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LGBTQ事情#18 迷いだらけの離婚。

夫とケンカをした。

「今の君は、女って事に、甘えてる。」

 夫の自由すぎるお金の使い方に私が文句をつけたら、こう返ってきた。はじめ、何を言っているのか意味が分からなかった。
「僕は自分で稼いだお金は自由に使いたい。文句を言うなら、僕より稼いでくればいい。僕は君に、家事をするような奥さんでいてなんて頼んだことはない。君は、性に対する偏見に縛られずに仕事をしたいと言っていたよね。だけど、やっぱり女で生きていくことにしたのかな?」
 あんなに苦手な家事や家計管理を毎日頑張ってきたのに。最低だ。そう言い返そうとした。だけど、言い返せなかった。だって、夫は正しいから。

 結婚するとき、私たちは、ジェンダーの固定概念にとらわれずに生きていこうと話し合った。私に女らしさを求めないこの人ならやっていけると思って結婚したはずだった。それなのに広島に移住して島根でやっていたような芸能の仕事で満足のいく収入が得られない。そう言い訳し、夫の扶養に入って、パートと家事に忙殺されるふりをして、努力をやめていた。いつのまにか変わっていったのは私の方だった。妻だから、女だから、私は当然、守ってもらえる。男女平等やLGBTQの権利を主張しながら、実際は女ということに甘えていた。最低なのは私だ。今すぐ、改めなければ。それなのに、頭の中では次の家事の段取りを考えている。

 翌日、夫は何事もなかったように優しく、穏やかな時間が過ぎていった。このまま女で甘えていてもいいのかな、とも思った。だけど、そう思えば思うほど、自分を嫌いになり、そして夫のことも嫌いになっていく。なにか嫌なことを見つけると全てを破壊し出す私の悪い癖が始まった。

 仕事を探す。だけど何十枚も送った履歴書は全て戻ってきた。物件を探す。パート収入の私が契約するには、保証人がいる。結局、夫の世話にならないといけない。頭の中にある、離婚という2文字を、言い出せないでいる情けなくずるい私が、一番自分らしいことをそろそろ認めてしまおうか。いや、でも・・・。

 迷いだらけの中で書いた離婚届を、夫に渡した。強い覚悟があったわけじゃない。だけど、紙に書くとはっきりしてしまう。私は離婚をするのだ。仕事はどうしよう。物件もどうしよう。なんのアテもない。なんの希望もない。「妻であること」「女であること」を捨てたときに何も残らない自分に驚いた。男でもなく女でもない私はつまり何者でもないのか。 夫からサインをされた離婚届があっさり戻ってきた。

2021年11月2日火曜日 山陰中央新報掲載分
写真 いしとびさおり

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