見出し画像

韓国サバイバル番組から読む東南アジアの社会的アイデンティティ :『UNIVERSE TICKET』

韓国サバイバルオーディション番組に毎度のようにどハマりしているのだが、今回も例に洩れずスマホ片手に『UNIVERSE TICKET』の最新エピソードを見ながら通学していた。
そんなときに、たまたまもう片方の手に持っていた本「私たちは同調する」と、番組を観ていて感じていた疑問がビビッとくっついたのだ。

なんか東南アジア出身メンバー、強すぎない?

1月にAbemaで放送された韓国の公開オーディション番組『Univers Ticket』。壮絶なサバイバルを経て様々な国から集まった8人のメンバーが「UNIS」としてデビューすることが決めた。

サバイバル番組はこれまで各社で幾度も行われており、最近では韓国の芸能事務所で練習生として所属するメンバーだけでなく、他国からも参加者を集めてバラエティに富んだ番組が作られている。2018年に放送された『PRODUCE 48』はその最たる例である。AKB48グループ協力のもと日韓同時放送されたこの番組から生まれたグループ「IZ*ONE」はK-POPアイドルとして大きな成功を収め、公開オーディション番組の成功例とされている。

放送前から注目を集めた東南アジア出身メンバー

今回放送された『Univers Ticket』はグローバルオーディションとして10カ国以上から参加者が集められた。参加者はパフォーマンスを終えるたびに5つのランク P・R・I・S・M に振り分けられる。最高ランクPを獲得したメンバーは番組最終回を迎える前にデビューを獲得できるシステムだ。第6話で放送された1次昇級式では100カ国5180,464票もの票が集まるなど多くの視聴者を集めたが、実は韓国国内での番組視聴率は決して高くはなかった。
以前からサバイバル番組の投票方法は批判の的となることが多く、韓国国外からの投票結果の影響を小さくするために番組の途中でカウント方法を変更するなど韓国ファン優遇の措置は他国のファンを憤慨させてきた。韓国視聴者優遇のシステムのためか、これまでのサバイバル番組では日本や中国出身のメンバーが上位に選ばれることがあったものの韓国人練習生が最終メンバーに選ばれることが多く、東南アジア出身のメンバーが上位に選ばれることは極めて少なかった。
だが、今回はグローバルオーディションとして韓国国外からの票も重視する番組作りを目指したのであろう。韓国票とグローバル票で差をつけていない。そのため、韓国事務所所属の韓国人練習生が投票数で苦戦する展開となった。
その中でも圧倒的な力を見せたのがフィリピンから来た参加者だった。デビューしたメンバー8人のうち2人がフィリピン出身のメンバーであり、彼女たちは放送開始時から圧倒的な人気を得ていた。1位となったエリシアは最終オーディション前に最高点を獲得し、一足早くデビューを決めた。

ABEMA TV エリシア

4位でデビューしたフィリピン出身のゼリーダンカ(Gehlee Dangca)は番組内で特に注目を集め番組の顔となったと言える。初登場時からSNS上で話題となり常に上位をキープ。最終順位で審査員による昇級制度(ユニバースチケット)を手に入れた2人に順位を抜かれ2位から4位にランクダウンするものの、圧倒的な投票数でデビューを決めた。品格がありながらも16歳の幼さが残る独特の美しさが印象的な彼女だが、ミスインターナショナルコンテストにフィリピン代表として出場し、優勝した経歴があるというから驚きだ。

ABEMA TV ゼリーダンカ

番組内では彼女がステージに立つだけで参加者から歓声が飛び、審査員からも「KPOP界にはいなかったタイプの可愛さ」と美貌を称賛された。彼女がここまで話題を集めた理由として、K-POPアイドルらしく振る舞おうとしない圧倒的な個性がある。参加者の中で異彩を放つ彼女の存在は視聴者に強いインパクトを与えた。これまでK-POPとしてデビューした外国人メンバーは韓国と似た顔立ちであり、韓国の美の基準を満たした日中韓の人が大多数であったために、他の国視聴者から見ると、エスニックな顔立ちの参加者が、均一化された美しさを持つ韓国のメンバーの中からビジュアルメンバーとして認められたことに強い喜びを感じた人が多いはずだ。

先述した通り、彼女たちの順位を押し上げたのは圧倒的な投票数だ。有料で追加投票ができたことから、熱心なファンがいる参加者ほど上位をキープしやすいシステムになっている。エリシアとゼリーはまさに投票数が圧倒的だったメンバーだ。番組中盤の昇級式では3位の韓国人メンバーが14万票集めたのに対し、1位エリシアと2位ゼリーはどちらも50万以上の票を獲得した。積立式である以上この時点でデビューが決まったようなものである。

番組のリスナーはフィリピン、インドネシア、マレーシアにも多くいたことから、自国出身のメンバーに投票できない人々が、東南アジアという繋がりでフィリピンの参加者票を入れることが想像できる。また、有料で追加投票権を購入した人の人数も多かったのだろう。無料の範囲で応援しようとする日韓の視聴者と比べて、デビューを成功させることへの熱量が強かったことが伺える。

韓国文化が浸透する東南アジア

東南アジア出身のアイドルとして真っ先に思い浮かぶのは、欧米圏からも圧倒的な人気を得ている「BLACK PINK」のLisaだろう。出身地タイでは国民的大スターであり誰もが誇りに感じる存在だ。他国の大規模イベントにLisaが出演するとメディアに取り上げられ、多くの関心を集める。彼女の持ち物や食べたものにまで過敏に反応し真似をするタイのファンの姿を見ればまさに国民のロールモデルだと言うことができる。当然彼女に憧れてアイドルを目指す若者が増え、子を持つ親までもが自分の子を彼女のようなスターに育て上げようと奮闘する。だが、この現象が起きているのはタイだけではない。K-POPのストリーミング数を見ると、1位日本、2位アメリカに続いてインドネシアが3位となり、4位の韓国よりもK-POPをよく聞いていることがわかる。その他フィリピンやベトナムでも大幅な増加が見られ、東南アジアでのK-POP熱の高さが伺える。これらの国では若者が「韓国人になりたい」と言い、化粧品から食料品まで韓国人の真似をして韓国語を学ぶ。

"ギリシャ料理の店が壁にパルテノン神殿の写真を飾ったり、韓国の焼肉店がKポップのヒット曲を流したりすることで、その国の文化に関わる料理を食べたいという気持ちが強まるのかもしれない"

私たちは同調する

では、なぜ東南アジアの人々がここまでK-POPに熱狂しているのか。
ひとくちに東南アジアといっても各国が持つ文化は様々だ。しかし共通する特徴の一つとして、異文化への寛容さが挙げられる。その背景にあるのはイギリス、フランス、日本、中国といった国の植民地となり、文化が入り混じってきた歴史だ。そのため新たな文化が広まることへの抵抗が少ない。異国の文化にその国固有の文化が犯されるという心配をすることなく受け入れる民族性が長い歴史の中で作られてきたことが韓国文化が浸透した要因の一つである。

アイドルに投影する自己アイデンティティ

韓国でデビューして多くのファンを集める自国出身のアイドルに共通の同じ社会的アイデンティティを感じている人は多い。彼女たちは韓国の番組に出演する外国人メンバーであり、韓国と強い繋がりを持つお馴染みの日中出身でもないというマイノリティ性も持っている。自分自身と社会的アイデンティティを共有している相手がマジョリティに打ち勝とうと努力する姿は、自身のアイデンティティを背負って最前線で戦う戦士とも言える。

似たような感覚は日本人にも覚えがあるはずだ。KPOPアイドルとして活躍する日本人を見て誇らしく感じたり、良いパフォーマンスをして海外の人々が褒めているところを見るとまるで自分が成功したかのような感覚になる。日本人はアイドルの成長を見守ることが好きだからサバイバル番組を好むとよく言われているが、日本外の国でも自分と同じ社会的アイデンティティを持った人が他国で認められようともがいている姿を見て感情的になる人は多い。オリンピックで自国のスポーツ選手が活躍した時の感覚に似ているが、アイドルはより等身大で身近な存在という点でより近づきやすい存在である。

人々は自身が所属する内集団にないかいいことが起きた場合、それを自身への報酬だと思う性質を持っている。

私たちは同調する

再び注目される自国の文化

その一方でこうしたK-POPの流行はいつまでも続くわけではない。東南アジアは日本よりも早くから韓国文化が流行し始め、急速に浸透した。音楽よりもドラマなどのテレビコンテンツを中心に韓国文化が広まったため日常への影響力は大きい。東南アジアへのコンテンツ発信は非常に戦略的なものであった。
しかし、現在はその勢いが落ちてきているという見方がある。昨年、突如SNSで話題となったフィリピンのアイドルグループ「SB19」。彼らの存在はこれまで日韓のアイドルにしか関心を持っていなかった人々が、東南アジアのアイドル文化を知り関心を持つきっかけとなったはずだ。韓国の人気アイドルグループらは次々と、「SB19」の曲のカバー動画をSNSに投稿した。彼らのようなアイドルに注目が集まることは東南アジアの人々のアイデンティティを満たすことにつながる。これまで手の届かない存在で合ったK-POPアイドルに自国のアイドルが認められることで、自国の文化に再び目を向けるようになった。

"アイデンティティは永続的なものでも普遍的なものでもない"

私たちは同調する

『UNIVERS TICKET』の初放送とほぼ同時期に、韓国の大手事務所であるHYBEから「KATSEYE」というアイドルグループが誕生した。彼らの公開オーディションはアメリカで行われ、今後の活動もアメリカを中心に行うことが発表されている。韓国、フィリピン、アメリカ、スイスから集まったメンバーで構成され、グローバルな活躍を期待されている。また、JYPエンターテイメントから今年1月にデビューした「VCHA」は、韓国人メンバーが1人もいないグループである。アジア系のメンバーはいるものの、アメリカ人5人とカナダ人1人で構成されている。K-POPという枠から飛び出した新たなグローバルアイドルグループが誕生する中、東南アジアのアイドルが活躍する未来は十分に想像できる。彼らがすでに持っている多様な文化を取り入れる柔軟さは大きなポテンシャルとなるのかもしれない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?