あなた宛の伝言、お預かりしています 2 <ミントティ>
いつもより、少し早めに仕事を終えた。
スーパーが開いている時間に会社を出たかったからだ。
先日訪れた喫茶店で飲んだミントティが、忘れられなかった。細胞のひとつひとつに染み込むような、ホッとする美味しさだと感じた。
ミントティなんて、普段飲む機会がなかったけれど、あんなに美味しいものならいつも飲みたい。そう、思った。
自宅近くのスーパーに入り、お茶類が置いてある棚を覗く。ハーブティの取り扱いがある事は、なんとなく記憶している。
「あった!」
ミントの写真でパッケージされた小箱を手に取る。
今夜は食後のミントティでゆっくり癒されよう。あの時のなんとも言えない心地よさを思い出し、私は小さく微笑んだ。
弾む気持ちを隠しながら、お会計を済ませて帰路を急ぐ。
早く。
早く。
もちろん、急ぐ理由はこの小箱の中身。
小さな買い物で、こんなにも心が躍ったのは久しぶりだ。まさか自分がミントティをこんなに好きだなんて、想像もしていなかったから。
「あの喫茶店、ちょっぴり値段が高かったけれど、素敵な出会いをくれたなぁ。」
靴を脱ぐ間も惜しい。乱雑に脱ぎ散らかした靴が玄関に転がる。
ケトルに浄水をたっぷり入れて、お湯を沸かす。その間に小箱を開けて、ティーパックを取り出し急須の取っ手に紐をくくりつける。
沸騰したお湯を急須に丁寧に注ぐと、見る間にお湯が黄金色に染まっていく。
「楽しみだな。」
箱には、3分蒸らすように書いてあるが待ちきれなかった。
「こんなに色が綺麗に出ているんだから、いいでしょ。」
カップに一口分だけ注ぎ、早速味見をしようと口をつけた。
「・・・・・・・・・あれ、美味しく・・・ない?」
カップから昇り立つ香りも、口に含んだ際に、鼻腔に抜ける香りも違う。そして何より、味わいも違う。あの、細胞に染み渡るような風味が、ないのだ。
「おかしいな。確かに、メニューにはミントティと書いてあったのに。」
首をひねりながら、ひとつ気が付いた。
「あ。もしかしたら浄水がいけないのかも。あと、蒸らしていないし。」
今度は箱の説明を、注意深く読んでみた。
ケトルに残っていた湯を捨てて、キッチンに置いていた未開封常温のミネラルウォーターを注ぎ入れる。沸騰を待つ間に、急須に残っていたミントティをティーパックごと捨てて、軽く洗う。
引き出しから砂時計を出し、急須の横に並べる。
箱から新しいティーパックを出し、改めて急須にセットした。その頃にはお湯が沸き、改めて熱湯を急須に注いで蓋をして、砂時計をひっくり返す。
「砂時計があってよかったよ。」
紅茶用に持っていた砂時計が、この瞬間役に立ったと嬉しくなる。
説明通りに蒸らして砂が全て零れ落ちた頃、新しいカップに仕上がったミントティを注ぐ。今度こそ、期待に胸が踊る。
まず、香りを嗅いで・・・・・・。
「・・・・・・。」
「え、なんか違う・・・。」
首を傾げながら一口。
「どうして?」
ミネラルウォーターを使い、説明通りに丁寧に淹れた筈なのに、先ほど飲んだものとそう香りも味も変わらなかった事に愕然とする。
あの、まろやかな風合いでゆっくりと細胞に染み渡るような、あのミントティはどうやったら淹れられるのだろう。
今、目の前にある自分が入れたミントティは、あの時飲んだものに比べて、まるでくたびれたようなボヤけた香りに、舌の上にザラザラと残るような味がした。
「何が・・・どう違うの?」
あの喫茶店のミントティを知らなければ、きっと私はこのハーブティを、美味しいと思って飲んだ筈だ。
この、お湯に色がついて、ミントのような雑味が加わった、この、舌の上でざらつくようなハーブティを。
「・・・・・・1500円も、した、もんね。」
450円で10個もティーパックが入っているミントティの小箱を手に、何だか無性に可笑しくなって、そう呟きながら私は自然に笑っていた。
そして、明日またあの喫茶店に行こうと、そう考えていた。
続く
※ミントティが一部カモミールティになっていましたので、誤植訂正しました。