん見たと笑っている。
それを見て、音色は思わず男子たちに中指を立てながら一言叫んだ。
「いーい?女の勝負ショーツはね、大切なオトコに見せるだけのためにあんの。どうでもいいショーツはどうでもショーツなの。今のはラッキーだったね。でも本気のやつはすんげぇんだから。覚えておきなー、坊主ども」
とぺろんと真っ赤な舌を出す。
やっぱ音色先輩は色っぽいなぁ、そして強いとまこは真横で思いながら付きそう。
すると突然、ベティブープのぬいぐるみをつけた学生鞄から、スマホを取り出すとデコネイルで慣れたようにスワイプして、まこにとある画面を見せた。
「学生限定!10周年記念!しゃぶしゃぶ食べ放題1000円!」
というクーポンを見せた。どうやら、肉だけではなく野菜やスイーツも数は限られているが食べ放題らしい。
「ねっ?2人まで使えるから、まこちゃんお腹減ってるなら一緒に行かない?」
ぐう
ちょうど良くまこのお腹が鳴った。ウインクする音色。
「でも…学校帰りの寄り道は…」
そう戸惑うまこに、そっと細い両手を握ると
「でもねっ、あのねっ、プラス1000円でアルコールも飲み放題なの!」
えっ?
まこは思わず目を見開いた。うそやろ?
聖ロック座女学園。通っている年齢は多種多様で、もちろん酒が苦手な生徒もいたが、逆に大好物の女生徒もいる。
ちなみに橋下まこと、鈴香音色はアルコール摂取が大好きっ娘であった。
こうして、しゃぶしゃぶ食べ放題+飲み放題の方程式が成立したのであった。
ちょうど平日の夕方で客が帰る時間帯だったからか、二人はすんなり座席に座れた。まずは鍋の出汁を選び、肉の種類を選ぶ。ちなみに豚ロースとバラを均等に頼むことにした。
そのあとはサラダバーで野菜とキノコを山のように皿に積み、年齢証明をしてからアルコール飲み放題バーにもいそいそと足を運ぶ。
音色はキンキンに冷えた瓶ジョッキ。まこは日本酒の冷酒を。
肉が来る前に、まずは「KP!」と盛大に笑顔でコップを突き合わせる。
普段、こうやって先輩後輩同士で夕飯というのは意外と珍しいが、行く時には行って大層盛り上がる。やはり踊ったあとの美味いものは最高で、身体も喜ぶ、テンションも上がる。いいことばかりだ。
無事にお肉も届き、名物のカレーも摘みつつ、肉を放り込み野菜もどばぁと入れると、酒を飲む。肉に野菜を包むと口の中が出汁と絡んで極上になる。
そこに注ぎ込まれる酒、サイコーである。
「音色姉さん、ウチめっさ幸せです」
「お、出た出た。まこちゃん。大阪弁出るとめちゃくちゃ可愛くなるよね、普段でもそれだけ可愛くもぐもぐすればいいのにさぁ、もったいない」
「….別に誰かに見せるためのもんやないですし」
「そっかそっかぁ。まぁ、食べよう!あ!お兄さん!肉それぞれ10人前追加で!」
喜んでー!とお兄さんもナイスバディの女学生に声を掛けられて嬉しそうだ。
「ねー、こんだけ肉と野菜食べてさ、つめたーい酒したら、冷たいに熱いで永久に食べられるって思わない?しかも肉とこんだけ野菜包めばさ、カロリーマジゼロよ」
「それは極端やないですか?」
もぐもぐと肉を頬張りながら、まこは答える。
「いーやいやいや、私はそう思うね。あたしーしゃぶしゃぶって飲み物だと思ってるから!」
ぶっと思わず吹き出すまこ
「ほんまですか?」
「いや、意外とマジ。本気と書いてマジと書く、ギャル、嘘言わない」
まこがお酒のおかわりをしに席を立った時だった。
がしゃん!と大きな音が店に鳴り響いた。
「あーっ、なにこれ、俺の洋服汚れちゃったじゃん、なにこの店。ちょっと店員の教育ちゃんとなってないんじゃない?」
大声で叫ぶのは、どうやら酔っ払った男と女たちだった。
そういえば先ほども野球ファンらしく、自分たちの推し球団以外の選手や球団の悪口ばかり言って馬鹿笑いしていた奴らだったはずだ。
と、音色はもぐもぐとカレーを頬張りながら思い出していた。
「も、申し訳ございません!」
まこは見ていた。店員が肉のトレイを片付けようとしていた時にわざと男たちがジョッキを落としたところを。要するにいちゃもんつけようとしたのだ。
「申し訳ないで言ったら、俺たちも怒らねえから。誠意を見せろって言ってんだよ!」
思わず掴みかかろうとする、相手は女性、すっかり怯えて縮こまっている。
男の野太い腕を掴んだのは派手なネイルの女生徒だった。
「ねえねえ、おじさん。何ひとりでカリッてるの、溜まってるんの?若い子にいちゃもんつけようなんてクズじゃんよ。周りの空気読めよ、クズが」
先程までの明るいギャルっ娘とは一味違い、恐ろしい冷たい瞳でぎりぎりと男の手を締め上げていく音色。
思わずその勢いに酔いも醒めていく男、しかしもう一人の男が
「姉ちゃん、そんな格好で絡んでくるなんてなんだ?俺たちを誘ってんのか?」
とお尻にそっと手を触れようとした瞬間、ずばっと冷酒が男の顔面にぶち撒かれた。
「ちょっと、うちの姐さんに手ぇ出さんといてくれる?ばっちぃ手で」
氷のような声と見下す瞳。無表情で立ち塞がったのは橋下まこであった。
彼女の酔いなどすっかり醒めていた。
「これ以上”か弱い”女性に手ぇ出したら、二度とそんな手を出せない腕にしたるわ、そんな覚悟、おのれにあるんかい」
「相手にならなるよん、私たちいがーいと強いんだよぉ」
凄まじい目の色で、挑発的に笑う音色。
「い、行こうぜ」
と思わず逃げ出そうとした男にまこはレシートを投げつけつつ
「言い忘れたけどな、おどれがどこのファンか知らんがなぁ、金本なんて安易に呼ぶな、金本のアニキは阪神じゃ永遠なんじゃ、よう覚えとけ」
わっ!わかりましたー!と逃げるように去っていく男たち。
「お前ら、何者なんだよ!」
ふうとため息をつくと、散らばったお皿を片付ける女店員に
「大丈夫ー、ああいう客やだよねぇ」
「お怪我ありませんか?」
店長もかけつけ、二人は礼にとしゃぶしゃぶ代をちゃらにしてもらった。
帰り際、名前を聞かれた二人。
「あの…せめてお二人のお名前だけでも…」
眼鏡をつけた中年の店長がそう尋ねると、まこと音色は振り向きウインクしながら笑顔でこう答えた。
『知らないほうが、いいかもね』
そう言って店を出て行った。
「あー、なんだか夜風が気持ちいいー」
うーんと背伸びしながら音色が楽しそうに叫ぶ
「音色姐さん、カッコよかったです」
頬を染めながら、まこも髪の毛を掻き上げながらそう告げた。
「なんか、美味しかったし、なんか良かったよね」
「そうですね」
『あたしたち、いいコンビになれるのかもね!』
そう言って、少し冷えてきた秋風に吹かれながら、見た目のタイプの異なる二人はゆっくり駅に向かって歩いて行った。
さて、その頃、調査のためにまこと音色のあとを追っていたしおりは
「肉と野菜を食べるとノーカロリー」
「熱いと冷たいを食べると無限大で食べられる」
「しゃぶしゃぶは飲み物」
「デザートのソフトクリームは最高」
という教訓だけを覚えつつ、単純に一人しゃぶしゃぶを楽しんでいた。
「あ!店員さん!豚ロース5人前追加で!」
6、謎の「ライバル」出現!?
その日、しおりはとてもとてもとてーも、急いでいた。
次の授業の用意の当番になっていたのだ。
美術の授業で必要なプリントを職員室へ取りに行き、早歩きでプリントを抱えながら廊下を歩く。
すると急ぎ足だったのか、見事にずっこけてしまった。
思わずしおりはぎゃっと声を上げ、空に舞い上がるプリントたち。
…格好悪い…膝小僧にかすり傷もできちゃったし…。
こんなところ、誰かに見られてたら…
「はーっはっはっはっ!今の見たかね?ゆきにゃんソンくん」
何やら高音の女性の声が聞こえてきた。思わず起き上がり周りを険しい顔で見つめると少し離れたところに、女学生の制服にインバネスコートを着た、ショートカットの目がくるくるっとした女生徒が、大きな虫眼鏡を手に仁王立ちしていた。
その側には、あ、大丈夫ですか?と一緒にプリントを集めてくれる連れ添いの長髪のスレンダーな後輩らしき女学生、制服の上にハバーサックを着ている。
「保健室、行きますか?」
あ、どうもとしおりはバツが悪そうに立ち上がる。
しかしその瞳に「☆」の光がきらーんと入った女生徒は多分、ってか絶対に後輩なのに仁王立ちから動こうともしない、規律を重んじる女学園では上下関係は絶対的なのに、えらく好戦的だ。
とにもかくにもプリントを届けた後、彼女たちは保健室でしおりはその御御足をゆきにゃんソンと名乗る女生徒に消毒を受けていた。その側で
「ふむふむー、なるほどー、君があの有名な徳永しおりさんかい?僕はこの聖ロック座学園の謎を解くことが使命と信じている、星崎”シャーロック”琴音だよ、通称、ことにゃんロック!
あ、よろしくお願いしますー、あっ!しおりーぬ先輩ですよね、えっ!でも負けません!だって!!」
あ、これでいいですよー、とゆきにゃんソンがしおりに言うと、しおりもちょっとヤバいと思ったのか、どもと挨拶をすると保健室から出て行こうとした。
するとそこへずざっと立ち塞がったのが、ことにゃんロックであった。
「はーっはっはっ!どこへ行こうというのかね?」
「ム○カみたいなセリフやめなさい、星崎?さん。私に一体何の御用なの?」
「今、しおりお姐様がこの学園の七不思議を調査していると聞きました」
「…ええ」
「今、何個目ですか?」
「それが、何か貴方に関係あるの?」
訝しげにしおりが尋ねると、ありますっ!と琴音はばさっとマントを翻しながらこう言った。
「私と相棒のゆきにゃんソンくんは、もう最後の1つまで解いたのです!」
ドヤ顔でそう言うことにゃんロックは胸を張った。その豊満な胸がばーんと自慢げに突き出される。
その時、後ろからやっとことにゃんロックから、少し背が高いゆきにゃんソンくんがやっと頭を下げながら、挨拶をしてきた。
「はじめまして、ご機嫌よう、しおりーぬお姐様。お噂はかねがね伺っております。私は琴音先輩の直属の相棒のゆきなと申します。通称がゆきにゃんなのでワトソンとかけていると思うんですけど….」
それでゆきにゃんソンなんだと思います、と少し恥ずかしげにゆきにゃんソンは答えた。
どうやら彼女が、かくかくしかじかを訳するとこういうことだった。
ミステリー好きで、見た目は子供!頭は大人!の某作品などが大好きな彼女。そこで謎の転校生の「徳永しおり」の情報を手に入れ、密かに相棒というか、コンビのようなゆきなを伴い、彼女の後を追い「先に謎を解きたい!」と勝手にライバル視していたという。
面倒臭ぇ…
おっと、しおりの本音が思わず心の中で漏れそうになってしまった。
そもそもこの任務は学園長直々の極秘任務なのだ、大事なのもそうでないのもあったけれど、どれも「大切な秘密」である。
それをこう、いけしゃあしゃあと瞳に「☆」が入った、見た目は大人!心が小学生!の自称名探偵に負けるわけにはいかない。
というわけで、しおりはことにゃんロックと、ゆきにゃんソンが二人できゃっきゃっふざけている間にそっと保健室から逃げることにした。
「面倒くさいことになったわね、しおりーぬ」
「そうなんです、どうしましょうか?」
「まぁ…別に害があるわけでもなく、特に本格的に謎に近づいているわけでもないのでそのままでもいいわ、少し貴女には迷惑かけるかしら…?」
「…いっ!いいえ!学園長!...光栄です」
「そう、しおりーぬ、信頼しているわ。貴女ならきっと最後の”扉”も開くことができるでしょう…」
え、それはなに…?と聞こうとしたら、誰かを察したのか学園長との連絡手段である”糸電話”の糸が切れ、会話が終わった。
少し寂しそうに薔薇があしらわれた紙コップをコトンと、糸ごと通学カバンに入れるしおり。
それを機の影から、双眼鏡を手にキラキラとしたことにゃんロックと、寄り添う少し寒そうなゆきにゃんソンが、そんなしおりを見つめていた。
それから、しおりの調査を追う、ことにゃんゆきにゃんコンビがどこからともなく現れ、ぴゃー!と追いかけられる日々。調査もへったくれもない、これはもう鬼ごっこだった。意外と素早いことにゃんロック、そしていつでも自分の水分補給用のピッチャー常備(中身はレモネードである、決してレモンハイではない、多分…)のゆきにゃんソン。だが中身の水は一滴も溢さない、凄まじいスキル持ちでもある。
「もー!こーなーいーでー!!!!!」
「私が先に謎を解くんですぅぅぅぅぅーぴぁー!!!」
「まってまってー!ちょっ!にゃんロック姐ー!!」
はじめはなんだなんだ?と他の生徒たちも、3人を追っていたがそのうち「いつものこと」と日常風景化してしまった、いや、しても困るのだが。
「しおりーぬ姐様はどちらに!次はあっちを探すぞ!ゆきにゃんソンくん!」
「えええー、もう疲れたよぉぉぉぉ」
しおりは木と同化したことで何とか逃げおおせた。やっとこさ今回の6番目の謎について、ファイルを開くと目を見開く。
『星崎琴音とゆきなの、ちょっと暴走した名探偵ごっこに付き合ってあげて♪』
ひええええええええーーーー!!!
思わずファイルを取り落とそうになったが、しおりは必死に口を抑えて耐えた。
しかし、その時
「みぃつけた!」
「あ、しおりーぬ姐様!」
とまた見つかる。
いつまでこのやりとりが続くかと思われたが、意外と終焉は早かった。
真っ赤な夕日が沈む運動場。
そこで悲しそうな顔をして、ゆきにゃんソンの両肩をぐっと掴むことにゃんロック。
「…いつか卒業の時がやってくる…どうやら私にもついにその日がやってきたようだ…」
瞳の中の☆の輝きも少し寂しげに揺れる。ゆきにゃんソンはそれを寂しげに見つめる、手のピッチャーは絶対に離さないが。
「僕の名探偵を、君に譲りたい!今日から君はゆきにゃんロックだ!」
「ごめんなさいっっっっっ!!!」
空に澄み渡るほどの大声でゆきなは答えた。そして本当に申し訳なさそうに頭を下げた。しかしピッチャーの中身は溢さない。
「私っ!あたしっ!コ◯ンくんよりも、キング◯マン派なのっ!!!」
「えーーーーーーーーーっ!!!!」
「推理よりも、敵と闘って正義を守りたいって感じなんです!にゃん姐!」
「…わかるー!かっこいいよね!じゃあ、うんっ!頑張ってっ!」
「いや!もう推理はいいや!普通の新体操部員に戻ります!あたしらしく踊るの!」
それを遠くから、最近発売された秋の限定スタバの焼き芋フラペチーノをずるずる飲みながら、半目で見つめていたしおり。
(もう、帰らせて)
ふざけ始めたのか何やら「カンチョー相撲」を始めた二人を放ってしおりは、さっさと帰宅した。
☆終わり☆
7、聖ロック座女学園七不思議、最後の謎の扉を開け
なぜ、こんなことに…?
しおりはすっかり荒れ果ててしまった、ほんの少し前まで美しい学園だった土地で
涙を流して跪いた。
ロックの神様、これは何かの罰ですか?
空が、赤と黒に渦巻いている。
しおりの頭には真っ赤な彼岸花と紅葉…そして紫色の美しい打掛。
この危機を止められるのは、私だけ。
嗚呼、銅像であるこの命に変えても。
それは間違いなく、聖ロック座女学園最大の危機であった。
=================
時を遡ること、数時間前。
しおりは学園長室で神妙な顔で立っていた。
長い黒髪、妖艶な真っ赤なルージュの学園長もどこか動揺が隠せない。
「しおりーぬ、これが最後の謎よ。そして最大の…。貴女に解けるかしら…いいえ、解かなければいけないの。この女学園の命運が掛かっているのよ」
「はい、存じております」
かつかつかつと、真っ赤なハイヒールで近寄ってきた彼女の切れ長の瞳が揺れる。
細い指がそっとしおりの手を取った。
「貴女に託すわ、お願いね、しおり…」
========================
急激に女学園外でも染まり始めた「鬼」化現象。
普通の人間たちが、突然鬼の面をつけ暴れ回るという謎の現象が起きている。
まるで何かに感染するように、海や土地を超え一気に広がっていく。それも皆同じなのは「紅葉」に魅了されたかのように頬を赤らめ、面をつけてゆく。
どんなに話しかけても、面を取ろうとしても自らの意思でないと面は決して取れない。世界は途端に大混乱し、鬼になりたくない人々は逃げ惑っていた。
それは女学園も影響がではじめた。しかし、昔から邪気を払う結界が張られていたため、最低限の被害で済んでいたが、脅威が広がるのも時間の問題と言われていた。
「鬼」への誘惑は、甘い香りだと言われていた。
それを一度嗅ぐと、とたんに人の心は鬼に満たされるということだった。
そしてついにその日はやってきた。
遂に女学園にも鬼が現れ始めた。無言で彼らは学園内を荒らし始め、自制ができないようであった。操られているようでどこか恐ろしさを感じさせた。
「ついにやってきたわね」
しおりは空に渦巻く真っ赤に吹き荒ぶ紅葉と、黒いとぐろをじっと見つめた。
そして学園長から託された、真っ白な般若の面を取り出した。
「紅葉狩」の面と称される伝説の宝具。
浄化を意味する面を被れば、世界が救われる。
しかし、全ての闇や呪いをしおりが請け負うこととなり彼女が犠牲となるのは必至であった。
それは覚悟のことであった。
一呼吸置いて、面を被る。すると一気に
ずんっ
と言葉では言い表せない、澱みや恨みや悲しみや苦しみが流れ込んできた。
予想していたとはいえ、あまりの苦しみに涙が溢れ出る。
思わず面が外れた。外界は何も変わっていない。
ロックの神様、これは何かの罰ですか?
私は何もできない銅像なのでしょうか?
思わずうずくまった瞬間、そっと面を手に取る細い手が添えられた。
「しおりお姐様、わたくしたちもおります」
そう声を掛けたのは、南まゆであった。
そしてしおりの手をそっと取り立ち上がらせたのは、真っ白な打掛を着た「女学園の白き薔薇」と呼称される真白希実であった。
それぞれ、紅葉狩をこの秋に踊った三名が同じ面を付けるとそれぞれの踊りを舞い始める。
世の中がたとえ冷たく、闇に覆われていても、それを諦めずにただ舞うのみ。
”秘すれば花なり、秘せずば花なるべからず…”
しかしこの世を浄化する踊り、しかし地球規模となるとその力はまだ弱い。
=================
「やれやれ、仕方ないね。うちらもやるか!」
面を取って不敵に笑うのは倖田李梨である。
「私たちもいるからねっ!なんでも力になるよ!みんなもあたしたちに力をー!!」
そう叫ぶのは面を剥ぎ取った、沢村れいかだった。
その側でふっと微笑むのは背中合わせで笑う鈴木千里である。
二人は空に向けて、手のひらを大きく向けた。
「からあげも大切ですけど、この女学園は絶対に無くさせません!」
そう言いながら面を放り出すと、虹色のドレスで踊り出す木葉ちひろ
「あたしたちも負けないもんねっ!ゆきにゃん!」
「とーぜん!やるっきゃないでしょ!にゃん姐!」
手をぎゅっと繋ぎ合わせ、面を取り去った星崎琴音とゆきな
「こんな世界うざいじゃん、やるっきゃないじゃんー」
何だか面白げに声を張り上げるのは、面をひょいと取った鈴香音色である。
「うちの本気、見せたるわ。来いや」
冷たい表情で面を脱ぎ去り、真っ赤な燃える炎をたぎらせる橋下まこ
「えー、こんなのやーだー、らぶパワーくらえー!!」
面が消えるとぶんぶんっとピンク色のバットを振り回る早乙女らぶ
「いけない鬼たちですね、これは厳しいお仕置きが必要なようです…いらっしゃい」
面と眼鏡をむしり取った友坂麗が、恐ろしい表情で空を睨んでいる、実に怖い。
「空はふわふわ真っ白な彼氏くんの大切な場所なんです、早く戻せー!ごらー!」
とシナ◯ンのぬいぐるみを抱きしめながら、面をまるで飾りのようにつけている前田のの
「こらー!また女学園にお痛たしてーー!そろそろりょんも怒るよー!!」
面をとるとその辺に蹴飛ばし、怒りの声を上げる赤西涼
「歌います…」
鬼を滅する歌を凄絶な表情で歌い出す、面を剥ぎ取った高崎美佳
「あたし、許さないんだから…この学園を傷つける奴は!」
そう空に叫ぶのは、怖がりながらも面を取り空に叫ぶ天瀬めるかである
「ふふふ、あたしの学園を牛耳るなんて甘いよ、やれるもんならやってごらん♪」
不敵な笑みで、誘うように面をくるくると回すのは小春だった。
「…さ、そろそろ私たちも参りましょうか」
すっかり面を剥ぎ取り、自慢の和服で舞踊を踊る準備をする藤咲茉莉花
「ええ、力一杯、三人を支えるの。みんなも手伝ってちょうだい!」
真っ白なワンピースドレスで、皆を鼓舞するのは沙羅だ。
彼女たちが手に胸を当てると、女学園の誇りである薔薇とロザリオの放つ光が空へゆっくり登っていく。
その光は広がっていき、過去に紅葉狩の姫として踊った女学生たち、今も舞い続ける女生徒たち、そしてこの学園を卒業した者、同じように踊り続ける他校の生徒たち、女学園や他校も大好きで応援し続けている者、今は足遠くなってしまったが女学園を愛する人々、そして、これから女学園を愛し、慈しんでいく新しき者たち。
いつしか光がひとつに集まり、大きな光球となり三人を包んでゆく。
「光よ!世界を救って!」
しおりの絶叫が轟く、そして静寂が周りを包んだ。
次の瞬間、空が青空に晴れ渡ってゆく。そして鬼の呪いは一気に消えていった。
平和が、戻ったのだ。
女学園にも普通の日常が戻る。地球は何事もなかったかのように全てが元通りに戻っていた。
「本当にありがとう、しおりーぬ、感謝しています」
学園長がしおりを優しく抱きしめながら、そう言った。
「名残惜しいですが、もう参ります」
しおりは落ち着いた声でそう告げる。
「そうね、貴女はあるべき場所へ…いつでも貴女の居場所はここよ。忘れないで。
そして皆、貴女が大好きよ」
「…はいっ!」
=================
聖ロック座女学園
会長が愛した「秘密の花園」には、制服を着た可憐な少女が空に手を掲げている銅像がある。
銅像の名前は「希望」
そして彼女の記憶はまた生徒たちから消されたが、またいつか…きっと現れることだろう。
終
参照:世阿弥「秘すれば花」より一文抜粋
番外編 藤咲茉莉花のほっこり秋ソロキャンしてみた。
真夜中、693の「まりかチャンネル」が静かに幕をひらく。
真っ暗闇の中にうっすらと映る一人の女性。
立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花、と称される上級生のひとり、藤咲茉莉花であった。
今日は飾られた華やかな制服姿ではなく、しっかりアウトドア用の防寒着を着込んだ玄人ソロキャンパーとしての一面を見せていた。
既にどこかにセットされている小さな焚き火台には火が灯り、その後ろには小さいながらも安定感がある小さなテント。
時折、パチリと散る火花の音に耳を澄ませば、そのそばには既に焚べるための薪もセットされていた。
すぐ近くには簡易的に調理ができるクッカーと焚き火台も見える。
”まりかの、ソロキャンしてみた”
と、書いてはあるものの別に誰に、という訳ではなく対話配信でもないので、時折、茉莉花の「ん?これどこにあるんだっけ?」とか「あー、あった、ここだここだ」という独り言が聞こえるような癒し系ソロキャン配信であった。
遠くには高い木々が見えるが、地面は土で平坦である。
というのも、ロック座女学園では「キャンプ部」という歴史ある部活がとうにあり、そこで学園内で区画も設けられているので、事前に申請さえしていれば季節を問わずキャンプを楽しむことができる。朝はそのまま片付けをして登校も可能である。
さて、皆で料理を作り分け合うキャンプも楽しいが、こんな晩秋の夜はひとりソロキャンをしたくなった茉莉花。
静かで澄んだ空気と、暖かな焚き火、そして大好きな美味しいお酒と肴。
うーん、贅沢。
今日の肴のお供は赤ワイン。しかも今日は冷えるのでホットワインで楽しもうと自賛していた。
耐熱カップで適度に温めたワインに、シナモンスティックとお砂糖少々、グローブを入れるとスプーンでくるくると混ぜると出来上がり。
少しスパイシーで、なおかつ心も身体もほっかほかになる一杯が出来上がる。
ふうふうと湯気を吹くと、一口含む。
はぁ…美味しい。
茉莉花は頬を赤らめ、幸せそうに甘いため息を吐いた。
そしてホットワインを片手につまむのは、先程作っておいたキノコのアヒージョと、夜食に持参した棒ラーメンである。
贅沢したくて、今日は少しこってり豚骨醤油。あらかじめ沸騰したクッカーにそっとラーメンを投入するとすぐふにゃっと溶けるようにほどけてしまうので、ゆっくりと慣れさせるようにフォークで混ぜていく。いい具合にラーメンが煮えると、粉スープを投入する、良い香りがあたりを包んでいった。
そのまま既に購入していたメンマや味玉を投入すると「茉莉花特製お夜食ラーメン」
が完成した。
一口、ずるると啜り込むと口いっぱいに広がるとんこつの風味。
ああ、しあわせー♡
真夜中、時々はいいじゃない。
だって今日はせっかくの流星群なんだもん。
今夜は「オリオン座流星群」が流れる夜であった。
ホットワインで温まった身体を、またラーメンで心底温まる。
途中で残っていたアヒージョを投入し、味変した。うん、これも悪くない。
ラーメンを食べ終えようとしていた時、空に一筋の光が流れていった
「あっ!流れ星!お願いしなくや!」
空を見上げ、歓声を上げる茉莉花。
真っ暗な景色だからこそ楽しめる、一人の贅沢。
「やっぱソロキャンって、サイコー!」
ホットワインをそっと空に掲げ、茉莉花は星空と乾杯した。
同時刻…。
家の窓から、同じく”まりかチャンネル”を見ながら、流星群を見ていたふわふわの部屋着を着たしおりは、真剣な顔で手を組むとお願いを沢山していた。
え、どんなお願いかって?
それは乙女だけの秘密☆
番外編 山伏”しおりーぬ”先生と、くっちゃんの不思議な出会い
(当作品は徳永しおり嬢による「聖ロック座女学園」を元に製作されています。超フィクションですが、今回は9月21日〜10月10日まで浅草ロック座で上演されている「秘すれば2nd」の5景「菌」を元にした二次創作です。敬称略)
「はあ、何だか変な事件ばっかりで疲れちゃうなぁ」
秋の夕暮れ、長い廊下をしおりは歩いていた。
妖艶な学園長の頼みで例え普段は銅像として学園を見守っている一人だが、やっぱり疲れる時は疲れる...。
そんな時、不思議な歌と共に美味しそうな香りがしおりの鼻腔をくすぐった。
「しいたけとしめじ♪マッシュルーム♪エリンギになめこ♪にょきにょきエノキにマイタケ。そ・し・て、忘れちゃいけない秋の味覚はまつたけぇ〜♪」
しおりはそんな歌に引き寄せられるように、長い廊下のつきあたりにある「家庭科室」の扉をそっと開く。
すると先程までの歌はまるで幻だったかのように誰もいない。しかし実習室の机にはまだ湯気が登る
”身体ぽかぽか効果絶大の生姜刻み入りなめこと平茸スープ”
”きのこたっぷり炊き込みご飯”
”マイタケとエリンギの香ばしバター炒め”
”松茸の土瓶蒸し”
というあまりのご馳走にしおりは、美しい唇から涎がすっと垂れてしまう。
その芳しい香り、しかしきっとこれは「不思議の国のアリス」の「Eat Me」みたいに罠なのかもしれない。
しかし...それでもいい!だってお腹減ったんだもん!
誰もいない家庭科室で彼女のために用意された丸椅子に座ると
「いっただきまーす!」
とピンク色の箸を手にすると、スープをすすりご飯を頬張った。
嗚呼、秋の香り。最高...。
しかし、そう思った瞬間。
耳元で可愛らしい笑い声が聞こえた気がした...。
その瞬間、一気に意識と身体がどこかに飛んだような気がした。
「ど、どういうこと!?」
しおりはぎゅっと目を瞑り身体を縮こませる。異空間に放り出された気がしてスカートが靡き真っ白で長い足が剥き出しになってしまう。
そして、彼女は意識を失った。
◆
「...んせー...せんせーったらぁ!」
次にしおりが気がつくと、どうやら茶色のスーツを着させられていた。
え?私は女学生だったはず、とぼんやりした意識で思い出そうとするも
「先生!授業するの?しないの?皆、待ってるよーん」
唇が厚くセクシーな派手な髪の毛と衣装を着た女学生が倒れていたしおりの手を引っ張る。
引っ張られるがまま、教室らしき場所へ引っ張られていくしおり。
途中で姿見があり、自分の姿をじーっと、何度もじーっと見つめている。
「えっ!?私!山伏になっちゃってる!?」
目が点!頭にはちょこんと四角い帽子、胸元にはふわふわの結袈裟まで掛けられている。
どうやらしおりはあの謎きのこ料理でここに導かれてしまったらしい。
(どっ!どうしよう!と、とりあえず戻る方法考えなきゃっ!)
と考えながらも、生徒たちの導くまま教室?らしき場所へ引っ張られていく
徳永”山伏”しおり先生。
それを廊下の陰からこっそり覗く一人の女生徒...?
全身ピンクでトリッキーな格好、ブロンドに輝くイヤリングカラーが光る悪戯っぽそうな瞳を輝かせる少女がそこにいた。
「くくくっ!あんな簡単な罠にひっかかるなんて...でもあの先生なら、くっちゃんの”覚醒”の力になってくれるかもぉ...」
そしてすっと頭を引っ込め、彼女はどこかへ消えた。
さてその頃、教室では教壇に突然立つことになったしおり先生は、伸ばし棒を手にしつつもさすがに友坂先生のような授業ができるはずもなく、しどろもどろ。
「ねー先生、いまぁ彼氏か彼女いますかー?」
「ジャンケンしよう!じゃんけーんぽんっ!あー負けた」
「先生ー!スペシャルキノコバーガーはおやつに入りますか?今、食べてもいいですか?食べますね!」
黒板に描いた「色んなキノコ」の授業を真面目に始めようとしても、各々生徒たちが自由で何も聞いてくれない。
しおりはその都度、生徒たちを注意するが彼女たちはお構いなしで「あっつーい、こんなの無理ー」と勝手に制服とスカートを脱ぎ出しビキニとパニエ姿に早代わりしてしまう。
「あー、何してるのー?脱がないの、ぬっがないのー!!!」
しおり先生の発言にケラケラ笑い出す生徒たち、思わず頭を抱えようとした瞬間...
教室に誰かが踊り込んできた、ピンク色の帽子、全身ピンクでキノコを生やしたボブ髪の少女。
「遅刻してすいませぇん」
新たな生徒はぺろりと真っ赤な舌を出して、足元から舐めるようにじーっとしおりを見つめる。
「新人の先生ちゃん?」
「あ、うん、徳永しおり...です」
「うん!わかった!あたし菌(くさびら)!呼びにくければ”くっちゃん”でいいから!」
え?くっちゃん?と考える間もなく、他の生徒たちと勝手に踊り出す菌。
「えっ!ちょっ!皆座ってー!ちゃんと授業聞いてー!」
頭を抱えつつ、少し涙目になりながら皆を落ち着かせようとするがまるで皆は聞いてくれない。
その時、菌がひとり勉強机の上に立ち上がり踊り始めた。自信ありげでまるでしおり先生を挑発しているようだ。
(いらっしゃい)
まるでそう言われたようで、思わずしおりの血も騒ぐ。
(ロック座女学園の踊り子の血、見せてやるっ!)
教壇の上でまるでフリースタイル会場のように、しおり先生のダンスも菌も生徒たちの踊りも次第に白熱して教室を熱くしてゆく。
菌は生徒たちを引き連れ、元気に踊る中、しおり先生もつられるように覗きにいく。そして一緒に身体をシェイクさせ踊る、授業より大切なこともある。それは踊ること、そして飛び散る汗で湿気を上げること。
しおりはいつの間にか、菌の近くで座らされた。彼女の吐息や近づいていく手の魔力に勝てない。
「くくくくっ!先生、先生最高だよぉ!こんな素敵な先生今まで来なかったよお、ねぇ、先生、くっちゃんと一緒にイっちゃお☆あたしを目覚めさせてっ☆」
その言葉を聞いた瞬間、全身が雷に打たれたようにしおり先生は一度がくんと意識を失うと、次に目を見開いた瞬間
「よし、では今日は性のお勉強を始めましょう!もちろん意味深のね☆」
生徒たちははーい!と元気に手を上げると、しおり先生は黒板にピクトグラムの男女の性技を次々と映し出し、生徒たちはそれを学ぶ。性欲、食欲、睡眠欲、どれも大切なものだ。そして性に関しては「知識」は必須なのだ。
それが終わった瞬間、菌の姿が変化していた。
ふわふわのファーコート、ピンクのTバック姿の非常に成熟した大人の女性になっていたのだ。
思わず驚くしおり先生に、菌は面白げで悪戯っぽい笑顔で近づいてきて耳元でこう囁いた。
「先生の熱い授業と、みんなの汗、そしていーっぱいの湿気がくっちゃんを成長させて”覚醒”させたの。しおり先生のおかげだよぉ〜」
そうふうと吐息を耳に吹きかけた。しおり先生は思わず昏倒し掛けたが、なんとか堪えた。
「じゃくっちゃん、ちょっと醸してくる。しおり先生とはお別れだけど、きっとまた会えるよ。ありがとうね☆」
そう言われた瞬間、しおりの意識はまだ反転した。
◆
はっ!と目を覚ますと、しおりはセーラー服姿で家庭科室でうつ伏せになって眠っていた。
「くっちゃん!」
思わずしおりは叫んだが、彼女以外に誰もいない。
そして既に料理もなかった、まるで全てが夢だったかのように。
はあ、夢だったのかあ、でも楽しかったな。としおりは椅子から立ち上がり、帰り支度を始めた。今日は学園長と夕食をご一緒する予定。帰りのスーパーでキノコをどっさり買って一緒にお鍋にして、たくさん食べたいなとと考えるしおりであった。
番外編 終
2021/11/05