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施設に行くと、いつもこの人はハウスレスなのか、ホームレスなのか考えるようになった。

「ここは家じゃないのですで、家に帰りたいです。」「仕事でここに来ているだけなので、夕方には帰ります。」

こんなふうに毎回話してくれる入居者さんがいる。

週に3回の高齢者施設に往診に行った時の話だ。エレベーターの前で、ずっと家族の迎えを待つ人もいる。


しかし大抵は、数ヶ月すると入居者さん同士で新しい関係性が出来てきて、家に帰るとは話さなくなる人がいる。今まではそれを、慣れてしまったんだろうなとか諦めてしまったのだろうな、となんだか悲しいことかのように思っていたのだが、最近見方が変わってきた。

最近、ハウスレスという言葉を知ったからだ。


ハウスレスって?

単語を聞いた瞬間、「あぁ、高齢者施設や居宅で見た人はそれやわ。」と思ったのでちょっと自分用にまとめておく。


ハウスレスのことを解説してくださっているのは、NPO法人抱樸の奥田さん。北九州を拠点に、生活困窮者や社会からの孤立状態にある人々の生活再建を支援してる認定NPO法人さんです。(本当に素敵な活動をされていて里親関係者にもファンが多し。いつか見学に行ってみたいところの一つ。)


ハウスレスとホームレス
「ホームレス」とは誰のことでしょうか。多くの方々は「野宿者」と答えるでしょう。政府も「都市公園、河川、道路、駅舎その他の施設を故なく起居の場所とし、日常生活を営んでいる者」と規定しています。


安定した住居がないことは就職を妨げ、様々な社会的手続き(年金や生活保護など)を不可能にします。また野宿者が、食料、衣料、医療などあらゆる面で物理的困窮状態に置かれていることは事実です。私たちは、これを「ハウスレス状態」と呼んできました。この物理的困窮をいかにして解消するかは大きな課題であり、国は公的扶助(生活保護等)でこの部分をしっかり支えねばなりません。
一方、私たちは野宿者が抱える問題を「ハウスレス」のみならず「ホームレス」と捉えてきました。「ホーム」とは、家族、友人、知人など、人と人との関係そのものです。「ホームレス」は「関係の困窮」を示す言葉です。路上で亡くなった人の多くが「無縁」仏として最期を迎えますが、これは彼らの現実を最も端的に示す場面です。この意味でホームレス支援は、物理的困窮との闘いであると同時に無縁との闘いでありました。アパートを設定は、「ハウスレスの克服」に過ぎなません。「自立」が「孤立」に終わるなら問題の本質は依然残されたままです。ホームレス支援において支援者が常に問わねばならないことは「彼らにとって何が(物理的課題:居宅、衣服、食べ物・・・)必要か?」と共に「彼らにとって誰が(心配してくれる誰か)必要か?」ということでありました。


ホームレスの人は実はそこいらにわんさかいる。

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自分の頭に留めたくてメモ。

この定義だとそこいらにホームレスの人ってわんさかいるんじゃないか、そう思うのだ。保護された子どもも、家族に追い出された?ような形で高齢者施設に送り込まれた人も。もちろん、在宅勤務で家に居場所がない大人だってそうだろう。

今から十数年前、私自身が野宿者問題を「ハウスレス」と「ホームレス」という視点で捉えるきっかけとなったある事件が起りました。深夜に中学生らしき少年二人組が自転車でやって来て、寝ている野宿者を襲撃する事件が頻発しました。被害者であるホームレスと一緒に付近の中学校を訪ねました。その際当事者のおやじさんが語った一言が今も印象に残っています。「襲撃は耐えられない。一日も早く襲撃を止めてほしい・・・・・・しかし、夜中の1時、2時になって町を自転車でウロウロしている中学生は家があっても帰るところが無い子どもたちではないだろうか。親はいても誰からも心配されていない子どもたちではないか。帰るところの無い奴らの気持ち、誰からも心配されない奴らの気持ちは自分(ホームレスである自分)にはわかるがなあ・・・」。両者は、加害者と被害者という関係と同時に「ホームレス」という同じ十字架を背負わされている。「帰るところがない」、「心配してくれる人がいない」。彼らは共に「ホームレス―関係を喪失した者たち」でありました。
家庭崩壊、学級崩壊、地域社会の崩壊など関係がことごとく崩壊する時代にあって、中学生のホームレスがおり、サラリーマンのホームレスがおり、「主婦」のホームレスがおり、ホームレスの老人が存在しているのではないか。家には住んでいる(ハウスレスではない)が、ホームレス(関係を喪失している者)である人は、この社会には多く存在しているのではないか。ホームレス支援の現場から逆にこの社会そのものが問われているように思うのです。私たちの社会は、ホームレス化しています。ホームレス支援は、路上の問題から端を発し、私たちの社会そのものを問う問題なのだと思います。


ここまで読んでちょっとスッキリした。


今までこの環境を受け入れたり、疾患が進んで(理解できなくなって)家に帰る可能性を諦めてしまうんだ、とだけ思っていたけれど違っている人がいた。

施設の中で新たな人間関係や関係性が出来たときだ。


テーブルに座ってなにか会話をしていたり、盛り上がっているときの表情。あぁ、○○さんも新しくこの場所に関係性が出来たんだなぁと思う瞬間だ。


しばらくすると、今まで何度も「娘からのメールは来ていませんか?」と聞いてくるおばあさんが、聞かなくなってくる。

受け入れた悲しいエピソードだけではなくて、今を受け入れて楽しんでいる表情を見る。それはホームが少しづつ出来たからだと理解できた。(もちろん、自分自身の家は覚えているし子どもたちの家族も覚えているので、それとは別の日常を送るためのホームだ。)


どうやって生きたいですか?と聞くと

「毎日楽しいので、ここで笑って生きたいです」

そんなふうに答える人もいて聞くのが楽しい。


自分のホームについて考える

私も最近、自分のシェアハウスがホームになってきた。もちろん実家もあるし、実家の家族とはまた別の存在だ。それでも、無理なく、上下なく受け入れてもらっている、という暖かな感覚と関係性が、ホームの居心地の良さだと思う。

年齢に関わらず、2〜3ヶ月はホーム感を持つのには必要なんじゃないかと。

そう思うと、子育ても孤独になっていないか?と、問いたい。自分だけ、単身のときはホームがあるんだけどさ。子どもを育て始めた瞬間に、新しい関係性と共にホームレスになっている人が多い気がする。子どもと一緒の自分を、受け入れてくれる場所の少なさよ。もっと日本にホームを増やしたい。

いつも応援ありがとうございます。サポートいただけたお金は、当事者の子どもたちとのご飯代金か、直接子どもたちに手に渡る寄付に回したいと思います。