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プログラミングされたような寿命。
母のことを思わない日はない毎日です。
母が74歳になり、今まで通常に生活していたことが嘘のように、体調が悪化しました。とても残念で、後悔ばかりの日々でした。
後悔している私に色々な方から、励ましの言葉や慰めの言葉をいただきました。その中で、鍼灸師の先生からの言葉が妙に納得してしまいました。
それは、
「プログラミングされたように病気が先に走って行ったね、、」
どういう意味が後で噛みしめて考えて、納得して、心のどこかで解放されたような気分でした。
人の寿命は、遺伝子レベルで決められているのかもしれません。病気になるのもその人生の選択の中での道のりに入っていたのでしょうか。
漢方相談を15年ほどさせていただき、やはり未病の段階で病気の芽を摘むのが一番だと、その未病を見つけるのが、漢方相談で大切な事だと思っています。病気になるのも人生の選択の中で、選んでしまっていることもあります。ただ、遺伝子レベルで決められていたら、どんなに養生しても避けられない時もあります。
だから、病気は自分で作ったとは言えないこともあるということです。
ただ、生活習慣、考え方、嗜好品、姿勢など、日々の癖が必ず、良い方向にも、悪い方向にもいくことは確かだと思います。
品行方正で、正しいと思うことをして、自分を律しつつ生きていくことだけが、病気にならない生き方ではありません。
きっと良いことも悪いこともあってこその人生、良いことは一瞬のうちに終わってしまうが、悪いことばかりが続かない。だから気を取り直して進んで行くしかないと思います。
母は思いっきり生きた人生だと思います。自分が23~26歳だったころを思えば、その年齢で子供を3人産んで育てたことを、よほど修行のような環境だっただろうと想像します。
60代になり、私と一緒に店を切り盛りした12年は、第二の人生として、娘を支え、自分のやりがいもあって頑張っていたのかなと、周りの方に言っていただけると、救われる気持ちになります。
でも無理はさせてしまったのが、事実。体を壊しました。
人生は、大切な人のために、一生懸命になったことを喜びとして感じられるということが、最大の幸せと充実感を味わえるのかもしれません。
母は、病気が悪化してから、
「店で働いていたときは私は輝いていたよ、働き過ぎとかではないよ」
延命するか本人に確認した時も、
「74年生きて、そう悪い人生でなかった、悔いは無い、延命はいらない」と。
私も母が生きた人生の3分の2は過ぎてしまいました。人生は長いようで短いと思います。
残された人生を母のように、大切な人や身近な人のために人生を捧げられたら、最期にそう思えるのかな。
遺伝子でプログラミングされた人生を謳歌するために、何をすべきかを日々考えつつ、生きていきたいと思います。
生活や環境、養生で遺伝子のプログラムも書き換えは可能な部分もあると、日々の生活の積み重ねが結局は大切だと。