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「DIE WITH ZERO」私が全力で子どもと旅する理由

私は周りの人によく、いつもあちこち旅行いってて、すごいパワフルだね!と言われるのだが。

長期休暇のたびに、私が相当な時間・お金・労力を投入して、子ども達と全力で旅行をしているのには、明確な理由がある。


私が2年前に読んで多大な影響を受けた、「DIE WITH ZERO」という本に書いてあったのだが。

お金の使い道としては、何かモノを買うより、旅行をしたほうが圧倒的にコスパが良い。

なぜなら、旅の思い出というのは、その後の人生で何度でも思い返し、人に話して共有したりと、反芻して楽しむことができるのだ。

たとえ自分が寝たきりの老人になり、自由に動けなくなったとしても。

私達はいつでも思い出を通して、人生の出来事を再体験し、浸ることができる。


旅行という経験にお金を使うのは、モノと違って何も残らないような気がするが。

実は経験の方がよっぽど残り、人と共有もできて、数十年にわたって何度でも味わって楽しむことができるから、めちゃくちゃお得なのだ。

心理学の研究でも人はモノでなく、経験に金を使う方が幸せになれることを示している。
物は買った瞬間の喜びは大きいが、次第にその喜びは減っていく。
だが経験から得る価値は時間の経過とともに高まっていく。
私はこれを「記憶の配当」と呼んでいる。

DIE WITH ZERO


この本を最初に読んだときは、目から鱗が落ちたというか、目の前の霧がすうっと晴れて、ようやく視界がクリアになったような気がした。

そして、自分の人生における優先順位が明確になったおかげで、何かを選択したり決断する時に迷わなくなった。




子どもは感受性豊かで成長が速い。

同じ場所で同じ体験をしたとしても、1年違えば感じることも違ってくる。

この記事でも書いたが、大人の「今」と子どもの「今」は価値が違う。

「DIE WITH ZERO」でも、やりたいことを先送りせず、なるべく気力体力があり、感性が瑞々しい若いうちにどんどん経験に投資することを推奨している。


もちろん、その経験はべつに旅行でなくてもかまわない。

子どもの人生を豊かにするのは一緒に過ごした経験だが、それに何を選ぶかは家庭ごとの価値観や嗜好だろう。

家族で家でボードゲームやトランプをしたり、登山に行くのだって、その時しかできない貴重な経験だ。


うちの子ども達は近所の公園でピクニックするのが好きなので、天気がいい日にはリクエストに応えて、二人の好物をつめこんだポケモンのお弁当箱を持っていく。

ただ、正直私は朝からお弁当を作るだけで疲れるし、近所でのピクニックは癒やしにはなるがテンションは上がらない。

しかも夫も、ピクニックにはあまり行きたがらない。
(それでも後から振り返れば、子どもとのピクニックもまぶしい思い出になるんだろうけど)

そういう意味では、我が家で家族みんなが楽しめる経験をしようとすると、大人と子どもの興味が重なる場所へ旅行にいくのがベストの選択となりがちだ。



受験などもなく時間に余裕があり、子どもが喜んで親と一緒に旅行してくれる期間はそんなに長くない。

だったら私は、今しかできないことを優先してやりたいし、子ども達と一つでも多く、楽しい思い出を積み重ねていきたい。

人生が経験の合計であるなら、人生で一番大切なのは思い出をつくることになる。

そう気づいてからは、私は家族旅行を自分の中で最優先事項として、仕事もなるべくセーブして、1年前から旅行にあわせて職場に休暇を申請するようにした。

多少面倒だったり大変なことがあっても、今日もせっせと旅行計画を立てている。

将来自分が死ぬときは、たくさんの思い出をかみしめて、「あ〜楽しかった!」と言ってこの世を去りたい。

人生で最後の最後に残るのは、思い出なのだから。

さぁ次は、どこへ行こうかな?

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