王子の亡霊
彼がいる。
そこにいる気配を感じる。
うっとりと巧みに
心地よくたぶらかす、
おぞましいほど愚かな
わたしの王子。
その声は冷たく
いつも傍で独り言を繰る。
「君は完璧で特別な存在だ。他のひとが嫉妬するくらいに。でも残念ながら君の持つ真の偉大さは、一流の者にしか分からないだろう。君のことを分かってあげられるのは僕だけだ」
この暗闇のなかに彼の気配を感じて距離を測る。彼はわたしに君臨している。
そう、わたしの成功を妬むことこそあれ、誰も本当の偉大さを理解することなどできない。あの素晴らしい景色は特別な能力がある者にしか見えない。みんなわたしの足を引っ張るだけの馬鹿で不愉快な人たち。彼だけがわたしを理解し守ってくれる、わたしたちの王国を。
ひとつひとつわたしの美意識で選び抜き、きめ細かく配慮し完璧に制御されたこの優れた世界を土足で汚すようなやつは許さない、許さない、許さない……。
ずっとそう思ってきた、
そう思ってきたのだ。
でもそうではなかった。
灯を灯した。
彼は亡霊だった。
ただ、この暗闇のなかで
凍えて震えていただけの。
後戻りはできなかった。
彼がいるような気がした。
距離を測った。
わたしのなかにいるような
気がした。
10を数えてわたしは消えた。
わたしたちは何者でもなかった。
ただありふれた空気の一部なだけ。
灯をともした。
後戻りはできなかった。
できる限り何度も彼を殺した。
希み通り何度もわたしは死んだ。
***
灯をともすと、
自分の正体がよく見える。
誰かの声のようであったものが
自分の妄想に過ぎなかったと
気づくときから
ほんとうの自分を生き始める。
特別な自己などなく
誰もが特別なだけだ。
そしてみんな空気のなかで
ひとつにつながっている。
死と再生は生きたまま
繰り返すことができ、
わたしたちは
何度でも生まれ直せる。
***
不安定な変拍子と暗さのある音のなかに
響くロリの美しくまっすぐなうたごえ。
このパートの安定して突き進むニュアンスに
後戻りをしない意思を感じる。
ここを境目として
イントロの規則正しい7/8拍子から
サビの7拍子(4/4、3/4)と4拍子を繰り返す
不安定な変拍子への変遷は
自分たちの正体に気づいたことによって
独特で閉じたこれまでの世界に亀裂が入り、
揺らぎ変容していくさまを表現しているようにも感じる。
読んでくださって嬉しいです。 ありがとー❤️