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ヴァイオリン:藤田有希さん③

有希さんと私(続2)

ほぼ初対面のような状態の私の前で「楽器を練習したくない」と嘆く有希さん。
話を聞けば、どうやらシベリウス音楽院の大学院の卒業試験を前にして、精神的にスランプに陥ってしまっていたようだ。
今まで楽器を弾くことで人生が周っていた彼女が楽器を弾きたくなくなったらと考えたら、不安になるのも当然だろう。
吹奏楽部上がりの私とは、全く違う人生を送ってきたんだろうな、と感じた。

どういう言葉を掛けたらいいのだろうと考えたけど、私は練習したくない時は余程のことがなければ練習をしない人間なので「じゃあ…練習しなければいいんじゃない…?」と明るく言ってみた。
彼女はハッとしたようなキョトンとしたような顔をして、その大きな目で数回瞬きをして「そういうもの…?」と首を傾げる。
「うん、そんなもんだよ。私も練習したくない日はしないし。嫌々な気持ちで練習しても何にもならないし、時間と体力の無駄だからさ。楽器放って、ゴロゴロする日って大事だよ」
「………そ…っか…。楽器を弾かなくても、いいのか…。」

その後、何かから解放されたのか笑顔が戻り、お互いの生い立ちなどを楽しく話した。
その時も色々面白い話を聞いたと思うけど、今回記事に書いたような深い話まではせず、最後は手を振って別れた。
今では楽器を弾かない時間も満喫しているようで、楽器とは良い距離感で付き合えていけているようだ。

ヘルシンキ大学植物園にて ©️AyakoMedia

いつも昔の話を面白おかしく話してくれる有希さん、今回インタヴューしてても、頬の筋肉が痛くなるほど笑った。
そんな彼女の入試もかなりぶっ飛んでいる。


入試前の準備

この時の話は彼女のYoutubeチャンネルでも語っています。
もう20年近く前のお話、何が何でもフィンランドに行きたかった彼女はまだまだ突っ走る。

「私、英語できないじゃん?
しかも願書の要項も自分の都合の良いところだけサーって読んで出しちゃったから、ちゃんと読んでなかったのね。
でも実技試験を受けに行くにあたって、プロフィールとか本格的な書類を出さないといけなかったの。
全部の項目を埋めたんだけど「フィンランド語が話せない人は英語のテストの証明書を提出してください」って項目があって、「ここの欄だけチェックできないなあ」って思ってさ。
高校の英語の先生にも確認してもらってたどり着いた答えが「じゃあフィンランド語ができることにしちゃえばこの書類いらないよね」っていう…。笑」

え!!!(筆者、唖然)

「そこからその先生の知り合いの伝手をどんどんたどっていって…どこからどうたどり着いたか未だによくわかんないんだけど、こういう時って見つかるんだよね〜、フィンランド語を専攻で勉強していた学生さん。
英語の願書に自分でフィンランド語で書いたのをその人に確認してもらったの。

そして併せて要項を一緒に確認してもらったら「演奏試験の後にインタヴューも行います」って書いてあって、「これインタヴューはフィンランド語でやらないと話にならないだろう」ってなって、言いたいことをリストアップして自分でフィンランド語の辞書から単語を探して、学生さんが添削してくれたの。
A4一枚くらいの長いスピーチだったんだけど。
で、試験前に全部覚えた。」

(再・筆者唖然)

入試でのインタヴュー

「で、実際のインタヴューでは

『私は今フィンランド語を勉強中なので、質問は受け付けません!』
とか
『私をこの学校に入れてくれたら、あなた達先生方に損はさせません!』

って言って、その他にも志望動機とかを全部一方的に話して、お辞儀して帰った。

それで、合格させてもらって、フィンランドきたって感じ。

前回の記事の話)それまで留学に迷っていたときには全く行動を起こす気になれなかったのに、フィンランド語だけはスラスラ入ってきて、できる限りのことを何とかしてでも来たいっていう行動力につながったのは、フィンランドに導かれていたからだと思う。
自分の力だけじゃない。それに今じゃ恥ずかしくて絶対できない!笑」

そうだね、今は学校のシステム的にも無理です!笑

でも有希さん、私はまだ覚えてるよ。
シベリウス音楽院の最後の卒業試験で、ヴァイオリンの歴史の中でも数少ない満点卒業を取ったあなたに、入試の審査員にもいた先生が講評で言った言葉を感極まりながら教えてくれたね。

「あなたが入試のインタヴューで言ったこと、本当だったわね。
あなたは私たちに一切の損をさせなかった

あなたは本当にすごい人だと思うよ。
尊敬しています。

Duo Unikekoの録音にて ©️AyakoMedia

フィンランド留学で得たもの

「音楽人生でいうなら音楽の幅を広げてもらった、深みを持たせてもらったよね。
得たもの全てが今につながってる。

第一期が技術とか自分に自信を持つとか、個性をすごく引き出してくれた原田先生が作ってくれた時期で、第二期がフィンランドだとするなら、音楽の幅の深みを広げてもらったシベリウス音楽院で学べた時間かな。すごく貴重だった。

当時学費がないのも大きくて、両親を説得する大きな材料になったのもあるね。
学校のシステムにも救われたし、素晴らしい演奏家がいっぱいいて、特にアンサンブルが楽しかった。
やっぱりこっちのオケのサウンドが好きだよ。

オーケストラの授業の時に、それまでイマイチどんな音で弾いていいかわからなくて…。
でもある指揮者に「後ろから前の人に圧を掛けるくらい、後ろの人から前に向かって音を出しなさい。」って言われたんだよね。
日本ではそれとは正反対のような雰囲気があってずっとコソコソ弾いてたんだけど、その時の指揮者が「皆んなが出してくれた音を整理するのが私です。やりたいことをとにかく出してください。出しまくってくれないと音の動線が取れない。皆んなの音が混ざってオーケストラの個性になるでしょ?」って話をしてくれたことがあって、「なるほど、やりたいことやっていいんだ」と思ったんだよね。
もちろんある程度のルールの中だけど、でもその中で「自分の好きな音を出していいんだ」ってわかって、結構ゴリゴリ弾いても何も言われないし。
ここではそれがズレじゃなくて幅なんだよね。
前の人とほんの数コンマのタイミングがズレたって、それがズレじゃなくて幅になるから、ちょっと俯瞰して全体的に聴いたらその1ミリ以下のズレがいいように作用しているであろうっていう風に感覚が変わっていった
こっちの人はあまり人の目も気にしないし、弓がちょっとズレたって「ごめんね」で済ませられるようになったしね。
やりすぎたら指揮者が止めるし、そして指揮者のやりたいことを皆んなで汲んで音楽を作っていくから、演奏者と指揮者の間に溝がないんですね、って思った。

それに昔は管楽器、打楽器、弦楽器ってそれぞれ線が引かれているように感じていたけれど、シベリウス音楽院で学び始めてからそれがなくなった。
この楽器がこう弾いたら、弦がそれに応えて…っていう音楽が立体的になっていく感覚を体感できた。
シベリウス音楽院でアンサンブルを作っていく過程を見せてもらう体験をいっぱいしました。

何でも吸収できる時期にここで学べて、本当に良かったと思ってる。
高校生ならではの複雑な青春時代を過ごした後の音楽に一番のめり込めるタイミングを、自分の年齢的にも一番いい時期をここで過ごさせてもらったと思う。」

Duo UnikekoのCDブックレット内掲載 ©️AyakoMedia

アンサンブルの楽しさを知った人生最高の瞬間

「シベリウス音楽院のアンサンブルの授業で、ピアノトリオでピアソラのオブリビオンをやったんだけど、初めて「ピアノとチェロと自分がトライアングルで縦に音が鳴っていて、その二人の特色の違う楽器とバランスの取れた音を出せたな」と思った瞬間があった。二十歳になったくらいかな。
オーケストラで「他の人とアンサンブルをする時の聴き方」を鍛えてもらった後かも。
それまでは自分の音に必死で、何ならピアニストは「伴奏者、付いてきてもらうもの、ソリストは私」って考えで、下手したら1割も他の人の音を聴いていなかったかもしれない。
でもこっちにきてアンサンブルで、自分の音以上に相手の音を聴くということを学ばせてもらった。

最初は聞いているだけっていうか「聞こえているだけ」で「自分が相手の楽器を弾いているかのように聴いていなきゃダメ」って言われてもなかなか理解できなかったんだけど、でも自分がその楽器弾いているくらいって言われたら「そのパートが全部頭に入ってなきゃダメだ」って理解したの。
だから最初のうちは失敗が多くて、相手の音聴いてたら自分が入れないんだよ。
わかんなくちゃうの、忘れちゃうの、今何弾いているんだっけって。
そのバランスを見つけるのに、1−2年くらい掛かったかな。
「他の人の音を聴くって、こんなに大変だったんだ」って。
ソリストってだって必ずオケとかピアノとか一緒に弾いてくれる人がいて、その人を「関係ない」ってしたら音楽は作りあげられないってことに気付かされた。

その後のオブリビオンの本番では「自分の音が手元から離れて、音のトライアングルに混ざり合っていく感覚」を感じられたの。
初めて「自分の音を手放す」っていう感覚があった。
今までは楽器を耳元だけで弾いていたけど、自分の音が二人の音に混ざって客席に飛んでいく感覚。
「やりすぎていないかな」「相手がどう出るかな」って客観的に聴きながら演奏できたのをすごい覚えていて、それができるようになってからはアンサンブルがすごく楽しくなった。
他の人と弾くことってこんなに楽しいんだ、って知ったの。

Duo Unikekoの録音にて ©️AyakoMedia

これに気付けたのは本当に大きくて、ひとりぼっちで弾いていたらどこかで限界が来たと思う。
だってピアニストがいるのに、それを聞かないでフォルテッシモ弾いていたら独りよがりになるけど、一緒にフォルテッシモ弾いたら一人で弾くよりも何倍ものフォルテッシモになるんだよ。
アンサンブルを通して「音の圧」を作れるようになったんだよね。

それまでは「私を見てくださいっ!」って気持ちでガツガツ弾いていたんだけど、アンサンブルを知ってからそれも薄れていったかな。

それからアンサンブルで自分が出す音への責任感
自分が無意識に出した音で、その音楽を良くも悪くもさせるんだ、って気付いたの。
怖くなるわけじゃないけど、気をつけなきゃって感じたこともあった。

それでもあの「自分の音が混ざり合って、手から離れていく感覚」って最高だったんだよね。
本番中だったんだけど、今でもよく覚えてるよ。

あとがき

今回も長くなりましたが、お楽しみいただけたでしょうか。

現在シベリウス音楽院に留学するためには、学校が指定した英語またはフィンランド語検定試験の点数証明が必須です。
10年前に英語ができると自負していた私でさえ、相当苦労しました。
(ちなみに筆者は留学のための英語留年を2年経験しました。)
詳しくはヘルシンキ芸術大学のホームページをご覧ください。
最近システムが変わって、ビデオ受験も可能になりました。
(2025年1月の募集要項は2024年11月末に以下リンクに掲示される予定)。

なので、「私はフィンランド語ができる外国人です」と申請しても、フィンランド語検定テストの点数を証明しないと合格できても最悪勉強が始められません!笑

それでも有希さんがおっしゃっていた通り、シベリウス音楽院で勉強できるということは大変貴重なものです。
もしシベリウス音楽院(現:ヘルシンキ芸術大学)に留学をお考えの方は、ぜひ受験に挑戦してください。
人生で大切なことを、音楽や人との触れ合いの中で学ぶことができます。

次は最後の記事、音楽以外の大事なこと、そして日本の皆様にメッセージです。

有希さんのSNS

有希さんのブログの留学初期のお話は腹抱えて笑えるほど面白いので、ぜひ読んでみてください。
次回もお楽しみに!


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