殉愛
「私は………ただ…周りの人たちと……幸せに……」
変わり果てた姿の少女の想いは、既に喉を震わせることすら叶わなかった。
水車は回る 川の流れが 水車を回す
川は流れる 海へ続いて 永遠に流転する
<時を遡り、回る水車が少女の物語を見せる>
その日も水車は、くるくる回っていた。
少女は水車小屋に、たくさんの穀物を抱えて入って来る。ここは、村はずれの川のそばに建てられた水車小屋。その小屋は、粉挽き小屋として使われている。
「さあ、頑張らなくっちゃ!」
少女は嬉しげに腕まくりをすると、石臼の中に丁寧に穀物を並べてゆく。全ての石臼に穀物を入れ終わると、慎重につっかえ棒を外す。途端に、水力でゼンマイが回り始め、石臼の上にすりこぎのような形の木が下りて来て、穀物をゆっくりとすり潰してゆく。こうなれば、あと残された少女の仕事は、完全に粉になるまでここで見張っているだけだ。
チチチッ
水車小屋の戸口に小さなメジロが現れて、綺麗な声でさえずっている。
「こんにちはチィちゃん、今日もとてもいい声ね」
そういう少女の声も、まるで鈴を転がしたかのように軽やかで美しく響き、
その声音に魅入られた小鳥たちがいつも少女を取り囲んでいた。
少女は身寄りがなく、育ててくれた粉引き小屋を営む夫婦の下で働いている。
村に住む夫婦は広い土地を使って穀物を作り、それを粉にして生計を立てて居た。そんな夫婦の水車小屋に前で、ある日小さな少女が泥のように眠っていた。泥だらけに汚れたボロボロの服を着て、普通ならとっくに読み書きが出来ているはずの年齢にも関わらず、言葉もあまり喋ることができなくて、あちこちにアザやかさぶたができていた。
どこから来たのか、何があったのか夫婦が尋ねても、少女は頭でも強く打ち何も覚えていないのか、それとも辛過ぎて記憶を封印してしまったのか、何も分からないと首を横に振るばかり。少女が言葉を覚えた後も同じだった。
少女は、ここに来るまでのことを何も覚えていなかった。
夫婦は子宝に恵まれなかったので、この少女はもしかしたら神様からの贈り物かもしれないと、喜んで少女を育てることにした。
それから十年ほどの月日が経ち。少女も今では、年頃の美しい女性へと成長していた。
沢山の小鳥を肩に乗せたり腕に乗せたりしながら、少女は色々な歌を歌っていた。歌といっても、適当なリズムとメロディでハミングしているだけだったが、小鳥とともに歌うひと時は、至福といってもいいくらい幸せで、鳥のさえずりと少女の歌は、水車小屋の周りに清らかな風が吹き抜けるように流れていた。
「おばさま、今日はこれだけ粉を引いて来ました」
「有難う、本当に助かるよ。さ、こっちへ来て夕食にしよう」
少女は粉を引くのがだいぶ上手になっていて、ご恩のある夫婦の役に立てているのだと、実感できるのがとても嬉しかった。
桶いっぱいに粉を引き、大好きなおばさまに喜んでもらえる。そんな毎日は、少女にとってキラキラと光り輝いていた。夜になると、農作業をしたり町に粉を売りにいったりしていたおじさまも帰宅して、三人で食卓を囲みながら、その日のことを話す。そんな、代わり映えのない大切な日々。
「いってきます」
その日も、少女はいつものように穀物を沢山抱えて、水車小屋へ向かって行った。
ー続く