殉愛 4
水車は回る 川の流れが 水車を回す
川は流れる 海へ続いて 永遠に流転する
<美しいものが呼び込んだ女の悲劇>
腕の中で震える、娘のように可愛がって来た少女。
取り乱して駆けてくる自分の夫。
女の脳裏には走馬灯のように、様々な記憶がせめぎ合うように浮かんでくる。
幼い頃から同じ村で育った幼馴染。近所に住んで居て、いつも一緒に遊んで居た。
選択肢のないこの村で、ただ川の流れに身を任せるように、夫婦となった。
穏やかな暮らし、子宝に恵まれなかった悲しみ。それを哀れんだ神様からの贈り物のように、ある日水車小屋の前に置き去りにされて居た幼い少女。
少女を育てることで、夫婦は父親と母親になった。力を合わせて三人で暮らす平凡で楽しい穏やかな日々。
取り立てて楽しいことがあるでもなく。取り立てて悲しいことがあるでもなく。
そんな日々が今、目の前で粉々に砕かれたのだと、女は思った。びっくりした。そして、全く意味がわからなかった。何故、この日々を壊そうとするのか。
目の前の男に。自分の生涯をともに歩んだ筈の、その、男のことを。
女は、ただ、驚きとともに理解が、出来なかった。
「違うんだ!」
目の前に駆け寄って来た男。慌てて少女の方に手を伸ばしてくる。
女は少女を自分の背に隠し、そして。
咄嗟に。
本当に、咄嗟に。
自分でも何故そうしたのか、説明が出来ないくらい衝動的に。
目の前の男に対し、生まれて初めて生じた、不快だという、汚らわしいという、その感情を、ぶつけた。
<回る水車が見せる少女の物語>
自分を、本当の娘のように大切に育ててくれたおばさまが、自分を背に庇ってくれる。その温もりに涙が流れた。その刹那・・・・・・。
少女の耳に届いたのは、絞り出すような男の呻く声。
初めて聞く、苦しみに悶えるようなその声が耳に飛び込んでくる。
抱きついて居たおばさまの身体がこわばっている。
ーなにがあったの?
少女の心臓は、駆けて来たことが理由のものとは別の意味で、早鐘のように騒がしく鼓動の音を高鳴らせる。
おばさまの足元に、どさりと男が崩れ落ちる。少女が慕って来たおじさまの姿だ。
じわり。
血の匂いが少女の鼻をついた。
地面に蹲ったおじさまの身体の下の地面には、赤黒い液体が滴り落ちている。
一瞬の静寂。
一瞬遅れて、振り絞るように身をよじりながら、おばさまが悲鳴をあげながら崩れ落ちる。
世界中の全てを否定するような、女の金切り声を聞き、少女は理解した。
自分が、おじさまとおばさまの平穏な日常を、壊したのだと。
続く