幼い悪女公式SS『リダンの休日』
こんにちは、櫻井です。
本日は、ピッコマ様にて火曜日に連載中の作品『幼い悪女はすべてを見通す』の、公式SS(ショートストーリー)を皆さまにお届けします!
本編は休載中で寂しいですが、ちょっとした日常を切り取った温かなこのSSをお楽しみいただけましたら幸いです。
さて、SS本編に入る前に、ひとつ雑談を。
皆さまは、アリシアの有能な執事リダンが、どんな理由でアリシアの元で働くこととなったのか、覚えていらっしゃいますか?
……そう、彼の兄が、ロハンの被害者だったこと。そしてその兄の命を、アリシアが間接的に救った。「家族の命を救ってくれたアリシアへ、恩返しがしたい!」これが一番初めの理由でしたね。
現在連載中の本編よりもかなり前のこの話題ですが、思い出しながら以下SSを読んでいただけましたら、よりお楽しみいただけると思います。
それではどうぞ!
幼い悪女はすべてを見通す
公式企画 SS 『リダンの休日』
辻馬車を降りると、潮の香りが鼻先をくすぐった。
アストレインの港町は、今日も賑わいを見せている。青く晴れ渡った空には白い海鳥が飛び回り、船乗りたちの快活な笑い声があちらこちらから聞こえてきた。
目的地は、海沿いにある倉庫エリアの一角。
アストレイン王家の紋章が掲げられたその倉庫は、内部が改装されて療養施設になっていた。
この場所特有の、少しきつめの消毒液の匂い。
清掃の行き届いた廊下を歩き、顔見知りに挨拶しながら、通い慣れた部屋を覗き込んだ。
「——お」
開け放たれた窓に、白いカーテンが揺れている。
いくつもならんだベッドのひとつ、上体を起こした赤髪の男が、窓の外をぼんやりと眺めていた。
「よかった。今日は起きてたんだな、兄さん」
「リダン?なんだ、来たのか」
近場の丸椅子を持ってきて、ベッドの側に座る。兄さんは、俺と同じ色をした短い赤髪をぐしゃぐしゃ掻いて、照れているようだった。
「なんだ、じゃないだろ。可愛い弟がこうして会いに来たんだから、少しは喜んでくれてもいいんじゃないか?……ほら、これ。兄さんの好きな果物と、あと色々」
ぐいぐい押し付けるようにして、持参した見舞い品の詰まった紙袋を押し付ける。
へなりと、困ったような顔で兄さんは笑った。
「いつも悪いな」
「そう思うなら、リハビリ頑張って。巡回のお医者さんは、順調にやってるって言ってたけど?」
「まぁな。昨日なんて、病室のあそこから、あっちまで歩けたんだぞ」
「本当か!すごいじゃん」
こうして、兄さんと他愛もない話をして笑い合えるようになったのは——ここ1年程の話だ。
——アリシア様の願いを聞いた国王が、没収したブランフォード家の財産を使って、この場所をロハン患者の療養施設にしたのが、5年前。
ここに入院した兄さんは、最初の3年間、ほぼ意識のない状態で、ベッドに寝たきりで過ごしていた。
重症患者達は、治療を受け、命を取り留めた後も、重い後遺症に苦しみ続けていたのだが……。
ローラン殿下の研究施設で、ロハン治療の新しい特攻薬が開発され、その新薬が患者へ使われるようになると、兄さんはようやく意識を取り戻したのだ。
兄さんは、話ができるようになると1番に、ロハン中毒になって俺に迷惑をかけたと、何度も何度も謝ってくれた。
だけど、俺はもう、そんなことはどうでもよかった。
兄さんの命が助かったこと、そして、後遺症によって一生寝たきりかと思われた兄さんが、意識を取り戻し、他愛ない会話で笑い合い、歩けるようにまでなったこと。
大切な、唯一の家族を繋ぎ止め、穏やかな時間を取り戻すことができたのは、すべて、アリシア様とローラン殿下のお陰なのだと、ここに来るたびに感謝の気持ちでいっぱいになる。
「——ああ、そういえば」
「ん?」
急に何かを思い出した兄さんは、小さなサイドテーブルを漁ると、折り畳まれた紙片を差し出してきた。
「なんだこれ……新聞?」
広げてみればそれは、つい先日、知り合いの出版社を駆けずり回って手配した、あの記事の切り抜きだった。でかでかとした見出しで、『ブランフォード公爵令嬢、見事真犯人を逮捕!黒幕ダグラス・ハーフェルとはどんな人物か?』などと書かれている。
「これ……」
「色々と、大変だったみたいだな」
労いの言葉と共に、不意打ちでくしゃくしゃと乱雑に頭を撫でられた。
兄さんがまだ元気だった頃——よくこうされていたのを思い出して、懐かしさが込み上げる。
いつもは照れて振り払うところだが、今日は素直に嬉しくて、そのままにしておきたくなった。
「大丈夫だったか?怪我とかしなかったか?」
「するわけないだろ!俺は、アリシア様自慢の執事なんだ!こう、華麗にアリシア様を守って、大活躍したんだぞ!」
「そうかそうか。あの泣き虫リダンが成長したんだなぁ」
「泣きむ……っ!ちょっと兄さん!いつの話してるんだよ!」
ははは、と、明るい笑い声が病室に響く。
ふわりと窓から入ってきた潮風に、兄さんは目を細めた。
「本当に……大きくなったなぁ、リダン」
「それはきっと、アリシア様のお陰だよ」
「お前はいつもそればかりだな。俺もいつか、ここを出られたら……弟がいつもお世話になっています、って、挨拶をしに行きたいな」
「うん。俺たちを救ってくれたお礼、一緒に言いに行こう、兄さん」
「ああ」
ブランフォードの屋敷に戻ったのは、夕方だった。まっすぐ自室へ向かい、執事服へと着替える。
手早く髪を纏め、廊下を早足で歩き、向かう先は執務室だ。
「——あら?リダンじゃない」
覗き込んだそこには、レミーさんに淹れてもらった紅茶で休憩をする、優雅なアリシア様の姿があった。
「今日は非番でしょう?お兄さんのところへ行ったんじゃなかったの?」
「はい!今戻ったところです」
「そう。非番なんだから、ゆっくり休んでいてもいいのよ?」
「いえ!兄が頑張っているのを見たら、俺も仕事したくなってしまって……」
アリシア様の横で、レミーさんが少し眉を上げたのが見えた。
「お休みを取るのも、大切なことなのよ?リダン。その心意気は良いけれど、執事である貴方が休める時に休まないと、他の使用人に示しがつかないわ」
「……すみません」
レミーさんの言うことももっともだ、と、反省する。
それでも、アリシア様は小さくため息をついて微笑んでくれた。
「リダン。時間があるなら、そこに座って。一緒にお茶しない?」
「アリシア様……!」
「港の療養施設に行ってきたんでしょう?お兄さんのこととか、施設がどうだったかとか、聞かせてちょうだい」
「はい!喜んで……!」
注意される前に、と、素早くアリシア様の向かいに座ると、レミーさんがため息を吐きながらも、紅茶を準備してくれる。
「レミーも座って。みんなで少しゆっくりしましょう」
「アリシア様がそう仰るなら、仕方ありませんね」
頷くレミーさんに、「やった!」と小さくガッツポーズをしていたその時。
ノックの音がしたと思えば、今度はハンスさんが顔を覗かせた。
「失礼いたします。アリシア様……ん?リダン?どうしてここに……今日は非番では?」
「ただいま戻りました!ハンスさん」
「ちょうどいいわね。レミー、ハンスの分もお願いできる?」
「承知いたしました」
「ほらハンスさん!こっち!座って座って」
「こらリダン。何をはしゃいでいるんです。アリシア様?これは一体……」
ブランフォード邸で働き始め、5年が過ぎた、とある日のこと。
当主の執務室から漏れてくる明るい笑い声に、屋敷中が温かい空気で満たされていた。
—終—
『幼い悪女はすべてを見通す』©️櫻井綾/SORAJIMA より、
公式SS(ショートストーリー)
※無断転載、AI学習禁止
作品本編は、ピッコマ様にて毎週火曜日に連載中です!
※最新話連載再開は、11/26(火)0:00予定
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