誰かの気持ちをとどける仕事
先日、会社に社員の子どもたちがやってくるというとてもすてきなイベントがあった。いつも鋭く厳しい眼光を放ちながら仕事をしている人たちも、なんだか知らないうちに目尻が下がってしまって、会社全体がふわふわして、黄色い幸せな笑い声に満たされる1日だった。私は社内のクリエイティブディレクターが講師になって「広告クリエイティブづくり」を子どもたちがプチ体験する、そんなワークショップのお手伝いをした。
きっとだれもが通る道
私はデジタル専業の広告代理店で働いている。
デジタルの広告代理店なんて言えば、なんとなくキラキラして、ちょっと派手でいわゆるリア充っぽいイメージを持つかもしれないけど、ほんとうに乱暴に言ってしまえば、つねに変わりゆく数字を追いかけ、細かな調整をし、小さい利鞘で手数料を稼ぐ労働集約型のそんなビジネスだ。
日々の仕事は膨大で、肉体的にも精神的にもタフでないとやっていけない場面も少なくない。アウトプットとして求められるレベルも高いし、マーケットは常に変化していて、半年前にやっていたことが古くなってしまうなんてしょっちゅう。逆に言えば、常に変化し続けているのでちょっとした刺激じゃ全然物足りない刺激中毒な私にとってぴったりの職場だとも思う。
明るくポジティブで、どうやったら仲間の力になれるのかを本気で考えているすばらしい人がたくさん働いているけど、どうしてこんなことをしているんだろう、とふと虚しさを覚える瞬間は、きっとみんなにあったはずだ。たとえ、どんなに高い志を持っていても、どんなに大きな夢を持っていても、ふとそんなふうに思ってしまうことは、仕事をしている人たちみんなにある。
広告は煩わしい。実際に生活者として目に触れる広告はいつも邪魔だなぁと思うし、間違えて広告をクリックしてしまったときはあちゃーという気持ちになる。YouTubeの広告はいつでもスキップしたい。でも、それでも、私たちがつくっている広告の先で、誰かの気持ちが動いているのは紛れもない事実だ。実際のコンバージョンレート*は数%、もしかしたらたったコンマ数%しかないかもしれない。でも、その数%は、人の気持ちが動いたまぎれもない証拠になっている。
その先にあるひとりひとりのストーリー
「おとうさん、おかあさんは、だれかのきもちをとどけるしごとをしています。」
ワークショップの講師をやってくれたクリエイティブディレクターは広告代理店の仕事をそんな風に説明していた。普段は1度聞いただけじゃ覚えられない奇っ怪なカタカナことばや小難しい英語の略称ばかり使っているけど、やっていることそのものは、子どもにもわかる単純なことばに置き換えることができるんだなあと妙に納得した。さすがクリエイティブディレクター。
自分の可能性と夢を信じて、就活サイトで憧れの会社へのエントリーを済ませ、やる気にあふれる大学生。大好きな彼氏と夏休みに海に行くのが決まって、わくわくした嬉しい気持ちで脱毛サロンを探している女の子。新しいちいさな家族が増えて、保険を見直そうと考える新米パパ。私たちがデータとして目にしているコンマ数%はきっとそんな人たちの集合体なんだと思う。ひとつひとつのエピソードやストーリーに寄り添いながら日々押し寄せてくる仕事に向き合うのは難しいけれど、そんなひとたちが、私たちが配信している広告の先に待っている。
仕事のおもしろさはタイミングや立場でどんどん変わっていくけど、広告、ひろくマーケティングの仕事の魅力は、どんな職種でも、どんな役職であっても、「誰かの気持ちを届けること」なんだと思う。ただかわいい子どもたちに会いたかっただけの場所で、それを思い出すことができてとても嬉しかった。
当日、ワークショップを一緒に手伝ってくれた1年目の女の子は、「毎日忙しくて、涙が出てくるようなミスばっかりだけど、自分がなんでここで働きたいと思ったか思い出しました」と言っていた。私が感動して、インスタグラムのストーリーに投稿した写真に「俺はこの仕事に誇りを持ってるよ」とさらっと返信してくれた同僚もいた。(かっこつけすぎかよ。)誰かに気持ちを届けて、その人の行動を変えていくことはとてもとても難しい。普段、目の前にいる人にすら、思いを届けることが難しいのに、相手を想像して、どうやったら気持ちを届けることができるのか真剣に向き合っている人たちが、この職場には何百人もいる。
私もこの会社で働くみんなに、この業界にいるたくさんの同志たちに負けないように、これからもずっと誰かの気持ちを届ける仕事を生業にしていきたい。
今週、私は29歳になった。まだまだ子どものような気持ちで、自分が29歳だなんて信じられない。30歳の大台まであと1年、と思わずにはいられないけど、はっきり言って年齡なんてただの記号だ。これまでやってきたことにはきちんと自信を持ち、私らしい遊び心は絶対に忘れない。だけどこれからはちょっとクールに。そんな風にこの1年を過ごしていきたいと思う。
コンバージョンレート*
広告業界の用語で、Conversion Rateのこと。Webサイトへのアクセス数のうち、コンバージョン(商品購入や資料請求、会員登録などの目標)に至った割合を指す。
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