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幼い悪女公式SS『ふたりの母のティータイム』

こんにちは、櫻井です!

 本日は、前回に引き続き、ピッコマ様にて火曜日に連載中の作品『幼い悪女はすべてを見通す』の、公式SS(ショートストーリー)第二弾のお届けです!
 本編は引き続き休載中……ですが、来週26日(火)にはまた連載が再開となりますので、どうぞお楽しみに!
 それまでのお楽しみとして、今回も、ある人物の温かなSSをお楽しみいただけましたら幸いです。


本日のSSのタイトルは、「ふたりの母」。もうピンときた方もいらっしゃるのではないでしょうか?
そう、ふたりの母というのは、アリシアの産みの母・ミラと、アリシアの育ての母・レミーのことです。
本編の最初の方で、ミラの辛いこれまでや、ミラとレミーが親友であることなどが明かされていますが、覚えていらっしゃるでしょうか?

本編の中では、なかなかこの2人をメインに描くという機会が少ないので、この度のSS企画で、思い切って彼女たち2人がメインのお話を書かせて頂きました。
過去の辛さを乗り越えた、2人の温かなひと時をお楽しみください。

それではどうぞ!



幼い悪女はすべてを見通す
公式企画 SS  『ふたりの母のティータイム』

 午後の日差しが、窓辺に優しく降り注ぐ。
 落ち着いた調度品でまとめられた部屋の中で、ミラは楽しそうに刺繍に励んでいた。

「ミラ、お茶の時間よ」

「ありがとうレミー。今日はここでどう?お日様がとても温かいの」

「そうね、準備するから待っていて」

 笑顔で庭を眺めるミラの横でお茶の準備をしながら、私はこの穏やかな時間を噛み締めていた。

 ——13年ほど前。
 ミラの人生は突然狂い始めた。
 優しく明るいこの子が、たくさん苦しみ、たくさん傷ついて、死にかけたりしたこともあった。
 地獄のように辛かった日々はしかし、もうずいぶんと昔のようにも感じる。
 今のミラは、慎ましくも優雅に、ブランフォード公爵家の奥様として大切にされている。
 毎日アリシアと一緒に食事をして、日に一度は私と一緒にお茶の時間を取る。
 彼女の日々はとても穏やかなものになり、心身ともに回復したミラは、昔のような美しい女性へと戻っていた。
 こんな穏やかな未来が訪れるだなんて、誰が予想できただろう。
 この幸せな時間は全て、あの子が……アリシアが、頑張ってくれたお陰なのだ。


「……あら?」

 お茶の最中、窓の外を眺めていたミラが、小さく声を上げた。

「ねぇレミー。あれって」

「どうしたの?」

 彼女の視線の先を追うと……庭を散歩しているのだろう、ひと組の小柄な男女の姿があった。
 アリシア様と、今別館に滞在中の、隣国レイモンドのローラン王子殿下だ。

「レミー、あれって、アリシアと…確か、私の治療をしてくださったローラン殿下じゃない?」

「そうね。一緒にお散歩してるのかしら?」

「そうよね?確か、改装した別館に滞在してらっしゃると聞いていたけど……」

 私たちが見守る中、アリシアとローラン殿下は、ある花壇の前で立ち話を始めたようだった。
 殿下の表情は、角度的に見えないが、アリシアがとても穏やかに笑っているのはよく見える。
 リダンと、ローラン殿下のじいやさんが、少し離れた位置に控えて、こちらもなにやら会話が弾んでいるようだった。

「あら……まぁまぁまぁ♡」

 ふふふ、と楽しげな甘い笑い声が、ミラの手で隠れた口元から漏れ出てくる。
 楽しそうに口角が上がっていた。

「ちょっと、ねぇ!いい雰囲気じゃない?そう思わない?」

「やっぱりミラもそう思う?」

 思わず、真顔で食いついてしまった。やはりミラの目からも、そういう風に見えるのだろうか?

「ええ!一緒に事業をしているだとか、気が合うだとかは聞いていたけれど……あ!アリシアがまた笑ったわ!」

 ミラが嬉しそうに声を上げる。再び視線を向けると、2人は更に庭の奥へと歩いていくことにしたようで、遠くのアーチの陰へと進んで行ってしまった。

「まぁ残念……。もっと見ていたかったのに」

 姿が見えなくなったことに、ぷうと小さく膨れてみせるミラ。彼女は、ほんの少し恨めしげな目をこちらへ向けてきた。

「レミーはいいわよね。あの2人のこと、いつも近くで見ているんでしょう?」

「そんなにいつもって訳じゃないわよ?側を離れてることも多いし」

「でもでも!色々目撃しちゃったりしてるんじゃない?教えて、ローラン殿下ってどんな方なの?」

「どんなって……うーん。すごく真面目な方だと思うわ。医学や薬学の知識があって、勉強熱心で……なんというか、王子としての威厳?がある方、かしら?」

「いいわね!アリシアも勉強が好きだから、話が合うんじゃない?」

「そうだと思うわ。事業の難しい話をしている時も、アリシアは楽しそうにしてるし」

 私の返答に、ミラは更に目を輝かせる。

「ローラン殿下って、アリシアより年上よね?今おいくつ?」

「どうだったかしら……?2つ?いや、3つくらい?年上だったような」

「いいじゃない、いいじゃない!年齢的にもいい感じだわ!あとは……そうね。アリシアの他に女性が居たりするのかしら?どう?」

「そんなの私にわかる訳ないじゃない。……ああでも、女性相手に優しいという方ではないみたいよ?」

 会話しつつ、つい先日、アリシアとローラン殿下がいい雰囲気のところに、リリアンお嬢様がやってきた時のことを思い出した。

「この前、リリアンお嬢様がローラン殿下へご挨拶していたんだけど、殿下はとても冷たくお返事されてたの。アリシア様にはもっとやわらかく対応してくださるのに」

「いいわね!誰にでもいい顔をする男性より信頼できるわ!」

「同感。やっぱり誠実な男性は好感が持てるわよね」

 夢中でおしゃべりしていれば、カップの紅茶もすぐになくなる。
 2杯目を注ごうと席を立ったところで、ミラはふう、とひとつ溜息をこぼした。

「アリシアは、どんな人を選ぶのかしらね……」

「……」

 遠くを見つめるミラの前に、静かに2杯目の紅茶を淹れたカップを置いた。
 アリシアは、ブランフォード公爵後継者、という肩書きを持っている。
 いずれ公爵という地位を授かるのなら、当主としての役目のひとつとして、どこかの誰かと結婚する必要がでてくるだろう。
 今のアリシアからは、色恋など、あまり想像できないけれど……あの子だって、いずれは誰かを好きになったり、婚約をしたりするのかもしれない。
 だがそれは、今すぐというわけではないはずだ。

「ちょっとミラ。アリシアはまだ12歳よ?デビュタントも済ませたばかりだし、そういうのはもっと後になるんじゃない?」

「どうかしら?貴族の女性って、デビュタントが終わったらすぐ嫁ぐような子もいるんでしょう?早いかもしれないけど、それほど遠い話でもないかもしれないと思わない?」

「あら。今の、すごく貴族の奥様らしかったわ」

「そう?アリシアみたいに、堂々としてた?」

 そんな軽口を叩きながら、クスクスと笑い合う。
 綺麗な紅茶色の水面を眺めながら、ミラは優しい表情で笑んだ。

「私ね。アリシアには、絶対に幸せになってもらいたいの」

「うん」

 ティーポットをトレイに戻した私は、元々座っていた椅子には戻らず、ミラの座る椅子の背後へと向かい、彼女の両肩にそっと手を置いた。

「私も、アリシアには幸せになって欲しい」

 視界の隅に動く赤を見つけて、また窓の外を見る。
 そこには、散歩から戻ってきたらしい、アリシアとローラン殿下がいた。
 屋敷に戻ろうとしている2人へ、庭師が声を掛ける。庭師の方へ歩いて行ったアリシアを、ローラン殿下が立ち止まり、静かに待っていた。

(あら…)

 今度は、ローラン殿下の表情がよく見えた。
 きっと同じ光景を見ていたのだろう、私の手に手を乗せて、ミラがこてん、と頭を寄せてきた。

「ねぇ。彼みたいな良い人。やっぱりアリシアにぴったりなんじゃないかしら?」

「私もそう思うわ」

「レミー、彼のこと、しっかり引きとめておいてよ?」

「無茶言わないでよミラ。……見守ることなら、できるけど」

 私は一介の侍女長でしかないから、王子殿下を引きとめておく、なんてことはできない。
 けれど、アリシアの側で、2人の行く末を見守っていくことならできるだろう。


 ——普段はほとんど表情を動かさない彼が、温かさを感じられる眼差しで、アリシアを見ていた。
 アリシアの“もうひとりの母”として、可愛い娘のこれからに、彼のような優しい人間が長く関わっていってくれることを、心から願っていた。

                             —終—


『幼い悪女はすべてを見通す』©️櫻井綾/SORAJIMA  より、
公式SS(ショートストーリー)
※無断転載、AI学習禁止



作品本編は、ピッコマ様にて毎週火曜日に連載中です!
※最新話連載再開は、11/26(火)0:00予定

https://piccoma.com/web/product/165685


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櫻井綾
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