母は少年
母と会った。
僕は地方から上京して1人暮らしをしているが、母も東京に住んでいるため、定期的に会っている。こう聞くと、一緒に暮らせば良いじゃんと思う人もいるだろうが、それだけは嫌だった。1人暮らしを経験したかったのもそうだが、母は忙しくて帰りも遅いので、一緒に住んでも結局は1人暮らしのようになると思ったからだ。
母と会うというのは=飲むということだ。
最初は僕の近況報告をするのだが、お酒が回ってくると、決まって母の愚痴になる。同僚のことや、仕事相手のことや、地元のことを言う。正直、同じような話を何回も聞いた。特に、地元の愚痴。地元にいた頃、母はフリーで活動していた。地元を盛り上げようと様々なことをしていたのだが、地方の人特有の新しい事への嫌悪感で、嫌な事もたくさん言われてきたらしい。相当悔しかっただろう。僕は小さかったので全然知らなかった。というか、家でそういった素ぶりを見せなかったので、知るよしもなかった。
今、大学生になってお酒を飲めるようになり知ることがたくさんある。
そういった意味では、母と飲むのは意外な事実を知れるので面白い。愚痴も聞いてやろうと思う。
しかし、今回は違った。
いつも愚痴を言う母が、自分が打ちのめされた話をし出した。何かと思えば、6月は母が勤めている業種のトップの人達と会う機会が多かったらしい。そこで、トップの人たちの会話についていけない自分が悔しくて、落ち込んでいたらしい。
すごいなと思った。
多くの人の場合、その業界のトップの人と会い、話についていけなかったら、「まあ、しょうがないか」となるだろう。しかし、母はそこで落ち込んだのだ。これはまだまだ進化したいと思ったからこその感情なのだ。
トップの人の会話についていきたいと、進化したいと思ったからこそ、悔しくなるのだ。
僕はこの人の少年のような向上心とハングリー精神に驚かされた。
母は僕が高校3年の時から家族のために1人東京に住み始めた。
地元で多くの人脈を作り、その伝手で東京の会社に行った。高校3年という時期は、ご存知の通り大学の進路を決める一番大事な時期である。僕の家は小学生の時から、三者面談などがあるときは母が来ていた。だから、父はあまり僕の進路に関して特に何も言ってこない。そんな家族なのに、大学の進路を決める大事な時期に、母が東京に行ってしまったのだ。母とはLINEで進路に関して連絡を取り合っていた。三者懇談があると、母はわざわざ東京から帰って、来てくれた。
そこで久しぶりに母に会い、先生と一緒に近況報告をする。
僕は母に対して、「なんでこんな大事な時期にいないんだよ」とか思ったことは一度もなかった。三者懇談に来てくれるだけでありがたかった。
このことを、大学生になって母に言った事がある。
「今考えると、高校3年の時期に母親が東京にいるって変だよね」と。そしたら
「信じてたから、不安とか何もなかった」と言われた。
嬉しかった。
一度、僕が高校3年の時に母がLINEで、今自分が何故東京にいるのか、東京で何をしているのかを長文で送ってきた。何故かあの時、母の覚悟を感じたのを覚えている。
自分が何故東京に行ったのかを明かし、自分を信じてくれと伝えていたような気がする。そして、母自身も僕を信じていると伝えていたのかもしれない。
少年のような、ジャンプの主人公(主人公は愚痴は言わないかもしれないけど)のように真っ直ぐ僕を信じ、自分を信じている。
今回は珍しく落ち込んでいるのかと思ったが、少し時間が経つと、また結局愚痴になった。
なんか安心した。
今でもいい意味で尖っている、少年のような母。
愚痴でもなんでも聞けるうちに聞いとおこうと思う。
次会った時はどんな愚痴を言うのか楽しみだ。