見出し画像

殉愛 3


水車は回る 川の流れが 水車を回す
川は流れる 海へ続いて 永遠に流転する


<回る水車が見せる少女の物語>

少女は、鈴が転がるときにたてる音に似た、繊細な美しい声で歌っていた。

そよぐ風がその声を運び、予期せぬ訪問者を招く。

ミシリ・・・

水車小屋の入り口から、木の床が苦しげな音を立てる。

少女は、気づかない。

少女の手元に影が落ちる。そこでようやく、少女は人の気配に気が付いた。

そう、人の気配。

小鳥以外は訪れることのないこの水車小屋。

「?」

不思議に思った少女が振り返るよりも早く、人影が少女をすっぽりと覆った。


 <そよ風が運ぶ少女の歌声>


ーなんて綺麗な声なんだー

男は、風に乗って流れてくる声に誘われるように、歩を進めた。

澄んだ小川を辿るように暫く歩くと、小さな水車小屋が見えてくる。

カタカタと音を立てて水車は回る。その騒音とはまるで違う世界に存在するかのような清らかな歌声に、ふらふらと吸い寄せられる。

入り口からそっと覗くと、少女がこちらに背中を向けてしゃがんでいた。小刻みに揺れる華奢な身体。

軽やかな歌声が、日々の疲れを忘れさせてくれるように感じられる。

長くビロードのような髪がひとつにまとめられ、その隙間から覗くうなじを見て、まるで隠されていた秘密が暴かれたような心持ちがした。

男はまるで何かに操られているかのように少女の背後に忍び寄り、動けぬようガッチリと封じ込めた。子どもだと思っていた少女は、気づかぬうちに成熟した女になっていた。

ーいつもなら、畑で作物を作るか町で少女が引いた穀物の粉を売り歩いていた。

しかし、今日は早めに粉が完売してしまったため、美味しい水を汲んで帰ろうと、水車小屋に立ち寄った。


<回る水車が見せる少女の物語>

少女はあまりにも驚き過ぎて息を止めた。

「もっと、その綺麗な声を聞かせておくれ。」

男は吐息とともにそう声を吐き、少女の柔らかな身体に手のひらを這わせた。

「・・・!」

少女の身体が小さく跳ねた。男のその声にも、聞き覚えがあった。

私はこの男をよく知っている。

この男は・・・

「お願い・・・止めて。」

少女は渾身の力を振り絞ってもがいた。

男の手の力が強くなる。少女の服を結んでいた紐がちぎれる。

少女はもがいてもがいて、ようやく頭を少し動かす事ができた。

視線が、後ろから覆いかぶさっている男の顔を捉える。

「お願い・・・止めて・・・おじさま・・・。」

消え入りそうな小さな声に。

少女の口からこぼれたその、自分を指し示す言葉に。

男の理性が一瞬揺らいだ。

手が止まる。

その刹那、少女は男の腕を渾身の力で振りほどき、水車小屋から飛び出した。

「おばさま!」

「助けて!!」

「おばさま!」

水車小屋からは少し距離がある道を、少女は転がり落ちるみたいに駆けた。

少女が妻を呼ぶ声を聞き我に返った男は、慌てて立ち上がると少女を追いかけた。

自宅に着く前に、なんとか少女を止めなければと。

「待て!」

「待ちなさい!」

男も、疲れた足腰に鞭打って走った。家が見えてくる。

少女の声に、慌てて戸口から出てくる女性に少女が駆け寄る。

「おばさま、助けて!」

おばさまと少女に呼ばれた女性は、信じられないものを見るような表情で、目を見開いた。

我が子のように育ててきた、自分にすがりつく少女を追いかけて来たのは自分の夫で。

そして、もうすっかり年頃になった手の中の少女の服は、乱れ破れている。

「違うんだ!」

少女の悲鳴を聞いて、夕飯の支度をしていた女性は手元の包丁を持ったまま家を出てきていた。

泣きじゃくる少女。

少女は振り返り、駆け寄ってくる男の姿に怯え女性にしがみつく。

女性は、何があったのかをその瞬間。

悟ってしまった。


続く