殉愛6
水車は回る 川の流れが 水車を回す
川は流れる 海へ続いて 永遠に流転する
<回る水車が見せる少女の物語>
冷たい地面に、強かに全身を打ち付ける。
掠れゆく意識、朦朧とした夢か現かも分からないような心地で、少女は色々な風景を”観て”いた。
それは、他愛もない場面。
落として割れてしまったリンゴを手に泣いて居た自分を、優しく抱きしめて慰めてくれたおばさまの優しかった瞳。
何かが原因でおじさまに叱られて、悲しくてわあわあ泣いてしまった時に見た、おじさまの困ったような表情。
お日様がさんさんとあたる、明るい風車小屋。
すぐ傍で、木の実のかけらをついばむ小鳥たちの可愛らしい仕草。
出来立ての、湯気が立ち昇るあったかいスープ。
雨の日に、窓の内側から見えた庭に咲いている花。
何箇所も繕ったあとがある、お気に入りのブラウス。
家にいる時は、幼い頃からいつも座って居た、私の椅子。
私が実の子どもではないという事について、私がそれを口走った時に、おばさまが見せたとても悲しそうな表情。
町まで手をひいて連れて行ってくれたおばさまの、優しい手のぬくもり。
ひとつひとつの、そんな何気ない日常だった風景。
今まで、当たり前にあった風景。
それが、まるで走馬灯のように・・・・・・
<不思議な泉の老人>
ぴちゃん、ぴちゃん・・・
水音が聞こえる。
遠くから聞こえる様に感じて居たその音が、少しづつ大きくなってゆく。
ぴちゃん、ぴちゃん・・・
今が過去の幻影の中なのか、それとも天に召されて訪れる事が出来る場所なのか、意識の中を揺蕩うそんな曖昧な状態は、次第に身体に感じる寒さと痛みを通して、私に現実の寒さと痛みを思い出させてくる。
身体の芯に染み込む様な寒さに微かにみじろぐと、身体のあちこちが鈍く痛む。
”ああ、闇雲に走ったから”
そう、少女は思い出した。
辛い記憶を。
脳裏に焼きつく、思い出したくない光景を。
鮮明な赤と、血の気の引いた青。
とにかく、逃げてしまいたかった少女の現実を。
ぴちゃん、ぴちゃん・・・
ぴちゃん・・・
「目が、覚めたかね。」
水音に重なるように、人の声が聞こえた。
重たい身体をよじらせて、少女は顔を少しだけ持ち上げた。
少女からほど近い場所に、老人がしゃがみこんでいた。
老人は、先程と同じ言葉を再び少女に伝えた。まるで少女の様子を案じるかのような、優しい声音で。
「あな···たは」
かろうじて絞り出した声は、地べたに横たわった姿からとは思えないほど、鈴をころがすよう美しく零れでた。
ぴちゃん、ぴちゃん・・・
ぴちゃん・・・
水音のするほうから、その音に重ねるように老人が口を開いた。
「人はわしのことを神とも言うが、そのようなことはどうでもよい。」
老人はそう言って微笑むと、手足に入る僅かな力で顔を上げていた私の額をそっと優しく撫でた。
「傷ついた可哀想な少女よ。」
「お前の望みを言ってみなさい。」
老人の深い優しさをたたえた瞳を見つめていると、少女の脳裏に先程の記憶が鮮烈によみがえった。
「わたしには······望む資格は···ないんです······」
少女の両の瞳からは、流れる清水のように涙がとめどなく零れ落ちた。
続く