その笑顔がもう1度見たい
精神科の患者さんは、表情の変化が乏しいことが多い。
仏頂面だったり、目の焦点が合わなかったり、ずっと怒ったような顔をしていたり。
それは、病気の症状や薬の影響によるもので、本人の性格や意志とはほぼ関係ないもの。
だから、「笑ってよ」と言ったところで、そう簡単に笑ってはくれない。
けれどたまに、患者さんたちの笑顔を目にすることがある。
普段はあまり会話もできない患者さん。いつもは幻聴にとらわれてしまって、つらくて叫んでいることも多い人。
そんな患者さんが、「今日はお母さんが会いに来る」と言って、嬉しそうに言いながら見せた笑顔。
いつも怒った口調で話しかけてくる、体格のいい男の患者さん。
たまたま、食堂でみんなが雑誌を読んだり音楽を聴いたり、手芸をしたりと好きなことをしている時間に、「これしよう」と黒ひげ危機一髪ゲームを指差して私に声をかけてきた。
私の番になって、黒ひげの人形が飛び出したとき、声をたてて笑ってくれた。そのあと何度も、人形が飛び出すたびに見せた楽しそうな笑顔。
「髪切ったの?」そう言って、朝出勤してきた私に声をかけてくれた患者さん。「似合うね」といって見せてくれた、親しげな笑顔。
病状の重い閉鎖病棟の中でも、こんな素敵な笑顔に接することができる瞬間がある。その瞬間が、私にとって、看護師としてたまらなく嬉しい瞬間だ。
精神科の患者さんは怖いと世間的に言われることも多い。でも、その笑顔を見せてくれる瞬間に、「怖い」と感じる要素はひとつもない。
病気のことなんて一瞬忘れてしまいそうになるくらい、いい表情をしている。
もう1回、笑ってほしい。もっと、笑顔で居られる時間を増やしたい。
それが私の、看護師として働く原動力なのかもしれない。