チューバ: Sanna Sadeharju①
サンナと私
忘れもしない2013年8月、筆者のシベリウス音楽院での留学生活が始まった。
最初からフィンランド人学生と一緒にオリエンテーションに入るのかと思いきや、筆者は専攻も楽器も国籍もごちゃ混ぜの留学生グループに振り分けられたため、実際のところ管楽器専攻生の新入生ミーティングに呼ばれたのは入学から一週間近く経ってからのことだった。
どんなフィンランド人の学生がいるんだろう、とドキドキしながらミーティングに参加した。
皆んなで円になって座って、自己紹介をし合った記憶がある。
その時のミーティングにいた学生の一人がチューバのサンナだった。
その時はあまり話すことはなかったけど、やっぱり楽器的にも近いし、色んなところで会うようになって仲良くなって、卒業後は数年間ヘルシンキ警察音楽隊で同僚にもなった。
このプロジェクトを始める上で一番最初にお願いするフィンランド人は彼女に決めていた。
その理由はぜひ記事を読んで実感してほしい。
今回この記事を書くにあたって、サンナには休日に楽器を持ってヘルシンキのど真ん中まで出てきてもらいました。
父の日の日曜日、街中はフィンランド国旗でいっぱい!
おかげで素晴らしい写真を撮ることができました。
ありがとう、サンナ!
自己紹介とチューバとの出会い
「サンナ、サンナ・メリ・トゥーリ・サデハルユです。コッコラ出身です。
チューバを始めたのは小学校3年生、10歳くらいの時に、音楽に特化した音楽クラスに入って専攻の楽器を選ぶときに、オーケストラの楽器紹介で見たチューバがカッコいいなと思ったから。
フィンランドの音楽クラスには地域の音楽学校と提携して、楽器を紹介して選ばせてその後音楽学校のレッスンに通うようにするシステムがあってね。
そこでチューバを見て「わあ、あの光ってる低い音が出る楽器はなんだろう!」って思ったの。それが始まりでそこからずっと吹いてる。
その前に2年くらいピアノを弾いていたんだけど、合わなかったんだよね。
音楽クラスでチューバを吹いてみて「これ絶対やりたい」って思った。そんなに人気のある楽器じゃないだろうから、絶対できるって思ったし。笑
もちろんクラリネットとかもいいなって思ったけど、やっぱりチューバだった。思春期には辞めたいなって思ったこともあったけど、仲のいい友達がみんな楽器やってて、一緒に過ごす時が楽しかったから続けることができたよ。
音楽学校にはチューバと吹奏楽のレッスンで通いました。大きな音楽学校だったから、吹奏楽が4グループもあってとても楽しかったよ。現在も当時のまま、いい雰囲気みたい。
その後も音楽学校に通いながら、カウスティネン音楽高校を卒業して、徴兵制で軍楽隊に入って、軍楽隊に行った後、ラハティの職業学校で勉強してからシベリウス音楽院に進学しました。
プロを目指したきっかけ
「幼い頃からずっとずっとミュージシャンになりたかったの。
最初はブリトニー・スピアーズみたいな歌手になりたかったんだけど、オーケストラで吹いたり、10代の頃にお世話になった先生が熱心な方だったのもあって、どういう訳だか楽器から離れることができなくて。そして自分にとって(楽器を吹くことが)簡単なことではないけれど楽しい、って気づいたんだ。
そして先生に「もしプロになりたいんだったら、そういう勉強をしてみたら?」って言われて「それいいかも!」って感じで進路決めたの。他にやりたいこともなかったしね。
それに楽器を吹いて稼げる、仕事ができるっていいアイディアだと思ったのよ。自由な時間でできる仕事が、私に向いてるなって。」
実は後から知ったことだが、サンナは歌がとても上手い。
2024年夏、ヘルシンキ警察音楽隊がヘルシンキのミュージックセンターの大ホールで開催したコンサートで、サンナは超満員のステージでリヴァーダンスの冒頭のソロを鮮やかに歌ったのだ。
彼女の声はものすごく透き通ったソプラノ。
客席で聴いてた筆者は鳥肌がたった。
それくらい歌も上手い彼女、なぜそれでもチューバを選んだんだろう。
「そうねえ、歌手っていうのは仕事にするのが大変なんだよ。
もうスーパーハイレベルの歌唱力で、さらに自分を商品として上手に宣伝できる人じゃないと表に出てこれない。
でもさ、チューバ奏者って…少ないでしょ?笑
吹いてるとかっこいいし、ちょっと特別感があるじゃない?
奏者の数が少ない分、チューバの方が前に進める可能性が歌よりもっとあるんじゃないかって思ったの。
だから、歌手の道より前にチューバの選択肢にドアが開いたって感じ。
チューバの方が演奏できるものの幅も広いし、奏者たちもみんないい人たちだから仲もいいから楽しい。
けど、歌は競争がめちゃくちゃ激しい。
でも、両方できたらいいよね。歌はゆるくサイドビジネスって感じでさ。」
恩師から言葉:「大切なことは音楽だ」
ステージではどんなことを考えているのか、心掛けているか聞いてみた。
「え、色んなこと考えてえるよ。笑
私、すごく緊張しちゃうんだよね。
だからどうにかして自分の緊張を誤魔化そうとしてる。
例えば繊細なクラシックの作品だったら、他の素晴らしい共演者の演奏に集中して、耳と心を音楽に向けるようにしてる。もちろん「大切なことは音楽だ」って、その瞬間の音楽に集中するんだって恩師のペトリ・ケスキタロが言っていた言葉を思い出すけど、毎回そう上手くはいかないなあ。
結構別なこと考えているかも。笑
だけど、Timo Brass Bandとかポップな音楽を演奏する時は全然緊張しないの。心の底から楽しんでる。」
ペトリ・ケスキタロは長年にわたってヘルシンキ・フィルでチューバ奏者を勤め、シベリウス音楽院でも教えていたフィンランドを代表するチューバ奏者だ。チューバだけでなく、室内楽や作曲、更には打楽器から何でもこなすマルチプレーヤーだったが、残念ながら2023年春に急逝してしまった。
彼のサンナに掛けた「大切なことは音楽だ」とは、どういう意味だったんだろう。
「ペトリは私がすごく緊張しやすいのを知っていて、私のシベリウス音楽院の卒業試験の直前に音楽に集中しろ!って意味でこの言葉を掛けてくれたの。直接言ってくれた他に携帯にメッセージまで送ってくれた、それくらい大切な言葉。
音楽って楽しむものなのに、緊張するとそれが横道に外れてしまう。別に卒業試験はこの世で一番難しいものでもないし、ましてや脳外科みたいな大きな手術をするわけでもない。大事なのは、音楽というとても素晴らしいもので、集中して何もかもを手放して「ショー(show)」をすることだって。
この言葉には3つの意味があると思ってる。自分のことに集中すること、音楽を楽しむこと、そして音楽に対して真剣に向き合うこと。最終的には全て音楽に繋がっている。短いけれど、いい言葉。」
好きなアーティストと自分に合っている音楽
幼い頃には歌手に憧れ、今はクラシックと軽音楽(ポップス等の大衆音楽全般)、どちらも演奏しているサンナ。
実際、どっちがより自分に合っていると感じてるのだろうか。
「合っているなと感じるのは軽音楽かな、休みの時でも聴いてるし。
演奏するのも好きなんだけど、実は一度も勉強した事ないんだよね。笑
クラシックも好きだけど、ポップスの方が自分にとって自然なものだと思う。
好きなアーティストを軽音楽であげるなら、John Mitchellかな。
もしクラシックの作曲家であげるなら、もちろんシベリウスも好きだけどストラヴィンスキーも好き。ストラヴィンスキーの「春の祭典」が好きなの。
2008年にベルリンであったユースオーケストラに乗った時のプログラムで、当時コッコラでお世話になっていたスヴィ・グスタフソン先生が「春祭にはチューバ2本あるから応募してみたら」って言ってくれて応募したの。
で、合格したんだけど、その時は春祭がどんな曲か知らなくて、もう一人のチューバの先生ハッリ・リッヅレ(ラハティ響)に言ったらびっくりしちゃってね。
「サンナ、君はこのオーケストラに合格してこの曲を吹くからには、今から準備しないといけない。これは専門的でとても難しい曲だよ。図書館からスコアを借りてきて読んで、最低でも毎日一回この曲を聴きなさい。」って言われたの。
多分当時の私には技術的にも音楽的にも難しすぎると思われたんだと思う。
でもこうして「難しいけれど美しい音楽」を深く勉強したから、人生で経験した最高のコンサートの一つになったよ。
まだ高校生でコッコラにいた時の話だけど、よく覚えてる。
あとがき
ここまではサンナのプロを目指すまでのお話でした。
次回はさらに歌とチューバ、そしてお仕事や休日の過ごし方等です。どうぞお楽しみに!
サンナの演奏動画
サンナの所属するTimo Brass Bandのホームページはこちら。
この記事が掲載される時期的には少々早いですがクリスマスソングの動画と、インスタの笑えるショート動画をお届けします。
Timo Brass Bandはいつか日本に行きたいと思っているようなので、ぜひたくさんの方に知っていただきたいバンドです。
スーザフォンを背負って吹きながら爆走するサンナ、本当にすごすぎ。笑
そしてサンナの現職場のヘルシンキ警察音楽隊のホームページはこちらです。こちらにもたくさん動画がありますので、ぜひチェックしてみてください!
では、また!