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《無駄話》源氏物語がたり(後編)

こんばんは。
Ayaです。
2日続けての自己満企画
私の偏見で『源氏物語』に登場する女君たち
後編です。

真の成功者? 花散里

35歳の春、源氏は六条御息所の旧邸宅とその周辺にまたがる広大な邸を建てます。敷地には四季の花々を植え、主だった妻子を住まわせます。
春の邸には紫の上と姫君
秋の邸には秋好中宮(六条御息所の娘、養女。冷泉帝中宮)
冬の邸には明石の君
夏の邸に住まわせたのが、この花散里です。

花散里(『あさきゆめみし』より)


源氏と花散里がいつ結ばれたのかは他の女君と同様、はっきりしません。花散里は大臣の娘で、桐壺帝の妃のひとり麗景殿女御の妹でした。この麗景殿女御が源氏と親しくしていたのが、ふたりの出会いのきっかけだったようです。
作中でも『美人ではないが、温和な性格』と描かれています。身分的には紫の上と張り合えるはずですが、この性格のためか、良好な関係を保っています。
六条院の夏の邸に移ってからは、源氏は彼女に息子の夕霧や養女・玉鬘(夕顔の娘)の親代わりを任せています。夕霧の件は自分の過去もあり紫の上と接触させないようにするためでもあったようですが、彼女を信頼していたのでしょう。彼女も親身に夕霧の世話をして、のちにはその娘も養育しています。
源氏の没後は、六条院を離れ、もともと住んでいた二条東院へ戻ったと続編・宇治十帖に書かれています。夕霧は礼節を重んじる人物ですので、彼女のことを日頃から気にかけているようです。
夕霧はのちに左大臣まで出世していますので、その養母として花散里も平穏な晩年を過ごしたと思われます。
紫の上をはじめ源氏と関わった女性たちは嫉妬に苦しみましたが、花散里は表面的には嫉妬に苦しまず、自分の立場を貫きました。ある意味で一番の成功者といえるかもしれません。

いわゆる彼氏の女友達? 朝顔の君

モテモテの源氏ですが、なかには何度求婚しても拒み続ける女性もいました。いちばん有名なのが、朝顔の君でしょう。

朝顔の君(『あさきゆめみし』より)


朝顔の君は桐壺帝の弟桃園式部卿宮の娘で、源氏にとっては従妹にあたる女性です。当然身分も高いので、葵の上没後には再婚相手の候補と噂されていました。源氏も何度も口説きますが、朝顔の君は拒み続けます。
朝顔の君が源氏を愛していないわけではないのです。自分の母親が父親の愛人たちへの嫉妬に苦しむのをみて育ってきた彼女は、男女の仲になるのは拒み続け、友人としての関係を保ち続けます。
初めて源氏物語を読んだ時(『あさきゆめみし』ですが)、この朝顔の君がいちばん好きでした。しかし、何度も読むにつれて、考えが変わってきました。
まず、『朝顔』という名前です。男性と一夜を過ごした女性の寝起きの顔を暗示するのによく使われたようです。『あさきゆめみし』の作者・大和和紀氏はこれを気にして、わざわざ槿という漢字をあてています。源氏と朝顔の君が男女の関係にあったのか、学者によっても見解が異なるそうですが、私はあったと考えるようになりました。
そして、朝顔の君は気がついたのではないでしょうか。藤壺への禁断の恋をしている源氏にとって、手に入れて仕舞えば、自分はその他大勢の女性たちと変わらないということに。そんな存在になるぐらいなら、友人として特別な存在になりたいー。そのため、二度目以降を拒み続けたのではないでしょうか。
源氏は当初不満だったものの、紫の上を手に入れたことで、朝顔の君との関係を維持しつづけました。
しかし、紫の上としては、彼女と源氏の関係は心痛の種だったことでしょう。いくら当人たちは終わった関係と思っていても、やけぽっくりに火がつくとも限りませんし、紫の上は自分の正妻としての立場が弱いこともわかっていたでしょうから。最近のSNSでよくみるマウントをとる彼氏の女友達ような存在でしょうか。
朝顔の君が出家したと聞いて、紫の上は安堵したのではないでしょうか。しかし、その直後、女三の宮の降嫁の話が持ち込まれるのですから、紫式部の巧さには感服します。

影のヒロイン 六条御息所

源氏物語のヒロインは紫の上ですが、その存在を霞ませてしまうほどの女性がいます。六条御息所です。

六条御息所と葵の上(『あさきゆめみし』より)


実際、彼女のほうが芸術家の創作意欲を掻き立てるらしく、能曲『葵上』や上村松園の『焔』など名作がたくさん生み出されています。

上村松園『焔』

生前は生霊として夕顔や葵の上に、死後は怨霊として紫の上や女三の宮に取り憑き、源氏を苦しめ続けました。たしかに恐ろしい女性というイメージが強いですが、物語を読み返すうち、そのイメージも変わってきます。
源氏と彼女が結ばれた時期はあいかわらずはっきりしませんが、藤壺との禁断の恋の時期と重なります。藤壺への思いを断ち切るため、同じような上流の貴婦人であった彼女に言い寄ったのではないでしょうか。
そもそも六条御息所は不幸な人生を歩んでいました。桐壺帝の弟の東宮へ入内し、未来の皇后候補だったわけですが、その夫が亡くなり、若くして未亡人となってしまったのです。しかも、まだ幼い娘(後の秋好中宮)を育てなくてはなりません。入内するほどの家柄ですから、男性の親族がいてもいいはずですが、そのような親族は描かれていません。源氏から言い寄られたときに受け入れたのは、娘の今後を思ってのことだったのかもしれません。
しかし、関係を持つと、彼女は源氏との関係にどんどん囚わる一方で、源氏は急速に醒めていきます。
報われない恋情は生き霊となって、夕顔や葵の上を殺してしまいます。自分の仕業だと気がついたとき、六条御息所は娘の伊勢下りに従って都を出立することにします。さすがに良心が痛んだのか、源氏は潔斎中の野宮を訪ね、ふたりは別れを告げます。
このシーンは源氏物語屈指の名場面でしょう。

野宮神社

朱雀帝の退位によって、娘も斎宮の務めを終え、六条御息所も帰京しますが、すでに病を得ていました。その病床を見舞う源氏ですが、娘への下心を隠そうともしません。しかし、自分の死後の娘を託すしかない六条御息所は自分のようにしてくれるなと釘を刺すことしかできず、そのまま亡くなります。さすがの源氏も手を出さず、娘は冷泉帝に入内します。そのまま寵愛をうけて中宮となったことで、源氏の後宮政策を盤石なものとします。
死後も六条御息所の怨霊は女性たちを苦しめました。しかし、怨霊というのは菅原道真の例もあるように、罪悪感が生み出す存在です。源氏自身も、彼女への罪悪感に苦しめられていた証左でしょう。


長々とお粗末さまでした。
まだまだ語りたい登場人物もいますが、これ以上はマズいのでやめておきます笑
多分録画になりますが、大河ドラマが楽しみです。












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