就活の「軸」と「言葉」 ~「わたし」ってなんなんだろ~
「就活の軸」という言葉がある。
「何に重きを置いて就活をするか?」みたいな、自分の中にある信条みたいなもので、就活本には必ず出てくるやつだ。
社会の歯車工場のベルトコンベアに流されること22年目の私は、この「軸」と言うやつにかなり苦しめられた。
「軸」を言葉にすることは、とても難しかった。
私の趣味は、読書と、歌と、創作。高校の頃は放送部で色々な人に取材をした。
大学では接客のアルバイトをしながら、合唱部でステージに立ち、文化系のサークルを纏める事務職というか、高校なんかでいうところの生徒会みたいな仕事もしていた。
どれもこれも、私にとっては明確にひと繋がりだ。
でも、「どう繋がっているの?」と聞かれると「う~ん…?」となってしまう。
私は「本が好きだから」という単純な理由で出版業界を受け、出版社は(会場でしつこくナンパされ)辞退し、取次の最終面接で学歴のコブラツイストを受け、結局出版ヒエラルキーの最下層である本屋に落ち着いた。
だから、私の中にある「軸」について、存在しているのは分かるけれど、未だに言葉は出来ない。(尤も、私は書物に魂を売っている文学部生なので、これも一つの軸だとは思う)
就活生の鉄則に「面接官に聞かれたことを「就活の軸」を基準に、かつ具体的な数字や結果で答える」「人事に顔を覚えて貰えるような趣味と特技を述べる」というのがある。
私も就活中は「大学在学中に五百冊本を読みました」とか言ってたし、特技が「ゆで卵の殻を速く剥くこと」だとかいう就活生と集団面接をしたことがある。
でも、大切なのはそういう小手先のテクニックじゃないよな、と思う。確かに具体的な数値を述べることには一定のメリットはある。(ゆで卵の殻の速剥きが面接にプラスになるのかは知らない)
大切なのは「私には何ができて、何ができないのか」「私はこれからの人生どうしたいのか」「そもそも私ってなんなんだ?」という、抽象的な問いに答えを出せているか?ということじゃないかしら。
要するに、就活の「軸」は、自分との対話によって、自己を哲学することなのだと思う。
そしてその答えを、人事という人間に、的確に伝えること。必要ならたまにユーモアを挟みながら、自分にしか語れない言葉で。
それらを直感的に察知し、言語化できる人は、就活だけでなく、あらゆる面で強くてかっこいい人なのだと思う。
私は集団面接はからきしだけど、個人面接はかなり上手かったようで、一度も落ちなかった。
それは私が、「人事の人と喋るぞ~!」という(ある意味軽すぎる)気持ちで面接に挑んだからだと思っている。正直、すごく好きだったし、楽しかった。
「その人と話したい」という気持ちがあれば、人事の人にはちゃんと伝わるし、奇抜な趣味や仰々しい特技がなくても、なかなか忘れられないものらしい。
なのでもし、就活に迷っている人であったり、何がしたいのかわからない人がいるのだとしたら、「内定をとるため」ではなく、「「わたし」という存在」について考え抜いた言葉を紡いでほしいと思います。
ゆで卵は、茹でる前に針で穴を開けて、お湯が沸騰してから投入し7分間ゆでた後、氷水に漬け、流水に当てながら掌で転がすようにすると、すんなり皮を剥くことができ、なおかつ半熟のゆで卵ができます。