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《聖書-13》聖母マリア
こんにちは。
Ayaです。
《聖書》マガジンを久しぶりに更新します。前回までは旧約聖書でしたが、今回から新約聖書を取り上げます。
新約聖書とはイエス=キリストの生涯について彼の弟子たちがまとめたとされる書物です。
イエスは当時のユダヤ教では考えられない新しい”赦しの神”をとなえ、ユダヤ教高位聖職者たちに睨まれてゴルゴダの丘で磔刑に処されました。しかし、その後”復活”を遂げたことで、『キリスト(※救世主メシアのギリシア語読み)』とされることとなります。これがキリスト教の起源です。
キリスト教は古代ローマ社会では弾圧されていましたが、392年国教化以降教義の統一をおこなっていきます。中には正統として認められず、『異端』として弾圧されていく宗派もありました。中でも解釈が割れたのが、イエスの母・マリアについてです。
聖母マリアについての聖書の記述は限られています。まずは彼女の人生を変えただろう受胎告知から取り上げます。
受胎告知
受胎告知について記述があるのは、ルカによる福音書です。長いですが、そのやりとりを引用します。
ナザレ地方に住む乙女・マリアの前に大天使ガブリエルが現れます。そして、
「おめでとう、恵まれた方。主はあなたとともにおられる」
マリアはこの言葉に戸惑い、いったいこの挨拶は何のことかと考え込んだ。すると、天使は言った。
「マリア、恐れることはない。あなたは神から恵みをいただいた。あなたは身ごもって男の子を産むが、その子をイエスと名付けなさい。その子は偉大な人になり、いと高き方の子と言われる。神である主は、彼に父ダビデの王座をくださる。彼は永遠にヤコブの家を治め、その支配は終わることがない」
マリアは天使に言った。
「どうして、そんなことがありえましょうか。わたしは男の人を知りませんのに」
天使は答えた。
「聖霊があなたに降り、いと高き方の力があなたを包む。あなたの親類のエリザベトも、年を取っているが、男の子を身ごもっている。不妊の女と言われていたのに、もう六か月になっている。神にできないことは何一つない」
マリアは言った。
「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身になりますように」
このガブリエルとのやりとりでも、マリアの信心深さが感じられます。
突然天使が現れ、身の覚えのない妊娠を告げられる。十戒でも書いたように、婚前交渉は認められていません。それなのに、「神の子だから産め」といわれる―想像を絶する恐怖です。ですが最終的には彼女は「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身になりますように」と受け入れるのです。そして、これは『悲しみの母』となる運命も受け入れたこととなるのです。
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受胎告知では大天使ガブリエルの登場、マリアの驚き、受諾の場面と描かれるが、特に受諾が好まれる。この作品ではアダムとイブの原罪も描かれている。
エジプト逃避とその後
さて、大天使ガブリエルの言葉を、マリアは婚約者ヨセフに伝えます。当然ヨセフはマリアの言い分を疑い、別れを考えます。しかし、彼の夢に天使が現れ説得されたので、別れることをやめ、二人は結婚しました。
さて、《無駄話》クリスマストリビアでも取り上げたように、ローマ皇帝アウグストゥスの人口調査のため、臨月のマリアを連れ、ヨセフはベツレヘムへ向かいます。馬小屋で一夜を明かすうち、マリアは産気づき、ガブリエルの言葉どおり男の子を出産します。イエスの誕生です。
その後、羊飼いの礼拝、東方三博士の礼拝を受けます。しかし、この東方三博士、余計なことをしてしまいます。ユダヤ王ヘロデ王に「星の導きによって新たな王の誕生を知りました。どこにおられますか?」と聞いてしまったのです。
このヘロデ王、生まれた家は大したことありませんでしたが、ローマ帝国の後ろ盾を得て支配を確立した成り上がり者でした。当然王位の正統性はありませんので、三博士の言葉に怒り、”新たな王”の殺害を決意しました。しかし、表向きは平静を装い、「自分の礼拝したいので見つけたら教えてほしい」と三博士に頼みます。
ヘロデ王の真意を知らなかった東方三博士でしたが、虫の知らせ(勿論天使によるものです)で危険を感じ、ヘロデ王に報告せずに帰国してしまいます。東方三博士の帰国を知ったヘロデ王はさらに激怒し、エルサレムにいる2歳以下の男児を皆殺しにするように命じます。
王の命令を受けた軍は、実行します。最初はきちんと条件に合うか確認していたでしょうが、はじまるとよくあるように確認する手間を惜しむようになります。年齢や下手すると性別すら確認せず、幼児を見つけ次第殺害していきます。親たちは必死に抵抗しましたが、なすすべもありませんでした。犠牲になった幼児たちは、キリスト教初の殉教者とされています。
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幼児虐殺のエピソードを制作当時のネーデルランドに置き換えている。のちに持ち主の依頼によって犠牲者の遺体が壺などに加筆され、現在修復不可能。
勿論、イエスは犠牲になりませんでした。夢のお告げを受けたヨセフが、家族を連れてエジプトへ逃げていたからです。
虐殺が終わったあと、一家はナザレ地方へ戻りました。この帰郷後からイエスが洗礼者ヨセフによって洗礼を受けるまでの期間は、ほとんど聖書の記述はありません。大工だったヨセフに教えを受け、普通の大工の息子としてイエスは成長していったことでしょう。
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ラ・トゥールは『炎の画家』と呼ばれたカラヴァジョスキのひとり。イエスに炎を持たせることで、『世の光』を表現している。
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『両親の家のキリスト』
父の作業場で怪我をするイエス、心配するマリア、水を運ぶ洗礼者ヨハネが描かれているが、あまりに聖性を感じないと不評だった。
ところが、ひとつだけエピソードを聖書は伝えています。イエスは両親に連れられ、エルサレムの神殿に参詣します。その途中、イエスは両親とはぐれてしまいます。マリアとヨセフは懸命に探し、神殿で律法学者たちを論破しているイエスを見つけます。マリアは「心配したじゃない」とイエスを叱りますが、彼はこう言い返したのです―。「父の家にいると言ったではないですか」。このとき、マリアは改めて息子の運命を思い知らされたのでしょう。人類の贖罪のために息子が犠牲になる運命をです。
マリア信仰
さて、前述のように初期キリスト教ではマリアについての解釈は様々でした。三位一体説をとなえるアタナシウス派が権勢を持つと、マリアも『神の母』として崇拝をうけるようになるのです。前キリスト世界の女神信仰の伝統も相まって、マリアの聖性は強調されていくこととなります。
この説を否定したのが、ルターやカルバンをはじめとするプロテスタント諸派です。彼らはマリアは借り腹に過ぎず、「ただの人間の女」だと主張したのです。
プロテスタントによる宗教改革が始まると、カトリック内の改革、いわゆる対抗宗教改革の動きが始まります。彼らが注目したのが、プロテスタント諸派が否定していたマリアの聖性でした。これを強調するために論じられるようになるのが、『無原罪の御宿り』です。
アダムとイブの子孫・人間である以上、我々は”原罪”から免れません。イエスは神の子ですから”原罪”を受けていないのは明白ですが、その母マリアはどうでしょう?”原罪”を負っている女性に精霊が宿るのか問題です。これを論破するために登場したのが、『無原罪の御宿り』です。たしかにマリアはヨアキムとアンナの娘であるが、神の特別な計らいによって原罪の穢れを免れているというものです。この教義は1854年に正式なものとなりました。
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特に有名な作品。本当は下弦の月を踏むとされているが、本作品をはじめ上弦の月で描かれることが多い。
一方、聖母マリアの聖性・処女性が強調されていくうち、巻き添えを食った人物がいます。彼女の夫ヨセフです。
聖母の永遠の処女性を強調するために、マリアとそんなに年齢が離れていなかったであろう彼は、老人とされるようになります。特にラファエロの作品ではマリアの祖父かと言いたくなるぐらいヨボヨボの老人として描かれています。
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当初イエスの後にマリアとの間に複数人こどもを儲けていたとされていたのに、いつのまにか彼らは甥や姪とされるようになってしまいます。(気の毒すぎる…)
そんな彼でも、ルネサンス期からは地位が少しだけ向上しました。家父長制度が普及してくると、一家の大黒柱として注目され、『聖ヨセフ』と呼ばれるようになるのです。
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この聖ヨセフも老人だが、力強くマリアとイエスを支えているように描かれている。
聖母マリア、以上です。久しぶりに長文!!(おい)
私たち日本人に馴染み深いのは、やはり『アヴェ=マリア』でしょうか?しかし、受胎告知のやりとりを見ていると、恐怖ですよね??身の覚えのない妊娠を天使から知らされるって‥。
マリアの夫・ヨセフは『寝取られ夫』とか失礼きわまりない言われ方をしております(ポンパドゥール夫人の夫を彷彿とさせますね‥)
さて、次回は先日の箱根美術館めぐりをまとめたいと思います。