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やまいぬ警報
「世界最強の闘犬」と呼ばれる犬が脱走し、住宅街が騒然としたというニュースが流れた。その犬はその後保護され、無事飼い主の元に戻ったらしい。
小学生の頃、田舎の小学校のグランドのすぐ横には裏山があった。標高140mほどの小さな山であるが、そこには山犬がいた。恐らく、元は飼い犬だった犬が野生化して、山に住んでいたのだろう。普段は姿を見せることは滅多にないが、数年に一度、山を下りてくることがあった。
「やまいぬが来たぞ!」
誰かの叫び声が上がり、クラスの全員が教室の窓に駆け寄り、外をのぞいた。
白い大きな犬を先頭に、数頭の犬たちがゆっくりとグランドを歩いているのが見えた。その姿は堂々としていて、神々しいほどであった。すぐさま学校には「やまいぬ警報」のベルが鳴り、校内放送がかかった。
「やまいぬが下りてきています。本日は集団下校とします。」
その時の犬たちの悠然とした姿は、今でもはっきりと私の脳裏に焼き付いている。
また、小学校の近くに『あずまの犬』と呼ばれて小学生に恐れられている大きな犬がいた。あずまさんの飼い犬なのか、どうしてその名前で呼ばれていたのは知らない。全校生徒がそう呼んでいたのだ。
その犬はたびたび脱走した。そして、その度に小学生は集団下校となっていた。
ある時、たまたま友達が先に帰ってしまい一人で帰宅している時、物陰からあずまの犬が出てきたことがある。近くで見るとかなり大きく、当時小学校2、3年生だった私の肩ほどの身長があった。
私は怖くて動けず、そのまま固まっていた。しばらく見つめ合った後、その犬は静かに去っていった。
やまいぬも、あずまの犬も、飼い主と一緒にいれば愛らしい家族なのだ。それが、外に放たれると、とたんに子供たちが集団下校しなければならないほどの脅威になってしまう。
私は逃げ出した犬が無事家に帰ったことに改めて安堵し、世の中の犬たちが皆愛される存在であってほしいと願う。