夫が生理ナプキンの世話になったはなし
「あかん、出血が止まらん」
強張った顔で、夫は私に訴えた。長時間座っていることの多い彼は、痔主さまだ。某番組で、オリーブと表現していたが、まさしくそれくらいの大きさの爆弾を抱えて、長い間お付き合いをしている。
そのオリーブが、ついに爆発したらしい。ティッシュで押さえてみたものの、抑えきれずに血がズボンにまで染みてしまったと。
傷みだけでなく、血が止まらないという恐怖。困っている夫に、私は言っていいものか迷いつつ、提案した。
「生理ナプキン使う?」
夫は、一瞬「え?」と戸惑ったが、しばらくして「……ああ、そうか」と意味を理解したようだった。しかしその上で、
「男が使っていいものなの……?」
と、さらに戸惑った表情を浮かべた。
夫は女兄弟に囲まれて育ったから、生理の話題には慣れている。私の生理ナプキンを買ってきてくれたこともある。しかしながら、使ったことなんてこれまであるわけない。
けれど、血を押さえるため生理ナプキンほど適したものはないだろう。災害時の医療現場でも、使われていると聞いたことがある。
「別にいいでしょ」
と、さも問題ないと言った態度を装い、私はトイレからナプキンを持ってきて夫に渡した。ナプキンを夫に手渡したことなんて初めてだ。
「どうやってつけるの……」
夫は覚悟を決めたらしかった。私はナプキンを開いて、パンツにつけることを教えた。まさか娘に教えるよりも先に夫にナプキンのつけ方を教えるとは思わなかった。
ボクサーパンツにナプキンをつけた夫は、
「ごわごわする」
と言った。羽根つきの生理ナプキンだと羽の部分が不要だから痛いらしい。羽を折りたたんでつけてみることを提案した。
「悪くない」
悪くないらしい。私は彼のお尻を見て、じわじわと笑いがこみあげた。いやいや、これは笑っちゃいけない。出血が止まらないという事態に、医療的に手当てをした。ただ、それだけだ。
と、言い聞かせてみたが夫も笑っていた。
二人とも、「夫が妻の生理ナプキンをつけている」という倒錯的な状況に笑いとかすかなエロさを感じた。わたしたち夫婦は変態だろうか。
そのあと、羽なしのナプキンを買ってきてあげた。
「生理の気持ちわかるわ。立ち上がったときに血が出るこの感じ。すごい嫌。明日出社予定だったけど、在宅にしたい」
しばらくしてから、夫が言った。生理並みに出血している痔の様子も気になるが、言っていることが完全に生理中の私だった。
「お風呂も一人でゆっくり入りたいでしょ」
「うん、子どもと一緒とか嫌。ゆっくり入ってあったまりたい。しっかり洗いたいし……」
その日の子どものお風呂担当は、私が引き受けた。寝る前に夫がナプキンから血が漏れるのではないかと気にしていたので「夜用がある」と言って渡すと感動していた。
痔が悪化して辛い思いをしている彼には悪いが、疑似生理体験をしてもらうことで、私の生理時の苦労が報われた気がした。
生理になると、「だるい」とか、「あまり遠出はしたくない」とか、そういうネガティブな気持ちに多かれ少なかれなるのだけど、いつも通り過ごさなきゃと思って口をつぐんできた。
それが、伝わった気がした。絶対分かり合えないだろうと思っていた異性に。この出来事に私はいたく感動した。
ちなみに彼の痔は、病院にいって無事に治った。これほどまでに出血したというのに、手術をする必要性はないらしい。痔もちの人の苦労も垣間見た気がした。大痔主の人は、日々大変なんじゃないだろうか……。
妻に生理ナプキンを渡されて、素直にそれを受けいれる彼の柔軟性も素敵だと思う。
というわけで、「夫が生理ナプキンの世話になったはなし」でした。